番外編 私たちの住むムンバイ


ジャンボ・ケニア


大変な環境のインドに暮らすので、会社から年2回、
第3国にての静養休暇というのが頂けます。
これを利用して、自然や野生動物を観るのが大好きな我が家は、
アフリカ・ケニアへ行きサファリをしてきました。
すごく貴重な体験が出来たので、皆さんにそのお知らせをいたします。

アフリカは寒い!

 モンスーンのボンベイから、ケニア航空で6時間、赤道直下のナイロビにつきました。日本からだと乗り継ぎの関係で、往復4日もかかる、とっても遠い国です。アフリカは寒い!これが我が家のアフリカの第一印象。アフリカ・サバンナ気候というのは、灼熱のイメージがあったのですが、ケニアは、海抜1,000〜1700m。乾季の8月は軽井沢の夏の様にさわやかで、日中は10時〜2時くらいが、やっと28℃になり、朝夕は10℃近くになり寒い。さわやかで大変過ごしやすい。乾燥が激しく、ジメジメの暑いボンベイからきて、びっくりしました。ケニア人はセーター姿で歩いているくらいです。
 ケニアはさすが動物大国。空港に降り立ったら、滑走路の彼方をゆっくりキリンが歩いていくのにびっくり。インドと同じ大英帝国の植民地だったケニアですが、インドと違って、強くコロニアルスタイル(植民地の影響)を残している国で、インドよりもずっと洗礼されていて、近代都市のナイロビにびっくりしました。今回のサファリ案内人兼ドライバーのジョンが、「ジャンボ」とスワヒリ語の挨拶で私達を空港で迎えてくれました。ジョンの上品な振るまい、綺麗な英語にもびっくりしました。
サファリは、蜃気楼からはじまった

アンボセリ国立公園のゲートをくぐると、ジョンが「アンボセリ湖が、乾季で干上がっているから、湖を渡って行こうね」と振り返ってウィンクしました。私達が乗りこんだジープは、すごい砂埃を上げながら走り出しましたが、「エッ?」でも、正面には満面に水をたたえた湖があるじゃないの?ウソ?これって…し・ん・き・ろ・う?行けども行けども、水はなく、「エ?エー?」と信じられないうちに30分ほどズーと、湖を追いかけて走るのだけど、信じられない!たしかに目の前には水があるじゃないの。「ハイここまでが湖だったところだよ。」後ろを振りかえって見ても、一面砂埃のサバンナ。あちこちで竜巻が起こっている。大平原の中の大きな湖は、全部、蜃気楼でした。何だか、家族一同ボーっとしてしまったところへ、右からスーッとシマウマが、左からスーッとゾウの親子が現れて、ダチョウが走ってきて、ヌーが、のそりとやって来て、カバが大口を開けいて…。
 あぁーサファリ!自然が大好きな我が家ですが、大自然の中で野生動物に遭遇する事は本当に難しく、バード・ウォチィングや、アニマル・ウォチィングで、今まで、すごく長い時間辛抱して、ソーっと観察しなければならないことを嫌というほど体験しているので、砂埃を上げてジープでやってきたのに、野生動物の方から近寄ってくるので、その驚いた事と言ったら。360度の大平原では、ジープでやってきた人間の方が、動物に観られている気になるほど、アフリカの自然は大きく広く偉大だ!大興奮している我が一家を振り返って、ジョンが、「まだ始ったばかりだよ。」と笑いました。

ハクナ・マタータ

ジョンは、「ほらあそこにディク・ディク…。」「あの木の下にレオパール…。」と、すごっく遠くのネズミのような影を指差します。双眼鏡でやっと確認して、ジープがようやく近くに到着するまで、判別できない私達の目からすると4・0くらいの視力の持ち主。8年のサファリガイドのキャリアというけれど、広い広い公園内の隅々まで知り尽くし、動物のいそうなところ、習性、生態、植物の知識はすごい。こんな見事なインタープリター(自然の解説人)に会った事はありません。もちろん、ジョンは、国のガイド養成機関のトレーニングを積んでいるのですがさすがプロだと思わせました。夕日を背に草むらのチーター、ライオンの親子、見つけにくいヒョウまでも、ジョンのおかげで見る事が出来ました。アフリカビック5のバッファロー、アフリカゾウ、ヒョウ、シロサイとわずか2日でゲット。遠くのインパラの姿を追っていたら双眼鏡いっぱいが、編目模様になった事がありました。なんと、自分の目前にアミメキリンが立っていたのです。優雅な歩きかたで、ジープの前を横切りました。シマウマの群れは素晴らしい。シマウマ1頭1頭少しずつストライプの様子が違い、いくら見ていても見飽きませんでした。キリマンジェロの万年雪を夕日が赤く照らす頃、ゾウやバッファローが、ねぐらの森に一斉に移動するさまは、感動です。日の出と共に、ブッシュからセグロジャカルが、あくびをしながらのびをして出て来たり、ディクディクが跳ねて、茂みに消えたり。ホロホロチョウの水玉模様も面白いです。バッファローはさしずめサファリのホームレス。ベルベットモンキーのエメラルド色したお尻に赤いおチンチンはとっても可愛い。我が家の一番人気は、
イボイノシシ。ユーモラスな顔と、走る時しっぽをピンとアンテナの様に立てあわてた走り方は、いつも笑わせてくれます。ディズニー映画のライオンキングでのイボイノシシのイメージがそのとおりだったねえ。と子供たちにおおうけでした。この映画のハクナマタータという歌の歌詞。ハクナマタータは、スワヒリ語で、「ノー・プローブレム、問題なし」の意味。大きな自然の中にいるとこの言葉の意味どおり、小さなことは問題ないと大きな気持ちになれました。
ナクル湖のピンクのリボンとカバの水中散歩
ナクル湖は、ナイロビから北西に3時間。ソーダ性の湖にのみに生息し、藻の類や、軟体動物、小さな甲殻類のプランクトンを食べるフラミンゴのいる湖です。今は依然ほどいなくなったというけれど湖が見えた途端、青い湖面にいく筋ものピンクのリボンが揺れていました。このリボンこそが全部フラミンゴ。200万羽もいるそうです!!夕日を浴びて、群れが一斉に飛び立つ時の美しさと言ったら。日本鳥類保護連盟の子ども鳥博士の麻子と太郎(最近はボンベイのゆうれい会員)は、フィールド・スコープにはりついていました。ペリカンも観察する事が出来、ここでは、主に、大型鳥類のアフリカハゲコウ、エジプシャングーズ、セクレタリーバードをみて、バード記録をかなり更新しました。ツァボでは、ムジマ・スプリングスというキリマンジェロの雪解け水が湧き出す泉があって、すごい透明度。カバがたくさん生息していて、水中にあるガラスばりの展望室に潜ってカバと一緒に水中散歩をしました。カバの口ってほんとに大きい。ツァボのロッジは、サファリムードたっぷりのテント型ロッジ。高床式の床にキャンバスの大型テント。中には、ちゃんとバスルームもありベッドには、蚊帳がついています。はじめて蚊帳で寝る子どもたちは、おおはしゃぎ。マラリヤが怖いと蚊取り線香を焚き染めるお父さん。しかし夜中子どもたちのテントの床下にカバがいたらしく、カバのいびきが、うるさくて眠れなかった麻子ちゃんでした。すごい経験!カバと一緒に寝るなんて。
夜は星が凄いこと。何しろ全く明かりのないサバンナの真中。プレネタリウムよりも星が多かった気がする。天の川は真っ白に見えるくらいだし、上を見上げなくても、地平線ぎりぎりまで星がみえるのです。いつか、ブッシュマンが来日した時、東京で夜星が見えないくて困惑していた事を思い出しました。真っ暗の地平線には星が見えるのですね。人間は、夜も本が読める事と引き換えにこんなに美しい夜空を見れなくなってしまったのだなぁと思いました。他にツァボでは、カバやサイの背中に乗っているオックスペッカー(ウシツツキ)の仲間をたくさん見て、またまた鳥記録を更新した鳥博士たちでした。

日の出日の入りは絶好のサファリタイム

動物ウォチィングのサファリは1日2回。気温が高くなる日中は、一部の草食動物を除いてほとんどの動物は、日陰で寝そべっているので、サファリの絶好な時間は、早朝と日没前にほぼ限られる。動物達は、車を仲間だと思いこんでいるのか、臆病な草食動物でさえも、ジープのそばまで、近寄ってくるのです。サファリは、人間が動物を見にいくのではなく、「動物に見られに行く」という、動物園とは、まったく逆の立場。動物達の生活を邪魔することなく見せてもらわなければならない。自然の生態系が人間の手によって破壊されない様にサファリにはいろいろなルールがある。ジープは、きめられた車道(人間にとっては、すごいでこぼこ道)以外乗り入れては行けない。クラクション、ヘッドライトの禁止。ジープの外に出ることは禁止。ケニアの国立公園は、歩いてはいけない事になっている。車のスピード制限(時速30キロ…道が悪くてそれ以上ではとても走れないけど)動物に餌を与えない、生態系を壊さない、動植物はもちろん、落ちている羽、骨、石に至るまで拾う事は禁止。日没後、日の出前のサファリの禁止。もちろんハンティングなんか絶対駄目。フォト・ハンティング(写真撮影)も、むやみに動物に近づかない、脅かさないといったルールがあります。そのほかにも、国立公園内の先住民・マサイ族についても彼らの承諾なく村への立ち入り、写真撮影は出来ません。

それはないよ!マサイ族

ロッジには、真っ赤なチェックの布をまとい、槍と、こん棒を持ったマサイ族がやってきます。観光マサイといわれるマサイ族達で、自分たちの村を案内して、何がしかのお金を貰い生活のたしにしている(主収入かも?)人たち。ジョンの話では、ケニアには、42の部族がいて、その中でもマサイ族は、伝統的なライフスタイルを守り、絶対に近代的な生活習慣を受け入れず、今なお昔ながらの暮らしをしているそうです。勇敢で、戦闘的なので、ケニアの軍隊はマサイ族出身が多いそうです。国立公園の中にもマサイ族の部落があり、いまでも、野生動物と生活を共にしています。
ライオンやバッファローが近づかない様に真っ赤なチェック布(元々は、赤土で染めていたが、今は日本製のアクリルだったりする)をまとい、槍とこん棒を持って歩いています。牛糞と草を混ぜた簡単な土の家に住み、放牧しながらサバンナの草がなくなると次の場所に移動していくそうです。
 先住民の暮らしにすごく興味がある私達は、ロッジに来ていたマサイの若者をジープに乗せて、村を案内してもらうことにしました。しかし村について、交渉したが見学料が、4人で、US$100(1万円)!。それはないよマサイ族。高すぎる。結局アンボセリのマサイ族はあきらめて、マサイマラのマサイ族に、4人でUS$50(5000円)というそれでも高額の見学料を払って入れてもらう事に。お金をはらったら、土の家から子供と女達がぞろぞろ出てきて、歌を歌ってくれました。たくさん写真とってくださいねとか言っちゃって、でも槍を持ってジャンプするところは見せてくれなかった。(安いと駄目らしい)トホホ…。酋長さんは、ナイキのサンダルはいていました。奥さんが3人いるそうです。2番目と3番目に偉い人は、古タイヤで作ったサンダルはいてました。あとの人は、みんな裸足ね。(履物に序列が出ているのがおかしい) 女たちに、ビーズや、槍やお面をしつこく売りつけられて。太郎は、腰につけていた、磁石を触られて、槍と交換しようとかなりしつこく付きまとわれて困惑してました。それでも英語でなんとか交渉して、槍とたてをお土産に買う事に成功してましたが。観光マサイ…何だか、悲しい。後味が悪いマサイ族の村でした。

憧れのイギリス婦人

 普通サファリをする人は、日中は、公園内のロッジで、動物と同じようにシエスタ(お昼寝)をします。しかし、欲張りな芳賀さんちは、1週間で、4つも国立公園を回ったので、日中は、公園間の移動が多く、1日5〜6時間くらいデコボコ道をジープに揺られていたので、体がバラバラになるくらい痛くなりました。(いつも忙しい典型的な日本人観光客の私達) 体力には自身がある我が家ですが、夜シャワーを浴びるとベッドに倒れこみ、翌日は5時半に起きるという脅威的なスケジュールでした。次回は、もっとポレポレ滞在型観察がしたいものです。(ポレポレとは、スワヒリ語で、ゆっくりのんびりという意味です。) ツァボで出会ったイギリス人の老婦人は、バーバリーチェックのシャツに、ゆったりしたチノパン、らくだ色のカシミア風のカーディガンを羽織って、ソーダ・ウォーターを飲みながら、ロッジのラウンジで、双眼鏡を覗きながら鳥図鑑を開き、主に野鳥をスケッチしていました。もう、3日も、一人でここにいるそうです。熟年になって、こんな風に自然の中で、ゆっくり鳥や動物を観ながら旅をするなんて、本当におしゃれで贅沢。憧れてしまいました。自然との付き合い方を知っているイギリス人を羨ましく思いました。大英帝国・イギリスは、植民地から搾取もしたけど、アフリカにサファリをいう文化を残し、世界に先駆けて自然保護団体を作ったのは、大きな成果だと思います。イギリス人が、自然を愛する国民で良かったと、ちょっと思いました。サファリはやっぱり西洋人が多いけど、日本の熟年のグループもたくさんみかけました。山崎豊子のベストセラー「沈まぬ太陽」の主人公のモデルになった元日本航空社員、アフリカの動物写真家の小倉寛太郎氏とも、ロッジで偶然お会いする機会がありました。「サファリは、はまるでしょう?ケニアの魅力にとりつかれたでしょう?また来たくなったでしょう?」と仰っていました。
ライオン必ず見せましょう!

「アフリカ・ビック5のうち残るはライオンだね。必ず見せてあげるからグッドフレンド!」最後のマサイマラに着くとジョンが太郎の肩を叩きながら言いました。3つの国立公園で、ライオンだけには会えなかったので、もしかしたら、会えないのではないかと期待しないようにしていたのです。
でも、翌日の朝のゲームドライブ(サファリをする事を英語でゲームドライブという。いかにも英国的なネーミング)で、ジョンは、雌ライオンと5頭の子どもライオン(雌とほぼ同じ大きさ)の群れを発見。なんと3mという近さで、ライオン達と遭遇。ライオンは、雌がおもにハンティングして獲物を取り、子どもと雄に分け与えます。メスもすごく太い足と爪。雄は群れから離れて、自分のテリトリー(なわばり)を守るのが、仕事なんだそうです。「後は、雄ライオンだけだね。」期待は高まるばかり。ジョンは自身たっぷり。夕方のゲームドライブで、ついに雄ライオンに会えました。なんと、新婚カップルのライオン。ライオンは、結婚すると、7日間、飲まず食わずで、子づくりをするそうで、丁度ハネムーンの真最中。ジープの私達なんか全く気にせず、百獣の王の貫禄十分でした。1時間もズーとライオンを観察。まだ日が高かったので、2頭は、木陰で、のんびりとお昼寝でした。感動のサファリのクライマックスにふさわしいく、最後には、ハンティングしおえて、ヌーを貪り食うライオンの親子を発見。その近くの木には、ハゲタカ。アフリカの厳しさと自然の営みのすごさに圧倒され、思わず涙が込み上げたアフリカの最後のドライブでした。子どもの時見た映画「野生のエルザ」を思い出しながら、アカシヤのシルエットが夕日に浮かび上がるアフリカの大草原を感動で、グラグラしながら後にしました。

<見ることのできた動物リスト>
セグロジャッカル、バブーン(ヒヒ)、ブチハイエナ、サバンナモンキー、ベルベット・モンキー、イボイノシシ、カバ、シロサイ、アフリカゾウ、アミメキリン、マサイキリン、バッファロー、コモンゼブラ(シマウマ)、ライオン、ヒョウ、チーター、ヌー(ウシカモシカ)、エランド、オリックス、コーク・ハーテピースト(コンゴニ)、ウォーターバク、レッサー・クドゥ、ブッシュバック、トムソンガゼル、グランドガゼル、インパラ、トピ、ディクディク、クリップスプリンガー、ワニ、マングース

<見ることのできた野鳥リスト >(英語表記は日本名がわからないもの)
アフリカハゲコウ(大型コウノトリ)、ハゲワシ、ダチョウ、グレーター・フラミンゴ(オオフラミンゴ、レッサー・フラミンゴ(コフラミンゴ)、セクレタリーバード、ホロホロチョウ、ルリムクドリ、エジプシャン・グース、ホワイト・ペリカン、Grey Heron、Yellow-billed Egret、Marabou, Short‐toed Eagle, Bateleur, Tawny Eagle, Augur Buzzard, Martial Eagle, Black-shouldered Kite, Black Crake, Ring-necked Dove, Fischer’s Lovebird、White-bellied Go-away Bird, Pied Kingfisher, Lilac-breasted Roller, African Hoopoe, Hoopoe, Crowned Hornbill, Von der Decken’s Hornbill, Yellow-billed hornbill, Bush lark, Rufous-naped lark, Wire-tailed Swallow, Pied Crow, Silverbird, Richard’ Pipit, Yellow-throated Longclaw, Johnson-white eye Fiscal, Fiscal, White-crowned Shrike, Blue-eard Glossy Starling, Hilderbrandt’s Starling, Superb Starling, Yellow-billed Oxpecker、Red-billed Oxpecker, Scarlet‐chested Sunbird, Spectacled weaver, Grey-headed Sparrow, Pin-tailed Whydah,など。        (後半3日間のリストによる)  


アフリカで、つらつら考えた

ケニアは、独立後、建国の父、ジョモ・ケニヤッタ大統領が、いち早く恵まれた気候や地形を生かし、豊かな自然を自然のままに残しそれをを観察できる様に環境整備にあたり、サファリが、国の大きな産業の一つになっています。インドも同じ植民地だったのに、この洗礼のされ方の違いはなんなんだろうか。自国の文化や、伝統、歴史の重みの強いインドと違って、ケニアはトコトン英国的な文化を吸収して発展した植民地という感じがします。ホテルでのボーイたちの立ち振る舞い、コンチネンタルの食事はどこのホテルのレストランでも満足できるおいしさとメニュー。ボンベイには、こんなレストランは全くない。街行く人も西洋ナイズされた服装。それも正統派スタイル。カジュアルな服装ではない。このあたりも、ちょっと古い英国スタイル。
 愛と哀しみのはて(オウト・オブ・アフリカ)の映画のなかで、ロバート・レッドフォードがサファリにどうしても持って来たいものは、蓄音機とモーツァルトと言って、レコードをかけるシーンがあるけれど、サファリには、ほんとにモーツァルトがピッタリ。夜のディナーにいろいろなロッジで、モーツァルトが流れてましたね。サバンナで聞くのは、とってもロマンティックです。サファリは全くヨーロッパ人が持ちこんだものだけど、ケニアにとっても、動物にとっても決して悪くないと思いました。ヨーロッパ人たちが、こぞって、このアフリカの魅力を文学や絵で表現したのが良くわかりました。ヘミングウェイのキリマンジェロの雪とかね…。
 ケニアの公用語は英語、主用言語は、スワヒリ語。ケニア人の英語は、すごく上手。英語のヘタな日本人の私達は、ここでもかなり落ち込みました。日本のほうが教育の機会は、ずっと恵まれているはずなのに。しかし、芳賀さんちの子どもたちもインドで、だいぶ英語になれてきてリスニングが出きるようになっていて、ジョンのサファリの解説もほぼ理解できた様でした。英語もツール(道具)と思って使いこなせればいいのだけれど…。
 
日本外務省の海外危険度警告のホームページを見ると危険度1の注意勧告地帯のケニア。(インドも同じ危険度1ですが)黄熱病の予防注射をして、マラリヤの予防薬を飲んでのアフリカのサファリ旅行でした。しかしそんな事なんか問題にならにくらいアフリカは素晴らしかったです。ケニアは、東アフリカでは、今のところ豊かで、安定している国の一つです。しかし、内戦の続くウガンダ、ソマリヤと国境を境にしており、タンザニアからは、多くの難民がなだれ込んできていて、治安は、インドよりもずっと悪い。首都ナイロビは、失業者であふれ、99年8月のアメリカ大使館爆破事件、98年の日本人学校校長の白昼狙撃事件などの記憶も新しいでしょう。今回のサファリでも、タンザニア国境近くの移動では、ライフルを持ったセキュリーティー・ガードを雇ってジープに同乗させたり、ナイロビのお土産屋に行く時は、腕時計、アクセサリーをはずし、帽子も脱いでいく様にジョンから言われ、ジープからみやげ物屋のドアに飛び込む感じで、移動して怖かったです。アフリカに早く平和がきて、みんなで、この大自然を安心して、共感できる日が来て欲しいと願いました。そして、すっかりアフリカ・サファリにはまってしまった芳賀さんちは、ボンベイにいる間にもう一度行きたい国「ケニア」になってしまいました。自然観察や動物観察が、大好きな我が家ですが、今回は、リストアップするのが大変なくらい次から次へと動物達と遭遇。野鳥に関しては、前半は、リストを取る暇もなく、実際はきっともっとたくさん見ていたと思います。写真をとるとそれで安心してしまってそれ以上見なくなってしまうからと、我が家は、すごいシーンに遭遇するたびに、『心のシャッターを押そうね』と…。家族で笑いながら臭いセリフを言いあいます。ボンベイに戻ってからも、アフリカの動物写真集や、テレビのナショナルジオグラフィック・チャンネルをみてアフリカ・モードです。ナイロビのホテルで会った日本人の若い御夫妻は、テントを張って10日間かけて回ったそうです。夜中にキリンが、寝ぼけてテントにつまずいたり、ハイエナがすぐ側をうろついたり、アフリカ料理をボーイさんたちと作ったりしたそうで、それを聞いてますます、あー、アフリカの動物達と一緒に大地に寝たい!今度は、ぜひ、テントを張って、アフリカの大地に寝るキャンピング・サファリをしたいものです。我が家のアフリカ熱はかなり重症。人間がなんと小さく思える事か。
           アフリカってすごい!地球ってすごい!

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