インド文化講座

 ダバ・ワラーを追っかけろ! 


このリポートは、2002年2月、NHKラジオ「地球ラジオ」で放送されました。
 ボンベイには、ユニークなDoor-to-doorの、“Walla”と呼ばれているサービスがたくさんある。
 野菜の行商の「サブジー・ワーラー」、錠前直しは「チャビ・ワーラー」、刃物研ぎ屋は「チュリ・ワーラー」、スパイス挽きは、「タキ・ワーリー(女性の職人はワーリー)」といった具合だ。大都市化したボンベイでは、近代化に伴いWallaと呼ばれる昔かたぎの職人が減っているなかで、通勤事情から生まれたボンベイならではの「ダバ・ワーラー」(ダバと呼ばれる弁当を運ぶ配達システム)は、まだなお健在でユニークなシステムである。

  




お昼近く、チャーチゲート駅に到着したダバ
大八車に乗せて近くのオフィスへ向かう
 ダバ・ワーラー」の歴史は長く、19世紀後半の植民地時代からこの弁当配達サービスはあったという。ボンベイは細長い半島状の地形の先端部分にオフィス街が集中し、60〜100q遠方からの電車通勤者が多く、混雑する電車での「カレー弁当」を、持ち運ぶのは困難を極める。大都市化したボンベイには、さまざまな地方出身者や、食生活の違う人々が集まっている。最も食事の戒律の厳しいジャイナ教の純粋なベジタリアン(玉ねぎ、にんにくなども食べない)、肉も食するシーク教やモスリム、ヒンズー教のある一派はベジタリアン、ある一派は卵と野菜、ある一派は、魚、マトン、チキンを食するなどなど…。さまざまな宗教上の理由や、地方独自の味にこだわりがあることから嗜好や制限が多種多様となり、とてもレストランではそのニーズにこたえきれない。各自の家庭で料理されたものが一番好ましく、さらには出来立ての熱い食事が好まれる理由からも、この「ダバ・ワーラー」が発達し、今なおボンベイの通勤・通学人の必要不可欠のWallaとなっている。

 ダバ・ワーラーは、毎朝、9〜10時ごろ各家庭の玄関前、もしくはフラットの1階エントランスに出されたダバを回収し、3列12個入りの木製の箱に整然と並べられて、遠路、電車で(近距離は専ら自転車やバイクで、25個を限度に)、ビジネス街のあるフォート地区への終点駅(おもにチャーチゲート駅や、ビクトリア・ターミナス駅)のダバの集積所に集められる。 各ダバは、普通4段がさねのステンレス製、2重構造になっており、外側の蓋には、配達と回収場所のエリアコードが、赤、青、黄、緑色などで記され、このコード番号を頼りに、コンピューターも地図もないままに分類されて、再度木箱に並べ変えられて、各オフィスの玄関先やエレベーターホールに配達される。ボンベイのランチタイムの午後 1時には、アツアツのダバがほとんど間違いなくオフィスや学校に配達される。
ランチタイムが終わる午後2時には、再び、エレベーターホールや、玄関前に、空になったダバが出されて、朝とは逆の回収方法で、各自宅へと送り返される。現在ボンベイには大きなダバワーラーの組織が、2つあり、この組織のもとで働くダバワーラーは約3000人、1日約150,000食のダバが、配達されている。(ピーク時の1955年には200,000食の記録がある)月極めのダバ配達料金は週5〜6日で、約200〜300ルピー(2001年5月現在)くらいである。 各駅のダバ配達のピーク時(11:00〜11:45)には、ダバ専用の車両もあり、年季の入ったダバ・ワーラーたちが、36個入りの木箱をバランスよく頭に載せて、電車から降りてくる姿のを見る事ができる。

 遠距離通勤がさらに進み、時には、主よりも先にダバが家を出て、オフィスに先についている場合もある。しかし、人から人へ、家庭の愛情のこもった味がオフィスまで届けられるダバには、時には、新婚の奥さんから「早く帰ってきてね」のメモ入りダバに、「今夜は残業になりそう」という、御主人からのメモが戻って来たりする事もあるとか。手作りランチの愛情をこころゆくまで、味わえるダバが、ボンベイっ子に愛されつづける理由は、こんなことからかもしれない。

 5月の乾季の暑さの中、朝10時半、チャーチゲート駅には、3分間隔で、ビジネスマンを満載した電車が滑り込む。先頭の女性専用コンパートメントから、華やかなサリーをまとったOLに続いて、ビジネスマンが、フォートを目指して溢れ出てくる。 ダバ・ワーラーはどこだろう。チャーチゲートに行けば必ず会えると聞いてきたが。駅の売店のおじさんや、駅員に聞くと、そろって「もうすぐ、やってくるさ、11時になると必ず来るさ」とも返事。駅構内は、改札口こそないが入場切符がないと入れないので検閲されても困らないように入場券(3ルピー)を握り締め、到着する電車を待ちつづける。
 11時5分。荷物専用車両から、ついにダバが降りてきた。
ダバ・ワーラーは、トレードマークの白いネルー帽に、白いシャツ、ズボン。熟練者風のダバ・ワーラーの、白いドーティー姿も混じっている。木箱に詰めた36個のダバをペアになっているもう一人と、頭に担ぎ上げ、一目散に、駅構内を走りぬけ、交差点を渡り、集積ポイントの歩道まで運びこんだ。
「インダビューしてもいいか?」と聞くと、「忙しいんだ」と、手を休めるまもなく、蓋のコード番号と色で運びこんだダバを分類していく。一人、二人と、ダバ・ワーラーは次々と増え、わずか30分ほどの間に約30名ほどのダバ・ワーラーと1000個近くのダバが、集まってきた。

                  集ってきたダバ

 以下は、ダバの分別作業に忙しいダバ・ワーラーに密着して、聞き出したダバ・ワーラーたちの話しから…。
Q 何年くらい、ダバ・ワーラーとして働いてるの?
A 15歳から。今、40歳。

Q どこの出身?
A サタラというところ、プーネの近くの村だよ。 ここにいるワーラーは、みな同じ村で、同じ苗字。(同じカーストを意味する)

Q 家族は?
A みんな村にいる。

Q この仕事の親方とか、会社とかは?
A 長老は、あの親父さん。 (一番年寄りのダバ・ワーラーを指差して)フォートのダバのオフィスがあるんだ。

Q どうやって、この仕事についたの?
A 親父もダバワーラーだったのさ。

Q 1日に何個くらい運ぶの?
A 40個くらいだね。

Q 担当のエリアは?
A コラバ

Q 間違えて配達した事ある?
A そりゃあるさ。

Q そういう時はどうするの?
A 食べないでダバが戻って来るだけさ(笑)

Q トラブルとかはある?ひっくり返したとか?
A (仲間たちをつつきながら、笑って)あるとも。 ダバを落とす事は年中さ。

Q そのときはどうするの?こぼれてしまったダバは?
A (肩をすくめて、笑いながら)配達しない。

Q この仕事していて楽しい事はある?
A 楽しい事だって?毎日忙しく走りまわっているんだから、 そんな事、考えた事もないよ

Q お給料聞いてもいい?
A 1ヶ月3000ルピーだよ。朝9時〜夕方6時まで。

Q お休みは?
A 日曜日とバンクホリデー(祭日)。オフィスが休みなら、俺たちも休み。

Q あなた自身もダバ持ってきてるの?
A 持ってきてるさ、見るかい? (ビニール袋に野菜のピックルとチャパティー、 ズボンのポケットに再びねじ込む)

Q 1個のダバの配達料はいくら?
A 月300ルピー。

Q このダバはどこから?
A この箱のは、マラール駅からの分。

Q コードマークについて、説明してくれる?
A 蓋の中央の大文字Mこれは、 ダダールからという意味。(発信地)その下の2P2のPは、最初の2が、配達場所。 Pが、ビル名。最後の2は2階ってこと。

Q 布袋に入っているダバもあるけど?
A 自転車にぶら下げて、運ぶ分はそうなっている。

Q オフィスの中に届けるの?
A いいや、エレベータホールまで。

Q じゃ、おじさんは、作った家の人の顔も、配達先の人の顔も知らないんだ?
A そうだよ。ダバは、どこの家のか、どのビルのどこへ届けるかは、知っているけどね。

Q おじさんの子どもが、ダバワーラーになりたいって言ったら?
A いやー、こんな、きつい仕事は、オレだけでじゅうぶんさ。子どもには、教育つけて、 もっといい仕事してもらいたいよ。だから、家族の為に働くのさ。
 11時45分。ダバが集まり出してから45分後には、配達先別にどこからともなく引っ張り出されてきた手押しの大八車に5つの木箱(約60個)が積まれ、二人がかりでフォートにむけて走り出しました。自転車には、約25個のダバが、ハンドルと後部の荷台に華やかにぶるさげられて、一番の長老の親父さんがパーンを噛みながら漕ぎ出していきました。
「写真できたら、持ってきておくれよ」といいながら…。
同じ村の出身の朗らかな二人組。

取材協力・通訳
「インドへの道」小林真樹氏
Ms.Gauri Nadkarn

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