Asako’s リポート 2


あさこで〜す


ボンベイ生活はこうして始まった / 結構大変です…ボンベイの中学生 / 祭りだわっしょい!
ナシク・イガプリを訪ねて / スティックダンスで踊ろう / 日本からの質問にお答えして

インドの中学生と習い事 / インドに学ぶ事 / 国際交流旅行 プーネ / 帰国して

 中学生と習い事
「外国に行ったら、その国でしか出来ない事をするといいよ。」と、日本を出発するとき、みんなに言われました。でも、私は、インドは、途上国だし、カレーくらいしかおぼえることなんて、ないに決まってる。と思っていました。ヨーロッパや、アメリカなら、英語や外国語も話せるようになるだろうけど、インドじゃね・…。(ためいき)。インド人の友達のラブちゃんは、グレード8(中学2年)で、学校では、全教科、英語で勉強していて、「My first language is English」(私は、英語が第一の言葉)と、いわれて、インドに生まれたのに、英語が母国語なの?ヒャーと驚きました。インドは、イギリスの植民地だったから、インド人は、すごく早口で、キングズイングリッシュ(正統派英語)を話します。インドの中学生は、ヒンディー語、マラティー語の他に、英語もペラペラで、ラブちゃんが数学も英語で習っていると聞いて、びっくりです。インドの女の子は、学校の勉強のほかに何か習っているの?と聞いたら、「ピアノ、バラタナティヤム、空手、ヨガ、メンディー、歌・…くらいかな。学校で苦手なところは、家庭教師の先生が来るよ。私は、ピアノ、バラタナティヤム、英語のエッセイの先生が家庭教師に来るけど。」といってました。どうやら、インドの女の子も日本と同じです。その上、インドの15歳も全インド共通試験というのがあって、これをしっかりパスしないと高校に進めなくて、さらにこの試験は、1度のチャンスしかなく、このスコアーは、一生ついて回るという強烈な試験があるそうです。その為、来年になったら死に物狂いで受験勉強をするといってました。
 どうやら、受験については日本以上に過酷の様です。人口に比べて学校が少ない、その上、名門校に行くとなれば、かなりの勉強が必要だそうです。

バラタナティヤムというのは、ヒンドゥー寺院の奉納の踊りです。巫女さんみたいに、お寺には、踊り子がいて、お寺の行事のときに踊っていました。植民地時代には、すっかり廃れていたそうですが、独立後、バラタナティヤムが、芸術として認められました。インド全国にある7つの古典舞踊の一つで、オリッサや、タミルが本場です。今では、若い女の子の間で、人気の習い事です。理由は、衣装が綺麗!脚と腰と頭の鈴が可愛い!ちょっとアレンジすると、フィルミーダンス(インド映画の中で踊るお腰クネクネダンス)が踊れる。からと、ラブちゃんが教えてくれました。

バラタナティヤムを習う

自宅でバラタナティヤムのお稽古をする(左:わたし)

でも、練習は、まじめにやってます。お寺の踊りだから、練習をはじめる前に「ナマスカール」といって、天と地と踊りの神様を拝んでからします。拝み方もダンスで表現します。レッスンは、英語ですが、拍子や、手の表現の単語は、サンスクリット語です。(ヒンドゥー寺院は、サンスクリットの経典だから。)はじめは、「ワン・ツー」と言ってたけど、「アユン、タッタ、アユン、ター」とサンスクリットの掛け声の方が、動きにピッタリきます。指のポーズも大事で、「孔雀」「月」「弓」を、「マユラ」「アラ・パドゥマ」「アルダチャンドラ」とサンスクリットで、言いながら、覚えています。
まだ、習い始めて5回目なので、基本の6つのステップと、手の動きだけで、精一杯です。これに、指先の表現と、目の動きも加わったら、大変そうです。腰を落として、脚を菱形にまげて踊るので、先生は、結構ヒップが立派です。舞台では、腰、足首、頭についた、鈴の音と脚のリズムが大事ですが、まだまだ、良い音は出ません。「シャン」ときれいにステップが踏めたら、本格的に弟子入りが出来て、鈴をつけてもらえます。帰国まで、どのくらい上手になるかわかりませんが、神聖な踊りなので、踊った後は、何だか、とってもすっきりして、良い気分です。バラタナティヤムの他に、メイディーという、手に描く文様や、サントゥールというインドの楽器もはじめました。
 インドに学ぶこと
日本の10代の事件を聞いたりすると、帰国後,周りの人と上手くやっていけるかと、最近その事がイヤで、ずっと、気になっています。インドにくる前は、海外で暮らすいい経験と思っていましたが、案外外国で、中学生生活全部を送っていると、日本のごく普通の「周りのみんなとおんなじ」ことをして暮す中学校生活がしたかったなあと思っています。
これを日本の友人たちに話すと「隣の芝生は、青く見える。」とか、お互いない物を欲しがるのだといわれました。でも、ある出来事があってから、私は少し考えが変りました。
3月にいつもお世話になっている知り合いのインド人女性をお招きして、ささやかなひな祭りをしました。ピアノやダンス、英会話の先生、母の友人たちです。日本から祖母が持たせてくれた雛人形を飾り、母が、海苔巻や桜餅を作って、ささやかなティーパーティーをしたのです。そのとき、ピアノの先生が、お土産にランゴリーの型を持って来てくださいました。お正月やお祝い事の時、細かい色砂で、地面や床に書く砂絵がランゴリーです。ピアノの先生の家には、毎日きれいに掃かれた床にいろいろな色のランゴリーが厄除けに描かれています。それを、いつも私が、「きれいだな。」と興味深げに見ていたのを先生は、知っていらした様で、わざわざお持ってきてくれました。

ひな祭りパーティー

日本とインドの中・高校生、先生方(ひな祭り)

先生は、みんなの前で、ランゴリーの描き方を実演してくれて、図案についても説明してくれました。すると、他のインドの人たちが、「私のふるさとのタミルでは…・。」とか、「私は、マラティー(ヒンドゥー教の一派)だから…。」とか、「彼女のは、パーシー(ゾロアスター教)スタイルだから白だけ…。」と言うに、様々な意見が出されて、チョット混乱状態になりました。私が、あたふたしていると、母が、「インドは、多様で、いろいろな方法があるんですね。」と、間に入ってまとめてくれました。「そうなの、そうなの。インドは広くて多様なの。」と、みんなは、自慢げに相槌をうちました。
また、私が、日本のひな祭りについて説明すると、「日本中みんな同じことを祝うのですか。」と何人もの人に聞かれました。「そうですよ。」と答えると、「みんな同じなの?」と逆に驚かれてしまいました。インドでは、みんな一緒、みんな同じということのほうが信じられない事のようです。
日本では、多分私と同じ中学生は、みんなと同じことに興味をもち、同じ事をしています。それが当たり前で、人と違っている方がおかしいと思っているような感じです。「みんな同じは、おかしい。」というインド人の反応にこちらの方がびっくりしました。
日本人は、人と違う自分を表に出す事をいやがります。また、みんなと違う事をした時の周りの反応を恐れています。それは、みんなに混ざっていれば安心、自分に自信がない事もあるかもしれません。つまり、周りの状況に流されやすく自分という物を持っていないのです。
しかし、インド人は、自分をはっきり持っていて、自信もあるようです。自分が一番とチョット自己中心的なところもありますが。他人はどう思おうと、自分をしっかり持っています。それは、出身地、カーストなど、絶対自分の力で変えられない事実も、時には、誇りと思っています。人と違うのは、当たり前と言う考えが、まずあるのです。
私は、この時インド人と日本人の大きな違いに初めて気がつきました。この出来事を通じて、私の置かれている状況を、すべては、無理かもしれないけど、少しずつ受け入れていけるかもしれないを思っています。人との違いを、自分自信が受け入れていける気がします。インドに来て、最初は、インドなんかに学ぶ事など何もないと、思っていましたが、この1年で、ずいぶん、ものの観方が変った気がします。
インド人は堂々としています。また、同じ年の子達も、自分の考えをしっかり持っていて、ずっと、大きく見えます。これからも、インドからたくさんの事を学んで、自分をしっかり持った人間になっていきたいなと思っています。(朗読作文発表会から)

 国際交流旅行・プーネ
今年の国際交流旅行は、2泊3日で、マハラシュートラ州の東にある、プーネに行きました。プーネは、サンスクリット学や、仏教の有名な大学があり、日本からも留学生(お坊さん)とかが、留学に来る古くからの学園都市という感じです。、ベンツが作った、ジャーマンスクールとのドイツのベンツの工場があったり、日本の松下電機の工場があり交流会や、プーネの日本人中学生(ジャーマンスクールの生徒です。)とも交流しました。今回の目玉は、ホーム・ビジットです。プーネには、印日協会があって、日本語学習をする学生が多くて、そういった学生さんの家を訪問するのです。いつも、交流会というと、ボンベイ日本人学校は、中学生が少ないから、小学生の低学年に混ざって、小さい子でもできるレベルの交流に限られてしまい、学校行事の交流会は、私にとっては、今一つ物足りないものでした。
折り紙や、書道のデモンストレーションが、中心になり、インドの学生たちと、自分の気持ちを、伝えたり、互いに興味のある話題についてゆっくり話す機会がなくて、いかにも形式的な交流会(先生、ごめんなさい…。)になってしまうのです。今回は、時間的余裕もあるので、仲良くなる事を前提に交流してくる事が私の課題でした。
日本語学習をしている学生さんたちは、本当に勉強熱心で、驚かされました。残念な事に中学生はいませんでしたが、18歳のカレッジ通っているシータという女の子と話がはずみました。シータは、まだ、日本語を始めてたった4ヶ月にもかかわらず、既に、ひらがな、カタカナ、少しの漢字を書く事が出来ます。ホームビジットで伺った家の学生などは、既に日本語スピーチコンテストで何度も優勝し、今年は、難関・日本語能力検定試験2級を目指して、猛勉強中です。本当にインド人の語学のセンスと、記憶力、そして努力には、目をみはります。シータとは、私のままならない英語と、シータのたどたどしい日本語で、お互いに共通の話題・ヒンディー映画の話で盛りあがりました。「外国の人と交流しよう」と、いうような事が、盛んに日本でもいわれているけど、相手と話す時、全く話題がないとどうしようもないと思います。シータも日本に興味があり、若い私たちにとっては、インド映画は共通の話題としてとっても楽しくて、後で気がつけば、かなり長い時間話しをしていたのに、あっという間に感じました。今まで、日本語でも口下手な引っ込み思案な私としては、上出来の交流でした。外国人と交流する時は、やはり相手の国や文化について、少なくとも予習や関心がなければいけないと思います。学校で、与えられた交流では、何も見えてこないけど、自分から、進んで、話題を見つけていく事が大切だなぁと思いました。シータとは、まだまだ話したいね、ということで、E-mailのアドレスを交換しました。これからもメールを通じて交流していきたいと考えています。
印日交流会 印日交流会2

プーネのホームビジットで日本語を学ぶ学生さんたちと

 帰国して…
(ただいま、準備中)


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