Diary

デリーレーヌ ざます!


〜お気楽マダムのデリーな日々〜
2003年 7月

7月31日(木)

 今日は、授業参観日である。道徳の時間であった。インドの児童就労についてという難しい問題をやっていた。絨毯織りの村の子どもの児童就労についてであった。手が小さいほうが、細かい模様が織れるというので、なかなかカシミールあたりの児童就労は減らない。資料のビデオでは、村の村長さんみたいな人が、ブッシュ大統領からも注文をもらっていると得意げに話していたが、注文する人がいるからなくならないということも、考えて欲しい。ブッシュは、児童就労でカーペットを作っていることを知らないんだろうな?法律では規制されているけど、いつになったら、なくなるのか?辛くて難しい問題だ。
7月30日(水)

 デリー日本人会婦人部の企画した「着付け教室」に参加する。サリーの着付けではなくて和服の着付けである。インドのサリーに魅せられながらも、日本の民族衣装の和服を着られない私である。成人式の振袖の着物さえも嫌って逃げていた私が、なぜかこの所、和服に夢中なである。歳なんだろうね〜。インドのサリーをみているうちに、ようやく自国の文化の素晴らしさに目覚めたしだいであるが、悲しいかな、浴衣さえも満足に着られないのである。先生は日本舞踊の大師匠で、普段からお着物を着て暮らしていられる方である。着物でお風呂掃除もお買い物もすると言う方で、すっかり和服がなじんでおられる。浅草生まれのチャキチャキの師匠である。いやぁ、なんともかっこいいのである。粋でシャキシャキした感じが、着物=おしとやかという京都風を連想していた私には、こういう着物とのつきあい方もあるのだねと、目からうろこである。大師匠は、海外駐在経験も長い方なので、「海外でも一人で着られる着物の着付け」を教えてくださることになった。帯は前で、縛らずに結び背中に回す。もっと気楽に着ましょうって感じで、何がなんだかわからないままにも、練習である。しかし、大変であった。サリーのほうがずっと簡単で楽チンである。肩凝ったし、疲れた〜。まじめなわたしは、帰宅後、夜一人でドレッサーの前で汗だくになりながら復習をする。夫には、「ひゃぁ〜、こりゃひどいね。」と、いわれるくらいまともに着られない。情けない。日本人なのに。大師匠は、やはりサリーで帯を作るという企画をすでに実践されているようだが、今回はその話題に触れるまでは行かないほど、着物初心者である。なんとか、着物デビューがしたいものだ。
7月29日(火)

早く芽が出ろ 青ジソちりめん クローゼットと書斎の机、書類の大整理整頓の日であった。こういうことは嫌いでないと、いうより大好きなので、やりだすととまらない。全くの自己満足といわれて、すっきりかたづいても家族は誰も褒めてはくれないのだが。思い切って、伸びたり、薄汚れてきたTシャツや、ラインが昔っぽいパンツ類は処分して、マヤちゃんにあげてしまった。

 片付けの勢いで、ずっと気になっていた枯れかけていた観葉植物の脇から新芽が出たので、鉢替えもしてしまう。そのまたついでに大事にしまいこんでいた「青ジソちりめん」の種を蒔くことにした。ふんわりカールしてやわらかめの青ジソで、山梨のJAで買った種。ナーサリーで買ってきた黒土に腐葉土がたんまり配合された野菜栽培用の土なるものに蒔く。土がふんわりしていていい感じ。上手く発芽してくれるといいのだけど。猿カニ合戦のカニの心境である。思わず香りと味を考えて嬉しくなってしまった。
7月28日(月)

 コックさんが次から次へと面接に来る。どこで聞いてきたのか知らないが、毎日2〜3人は来る。今までのコック探しの日々がうそのようだ。ベテランが多くて、懐石料理もフレンチもOKなんていう人もいる。極めつけは、日本のインド料理店で8年働き、日本語はベラベラだし、和食もOK、その上奥さんは日本人だという(本当か?)というのまでいて驚きです。連絡先を聞くと、少し前までは「呼び出し電話」が多かったのに、今はほとんど自分の携帯電話の番号を言ってくるので、驚きでもある。我家はサーバントクォーターがかなり大きくて一家で引っ越してきても大丈夫だから、ここならいいぞ!と思ってくる人もいて、面接の後に必ずクォーターを見せてくれといわれる。そろそろ、門番に、面接者はもう要らないと断るように言わなくてはいけない。選り取りみどりである。

 いきなり、デリーレーヌの人に「ホームページで読んだんだけどさぁ〜」とオフラインで話題を振られてしまうことがある。YUKKE=私、○○さんだったのねと、ばれてしまった人には、しかたないけど、一応、匿名家族で子どものプライバシーもあるから、このホームページでは実名は公表していない。そういうわなので、ロムって楽しんでいただくのは全くかまいませんけど、なるたけ、Diaryの感想やご意見はメールか、掲示板でいただけるとありがたいです。そのうちオフ会も考えないといけないかしらとは思っていますが・・・。デリーレーヌの皆様、ご了解くださいませ。でも、デリーレーヌからの「祝コックさんげっと!」のメールはうれしかったよぉ。
7月27日(日)

 一応コックさんが決まる。上手くいくといいけど。タミルのクリスチャンである。ボンベイのS商事のGM宅で働いていたのでパーティーや大勢の食事も大丈夫との事。大手の日本企業で20年以上のキャリアがある人だ。

 最近のわたしは、インドに暮らしていている内に、何かトラブルや困難と闘う事で、自分の存在感を実感しているときがある。自分の生活能力と家事労働の力、まさしく生きる力を試されているような。おかしなことに、、そうしているときが、大変だぁ、大変だぁといいながらも「生きてる」ってことを実感して、妙にイキイキしてしまうような現象がこの所続いて、何もかもが上手くいっていると、なんだか物足りなくて変な気分だ。時間が出来てきたので、インターネットの通信教育の勉強を再開する。

 結局、食べものの心配ばかりしている。今日のお昼は冷やし瓜。我家の夏の定番である。濃い目の出汁に味噌をとき、冷蔵庫でキンキンに冷やしておく。薄い輪切りのきゅうりを塩もみし、ナスは半月に切ってゴマ油でこんがり焼く。白ゴマをたっぷりすり鉢ですり、冷やした味噌汁をいれ、きゅうり、ナスを入れ、青ジソの千切り、みょうがを散らす。冷たいご飯にかけてもいいけど、もっぱらこちらではソーメンをこの汁でたべる。ゆでたうどんでも美味しい。朝一番で味噌汁を作っておけば、昼はさほど火を使わなくても大丈夫で楽チン。

 今読んでいる本「美女たちの神話」(森瑤子)に、ビビアン・リーが出てくるのだが、彼女はインド・ダージリンで生まれ育っている。そういわれると「風とともに去りぬ」のスカーレットの顔つきや、目や眉の吊り上げ方なんか、インド美人の顔つきの表情とよく似ている気がするけど。ツンと取り澄ました美人の表情や、鋭い目線は、インド美人そのもの。純粋のイギリス人だけど、幼少の頃の体験ってきっと表情に影響があるのだろうなと思ったりした。
7月26日(土)

牛乳の自動販売機 バサント・ビハールのEブロックマーケットにある牛乳の自動販売機です。14ルピー入れて容器を置き、ハンドルをひねると1リットル分の牛乳が出てきます。配達される牛乳もあるが、サーバントさんたちや現地の人はこれを利用しています。一度買ったが煮たけどすぐに腐ったので、我家は仕方なくネッスルのロングライフ牛乳、それも200CCパックのを開けたらすぐに使い切るようにしています。通常牛乳は1リットル売りで、我家はあまり飲まないから、小さめパックを探すのは結構大変です。

久しぶりに実家の母と電話。「コックさんがいなくて、ご飯の支度が大変なのよ。」とうっかりを愚痴こぼしたら、「お手伝いさんがいるなんて、それだけで恵まれているのに、何いっているの?日本にいたら全部自分でするんでしょうが。ずいぶん怠け者になったものね」と、いつもの調子でたしなめられる。あ〜ぁ、言わなきゃ良かった。40過ぎの娘を、しかる70過ぎの母である。
 確かに、お手伝いさんが決まらないので不平をもらすのは、恵まれているのにいい気なもんだと思われてしまうだろう。でも、やっぱり、デリーに戻るたびに5キロも体重が減るくらい台所仕事はきついんだよ〜。でも、まだましかな。適当なクイック日本食で毎日をしのいでいるから。インド人に嫁いだ日本人の奥様に聞いたところでは、毎日マサラ用に玉ねぎを1時間かけて炒めるそうだ。ガスコンロの前に一時間と聞いただけで、自分がいかに甘いか!思い知る。しかし今日も買い物に午前中いっぱいかかった。卵は冷房のきいたスーパーで、野菜は新鮮なINAマーケットで、電球の球は、文房具は、牛乳は、パンは、あちこち回って3時間の買い物だ。モヤシを掃除して洗いながら、何度もため息が出ちゃう。コックさん募集のことを、どこで聞いたのか、一日に何人も面接にやってくる。なかなか条件に合わない。いい人そうだなと推薦状をみて決めかかるが、子どもが小さくて、学校に送り届けてからでないと来れないという人もいた。何処もワーキング・ママは大変である。自分が雇用する立場になって、初めて、働くってことは大変だと逆の意味で痛感したりもする。採用はとても難しい。私の星占いのサーバント運は、いったいどうしたのだろうか?今夜は、おでんと、酢の物、アスパラガスの明太子あえ。おでんは鍋を火にかけて、即、台所から逃げ出す。
7月25日(金)

 ノルゥエー大使館のコックさんは、3週間待ったけど来ない。電話をしたら、提示した給料では嫌だという。いくらなら来るのか?3週間も待たせておいていまさらって感じで、電話で話しながらプッツンしてしまった。「来る気がないなら、他の人に決める」といったら、「そうしてくれ」といわれた。なら、もっと早く言えよ!3週間のウエイティングは、きつかった。他にも3人ほどあてがあるので、電話を切ってすぐに他に当たる。家の修繕は終わり、今のところは順調。あとはコックさんだけだ。あ〜、お気楽マダムの優雅な時間が作れるのはいったいいつになるのか?お友達は、「早いところ、コックを見つけて遊ぼう!」とたくさんお誘いいただいているが、いったいいつになったら、平和な日常が来るのだろうか?今日の私はやる気なし。たらこスパゲッティーにコンソメ・スープという簡単な夕飯で済ます。お料理する元気がなえちゃった。
7月24日(木)

 ジョルバーグの3C'sへQayamatを観に行く。高倉健のように寡黙なアジェイ・デーブガンのアクションものだ。ハリウッド映画のThe Rock(ショーン・コネリー)のパクリではあるが、なかなか死なないスニル・セッティーとか、不死身のアジェイがいつもながら笑えるほど強くて、映画館を出る頃には肩で風を切りたくなるほど痛快であった。最終日だったから空いていて、冷房がきつかった。
映画館に隣接するフードコートでランチをする。インドとは思えないほどの、綺麗でしゃれたスナック・ポイントである。Dosa Express、Coopsticks(中華)、バリスタ、マックなどがある。Tikk-A Wrapトいうカティーロールアップの店で、ジャガイモ、タンドリーチキン、パニールのロールアップを買う。ロールアップは、ロマニーロティーという、スカーフのような薄いパンに、カレーのフリンジを巻いたもので、インド版・なま春巻きって感じだ。美味しい〜。(映画館入館のためにデジカメ持参できず残念)

 帰り道に、フレンズコロニーのアートギャラリーHouse of Ishatvanへ寄る。一軒のお屋敷全部をギャラリーにしたお店で、インド各地の雑貨やオブジェ、インテリア雑貨、ミニアチュールを置いてある。この店は、インドらしいちょっと凝った額縁の装丁もなかなかで、デリーレーヌにはファンが多い。ミニアチュールもいかにもインドというよりは、洋室にもあうような、モダンな感じに仕上がったインドの植物画や、象嵌のアクセサリーを額仕立てにしたもの、アンティーク風のオブジェ、キャンドルスタンドなども優れもので、お客さんはハイソな感じのインド人か、外国人がメイン。こうした洗練されたアートのお店があるなんて、デリーはさすがだね。先に紹介したオーガンジーのギフトバックのデザインはさらにグレードアップされていた(高いけど)。気に入りの額を見つけるが1850ルピーもするので、今回は見るだけでした。
7月23日(水)

オーガンジーのギフトバック お知り合いの奥様から、「このオーガンジーのバック、可愛いでしょう?ギフトバックにちょうどいいのよ」とオーガンジーに可愛いビーズがぶら下がったバックを見せていただいた。某ホテルのショッピングアーケードで、150ルピーだったが、カーンマーケットの文房具やなら、もう少し安いと聞いて行ってみる。各サイズ揃っていて、一番大きなものでも65ルピー。インドの土産の紅茶や、シルバーアクセサリー、サンダルウッドやハーブの石鹸、アロマキャンドルなんかをプレゼントするときに、このバックに入れたら、すごく素敵に違いない。
 ワインを入れたり、紅茶を入れたりうふふ、大量に、買い占めてしまった。小さいものは25ルピー。さらに、友人から以前にいただいたインド製のワイン用のギフトバックを思い出し、お店のおじさんに、「この袋のデザインで、こんな感じのワインボトルのバックはない?某ホテルで見たことがあるんだけど・・・」と絵を描いて聞いてみる。あっさりと、「オーダーできるよ」って言うので、じゃ、サンプル作ってくれる?と聞いてみたら、月曜日までに用意するということで、楽しみだ。「某ホテルのショッピング・アーケードは、100ルピーもしたけど、おじさんのところなら、もっと安く出来るよね。」と、ホテルの代金は、ちょっとサバよんでみた。もちろんホテルよりは安くしますよ。てなわけで、商談成立。「マダムは何年インドにいるのか?」とか、「バイヤーか?」とか、聞かれる。「ただの主婦よ〜、でも安くして!」と頼みこんできた。サンプルが出来るのが楽しみだ。ワインを手土産にするとき、こんなオーガンジーのワインボトルのバックに入れたら、おしゃれよね〜。雑貨探すだけでなくて、自分で企画も持ち込めるなんて、楽しいですね。わたしもついに直子さんみたいだわ。近々、インド雑貨ライブラリーにご紹介します。
7月22日(火)

シヴァの祭り おかしな行列を見かけたので、いつもの好奇心で取材する。8月初旬におこなわれるシヴァ神の沐浴休憩所の聖水のために、聖なるガンジス川から聖水を汲み、200キロの行脚をして持ち帰るカーバールというもの。ハァルワールというガンガーの聖地から水を10日間かけて運ぶデリー地方のお祭り。国道沿いの沿道には行脚者のための優先歩道がテープで確保され、所々に無料の休憩所が設けられていて、行脚する人に施しをするお金持ちのテントが並ぶ。(ちょっと、選挙事務所風)天秤棒の両端に聖水をぶらさげて、この聖水は地面に置くことも不浄に通じるとして、休憩所の脇には聖水を一時的に置くバーまで設置されている。派手な天秤棒を担いだ人が国道沿いに延々と列を成している。写真をとってもいいかと聞いたら、「写真はかまわないが、マダム、絶対触らないで」といわれた。異教徒の私たちは不浄とされてしまった。情と不浄にこだわる以上、女性は?と思ったら、この行脚は女性も参加してもいいし、カーストごとの決まりはなく、誰でもシヴァ派の信者なら参加が出来るそうだ。200キロの行脚を終えて、シヴァのリンガの沐浴をさせて徳をつむということなのであろう。修行でしょうね。まだ残念にも、デリーでは、親しいインド人の友人がいないために、こうしたことは、すべてドライバーさんや、沿道のおじさんに聞いたので、深い理解はかなわなかった。よく見ると天秤棒の両端にシヴァの守り神コブラがついている。でも、壷を覆う赤い布にはハヌマーンやクリシュナや、ガネーシャもついていて、シヴァのお祭りといっても、他の神様も一緒なのが、なんともインドのごちゃ混ぜの感じで、異教徒のわたしは混乱する。

ステンレスの調理器具 調理の味方ステンレスボールこの国道の先、デリーの北、グルガオンに出来たビッグ・バザールにいく。ムンバイにも同じものがあったのだが、郊外の大型スーパーマーケットという感じ。ここのステンレス製品はとても充実している。わたしは、いつも、これをお土産にしている。小さめのお椀くらいのボール、手塩皿くらいのものなどは、調理の下ごしらえ、薬味の刻んだもの入れや、卵を割りほぐしたり、片栗粉を溶くのにとても便利。何しろ肉厚のステンレスのボールが一個7ルピー(20円弱)なのでうれしい。使い勝手もよく、汚れ落ちも良いので、お土産に差し上げた方たちからは大好評。ボールの縁が巻き込みになっているほうがさらにいい感じ。キッチン小物の優れものだ。ほかのステンレス製品では詰め替え用オイルポット、インド式の重ねの弁当箱などが好評だ。いずれもとても安くて丈夫、高品質である。お土産にお奨め!主婦の目の推薦です。

7月21日(月)

 さすがに疲れている。朝から雨だから、何もしないでぼんやりを決め込むが、結局、汚れが気になっていたオーブントースターを掃除したのをきっかけに台所の整頓やら、返事が溜まっていた手紙やメールを書いていたら、あっという間に一日が終わる。85歳のナマステムンバイの読者からいただいたお手紙に、感激しながら丁寧にお返事を書く。
7月20日(日)

ジェトエアーの機内食 太郎が英語検定の2次試験を受けるので、ムンバイ日本人学校でへ同行する。5ヶ月ぶりのムンバイである。出迎えに来た熱血ドライバーのスレーシュさんが、空港から出てきた私たちに手が千切れんばかりに振っている。わが古巣のムンバイは、やっぱりほっとする。正直、デリーにきて、随分がんばってきた。比べてはいけない、比べてはいけない、デリーのよさを探しながら、また新しい生活を楽しもうを思っていたので、ムンバイのことはなるたけ頭から切り離そうと思っていただけに、久々のムンバイは、懐かしさとほっとする感じで、空港に着いただけで気が楽になった。インドとの距離はずっとムンバイのほうが近い。人当たりも、庶民の生活も気軽に覗けて、取り澄ましたデリーの町並みとはやっぱり格段に違う。試験中、スワミさんほか、ねちっこいムンバイワーラーの歓迎に旧友を深めてきた感じだ。日帰りでたった4時間あまりのムンバイだったけど、ちょっと心の洗濯した感じ。自分にとってインドの根っこはまだムンバイにあるんだなと思った。

 ジェット・エアーの機内食はとても美味しい。日本人ビジネスマンの中には「あんなもの絶対食べない」と言い張る方もいるが、食べず嫌いはもったいない。ジェット・エアーのベジ(菜食)の機内食は本当に外れない。オベロイ系列のレストランが出している。よっぽど日本の航空会社の機内食のほうがお粗末であると思うのだけど。今回の機内食はグリンピースのパラータに、トマトグレービーのポテトカレー、ヨーグルトに果物の朝のメニュー。美味しい!!そして隠れファンが多いアフター・ミントと呼ばれる、マウスフレッシュ。ジェット・エアーのマウスフレッシュは美味しいとこれまた評判なのだ。アニス(フェンネルシード)というハーブの種にシュガーコーティングしてある。ミントのようにすっきりした感じがいい。甘いジンタンって感じ。
7月19日(土)
 なんちゃって北京ダック
 なんちゃって北京ダックの具今晩はお客様なのだけど、コックさんがいないから、大皿での取り分けのメニューにした。メニューに迷っていたらお父さんが、なんちゃて北京ダックにしようという。あ〜、またややこしいメニューの提案である。なぜか、うちのお父さんは粉ものの料理が好きで、時々蕎麦やパスタを打つ。小麦粉で北京ダックの皮を焼くというのであるが、お客さんなのに失敗したらどうするんだと心配したが、ハウスキーパーのマヤちゃんに「ねえ、ねえ、チャパティー焼ける?」と聞いたら「焼ける」というので、エイっと、皮作りをお父さんとマヤちゃんに任せる。さすが、ネパールもカレーの国だけあって、マヤちゃんもちゃんとくるくる回しながら上手に、お父さんが作った生地を薄く延ばして簡単に焼き始める。(チャパティー焼けなきゃマヤちゃんのお手並み嫁にはいけぬ)生地のお団子の間に薄く油を塗ってあるので、焼いたあとに2枚に剥がれるようになっている皮で、アチチといいながら2枚にはがし、焼き色のついているほうを外側にしておくと中はしっとりする。中に包む具は、酒蒸しの鶏、長ネギ(リーク)、きくらげ、薄焼き卵、焼き豚、ハム、春雨、わかつき(スプリングオニオン)など。テンメンジャンをつけていただきます。結構好評で、良かった。北京ダックの生地の作り方は、強力粉、薄力粉各100gに熱湯170mlを加え、菜ばしで混ぜ、温度が下がったら手でこねてまとめる。15分ほど濡れぶきんをかけて余熱をとり、打ち粉をした台で2等分して棒状にまとめ、18個分に切り分けて、丸くまとめ、薄くつぶし、片面にオイルを塗って2つあわせて、それを15センチに伸ばします。チャパティーの要領で両面を軽くこげ色がつくまで焼きます。『ウー・ウェンの北京小麦粉料理』(高橋書房)を参考にして作っています。鴨肉が手に入れば、皮目に蜂蜜を塗ってオーブンで焼けば、本格的な北京ダックが家庭でもお楽しみになれます。茹で海老を入れても美味しいです。
インド産の青ジソ
 先日、お知り合いの家で、青ジソを栽培しているので、お庭から少しいただいてきた。青ジソのみじん切り、塩鮭、味つきゴマを、梅干を入れて炊いたご飯に混ぜて、和の極みのおにぎりを作る。すごく美味しい。全部混ぜ込んでしまうところがミソ。青ジソが入るだけで風味がぐっとます。なんと、大和屋さんでも青ジソを売りに出していた。一袋30ルピー。葉はやや固めではあるが日本の香りだ。これで食卓がまた賑やかになるよ。食いしん坊の我家はとても嬉しい。美味しいものを食べると幸せだよね、やっぱり。
7月18日(金)
電気式煙突換気扇
 明け方すごい雷。そのせいか早朝から10時まで停電。夕方4時から8時までふたたび停電。パソコンが使えない。トホホ。
停電が復旧するときに一気に電流が流れるから、怖くてジェネレーターでカバーされているときはパソコンは使いたくないのだ。壊れそうだもの。

 コンセントに突っ込んだだけ4回の催促の後、ようやく台所の換気扇取り付けのワーカーが来る。昨日の夕方「いったいいつ来るのよぉ」と脅して催促したら、夜の7時半に来た。「夕飯の支度してる時間に来てどうするんだぁ」と追い返したので、次はいつ来るかわからなかったが、今日は来た。自分のことをチムニー・マン(煙突男)だと名乗るのが可笑しい。それで、ようやく、エレクトリック・チムニー取り付け工事は、配達からダクトの採寸、ダクトの配達、取り付けと2週間かかって(取り付け作業は20分)ようやく終わった。・・・が、しかし、電気のコンセントを見てびっくり。電源の穴にコードをつっこんであるだけじゃないの。「コンセントのプラグは、どうしたのよ」といったら、それは、電気屋の仕事だといって帰ってしまった。またもや、分業大好きインド人の仕事ぶり発覚。信じられないでしょう?換気扇の電源コードにはコンセントプラグは付いていないのですよ。別売りってことかぁ?今度は、電気屋を呼ぶが、いつ来るのかなぁ〜。永遠に完成しないキッチンなのだ。あ〜ぁ。
7月17日(木)
メイン プレイム キ デワニ フーン
 現実逃避。ヒンディー映画観てきました。インド人の気持ちが良くわかるわ。嫌なことが続くと、全部放り出して、華やかな虚構の世界を漂いたくなる。それが多くの人々がヒンディー映画を観る理由にもなっているのではないか。それほどにインドの現実は、厳しいのだ。

 アブシークと私の2ショットまぁ、理由はどうであれ、男前のアブシークが素敵!もう、これだけですっかりリフレッシュしてしまうのだから単純な私です。実物もほんとに素敵よ〜。なんたって私は会ったことがるの。(左は証拠写真)そのお育ちのよさにびっくりしましたもの。親切で紳士よ。梨園の若様・インドの新之助、アブシーク・バチャンは本当にいい男でございます。観てきた映画は、Main Prem Ki Diwani Hoon。主役はリティックとカリナです。詳しくはボリウッドの花道で。映画館の入り口でデジカメ写真を撮っていたらカメラの持ち込みは駄目といわれた。撮らないからとか、いろいろ言い訳するも駄目で、車に預けた振りをしてカーディガンに包んで持ち込もうとしたら、お姉さんに見つかってしまう。また、駐車場まで引き返してカメラを車に預けなおす。素直に、最初から車に預けに行けばよかった。厳しいチェックにひっかかり、ちょっと自分でも恥ずかしかった私です。ズルはやっぱり駄目ね。掲示板で盛り上がったドーサが猛烈に食べたくてアショカホテル(国営なんでかなり暗くてかび臭いホテル)のSagarでパニールドーサを食べる。美味しいけど、社員食堂みたいなレストランで、いかにもって感じがね。お腹のほうは大満足でした。

18世紀の古裂7月16日(水)

 新しいコックさんは、実にてきぱきと家事をこなしてくれるので気持ちがいい。麦茶を沸かしておいてといったら難なくクリアして嬉しい。今までが嘘のようだぁ〜。でも、前に働いていた家の引越しが来週の月曜日まであるので、まだ、本格的に働くのは来週火曜日以降。それまで私の根性が続けばいいけど、朝は胃痛で目が覚める。かなりストレスたまってしまったみたい。

 任せる人が出来たので、溜まっていたストレスを解消すべく一人で、スンダル・ナガールの怪しげな店で午前中を過ごす。
本日の課題はインドの古裂の探索。お店の場所が外からではわからないよ、といわれてきたので、なじみのミッタルのビクラムにOld Textilesの店ってどこなの聞き紹介されてたどり着く。奥のほうに通されて白いクルタパジャマの骨董の鬼のような親父さんにじっくり見せてもらう。「お気に入りがありますかね」というので、これは、これは?といろいろあげ連ねて出所やら時代やら、いわくを聞く。カシミールのウールのものは18世紀初頭のもので、裏側の渡る糸の始末も素晴らしく、染料もすべて宝石の原石からの物だとか。ラジャスタンやベナレスの錦は、布端のほつれた糸を指でこすると銀カシミールの刺繍19世紀ものや金でコーティングしてあるのがよくわかる。カシミールの19世紀の紫の刺繍の古裂(写真左)は、見事に裏も表も同じ模様に刺繍されていて、その細工の細かさといったら、いったいどんな糸や針で縫ったものなのか?これらの古裂は、1ピースが30センチ四方くらいだが、ちなみにお値段は、カシミールウールの1サリーのボーダーのパッチワーク8世紀初頭ものでUS$550だそうです。美術館にあってもいいような見事なできばえ。説明のなかで、おじさんが「今は忙しい時代でこんな手仕事はもう残っていないよ、インドでも。日本もそうなんだろう?」などと聞かれる。うん、うんと頷きながら、ため息だけで退散。写真上右は、紫は、ベナレスの19世紀金糸織り、白はカシミール18世紀初ウール、赤も同じくカシミールのウールで裏も同じ織り模様、オレンジ色はグジャラティーの錦織り、18世紀初のもの。

 隣のもっと安い古布のお店に、ベナレスサリーのボーダーの銀錦(写真右下)をあつめたお店も覗く。こちらは土産用に250ルピー。最初にこれを見たら、いいかもって思うけど、先に見た本物のあとなので、「フーン」って感じになってしまう。帰宅後、畠中光亨氏のTextile Art of INDIAという豪華な収集品を納めた本を再び開きながら、さっき見せてもらった古裂の文様を確認する。日本の着物の織りや絞り、染め、文様の原点が詰まった本だ。この次は絞りを探検したい。 
7月15日(火)
 見事な白菜
 INAマーケットで、素晴らしい大きな白菜を買う。ここ数年、白菜はドンドン品質改良されて、いいものが出始めている。一気に増えた韓国人が、インドで白菜の改良と技術指導しているためときく。さすがキムチの国の人だけあって、白菜の栽培に力を入れるとは、あっぱれである。白菜は英語でテャイニーズ・キャベッジというが、コリアン・キャベッジと呼びたいくらいだ。我家も、乾燥柚子を入れて、白菜付けを作ることにした。でも生では食べたくないから、さっと熱湯にくぐらせ、それから漬け込む。冷蔵庫にいれたら、なかなか水が上がらないけど、待ちましょう。

 コックのカナンさんには、辞めてもらうことにした。気のいいおっちゃんではあるけど、何もまかせきれないし、英語も今ひとつ通じない時があって、勘違いの大トンマ事件もあとを絶たず、こちらが疲労困憊だ。今日いっぱいで3ヶ月のトライアル期間も終わるためにお引取り願う。かわりにノルウェー大使館から、コックさんが来ることになっている。日本人家庭でも6年経験があるかし、ノルウェー人の奥様の大推薦もあって、明日から。これで少しは生活改善がされるだろうか?インバーターは直ったが、今度はジェネレーターが動かない。毎日3度も停電があって、付いたり消えたりで、家電製品の消耗がきっと著しいからだろう。次から次へ故障してくれて、かなり気がめいっている。せめて使用人さんさえ何とか回れば・・・。ハウスメイドのマヤちゃんは、熱があって早退。泣きっ面に蜂の日々です。
7月14日(月)

 インド人とご結婚されて、デリーに住んでいる画家のローチャン・由理子さんにお目にかかる。ローチャンさんの絵は、デリーの生活ガイドブックの挿絵もなっているのでご覧になった方も多いかも。色紙を並べてお描きになる独特の画法で、インドのエネルギーを感じる作風。私の大好きな蓮の花の作品を前に一緒に写真をとる。インドの絵の画法や、絵の具のことなどとても興味深いお話を伺えた。インドの金箔の作り方なども伺う。金箔はやはりジャイプールが本場のようで、サリーの金糸も同じようにジャイプール産が有名だから、頷ける。金箔を置く糊についても面白い解説が聞けた。

 私が、今度サリーで帯を仕立てようと企んでいることを打ち明けると、すぐに興味を示されて、ならばということで早速着付け教室の申し込みまで話は発展してしまった。インドの更紗は昔から、和服の帯や小物になってきていて、銀座にはこうしたインドやペルシャ、アジアの布で和装小物を作る店まであり、粋人の間では、とても、もてはやされてきたものと聞く。こうなったったら、いつものトコトン追及の探究心を燃やして、パトラ(絣)、や草木染のサリーの意匠を研究したいと思う。サリーでの帯作り楽しみだ。

 婦人雑誌に、銀座のサルヴァトーレ・フェラガモのニューショップの広告が出ていた。なんと、今年のショールームのテーマは“インド・マハラニシリーズ”だそうだ。エレガントでモダン、ラグジュアリーで機能的、イタリアの老舗のお店の今年のイブニングシューズと、イブジングバックは、マハラニだそうです。1938年から、フェラガモでは、インドのマハラニのサンダルを作ってきたとか。カルティエのみならず、ヨーローッパの老舗は、インドの顧客に育てられたものでもあるのを実感。
 
7月13日(日)

 今日は、息子の業者テストの試験監督として学校へ行く。デリーの日本学校は、一応公立と同じ教育指導要領なので、学校のカリキュラム内での業者の偏差値判定テストはしていないとの事で、父兄の自主運営となっている。中3は3人だけだか、朝から気合を入れて試験にのぞむ。非番の先生が覗いてくださり激励の声がけをしてくださる。受験生にはこういう一言がとても嬉しく励みになるものだ。
給水タンク 息子の宿題の新古今和歌集や、万葉集の解釈をみて、思わずふき出す。和歌には恋の歌が多くて、中学生の教材といえども恋の歌である。“秋風に御簾が揺れてあなたが来たのかと思ったら、秋の風・・・”云々の解釈を、“電話が鳴ったので、彼女かと思ったら、父からで今日の晩飯はいらないという電話・・・。”と同じだと書いてあって、大笑いする。やれやれ・・・。
 秋の虫の音の解釈も、ヤモリの泣き声を比較にだしていて、これまた大笑い。虫の音が「もののあわれ」と感じるのは日本人だけみたいですね。インド人もコオロギの鳴き声はうるさくて嫌いといっていたもの。

雨が降っても水が出ない。朝と晩に2時間だけの給水制限があるデリー。時に水圧が低い日は、タンクにほとんど水がたまらない。先週末にレースのカーテンを一枚づつといったにもかかわらず、5枚まとめて洗ったらしく、タンクの水が、すっからかんになってしまっていた事に気づかなかった。給水車を呼ぶかどうか、ちょっと騒ぎも起きたが、なんとか節水でやり過ごす。オーナーのDr.シンは避暑にロンドンに行ったまま今月末まで戻らない。チョキダールに、水の管理を徹底するように、必ず、朝夕水のタンクの水量を報告するようにさせる。庭には1トン入りの大型タンクがあり、これを屋上のタンクに汲み上げて使用する。水の大切さを痛感。やれやれ。
7月12日(土)
パキスタンに到着した笑顔の一家
 今日の新聞はどこにも、喜びいっぱいの笑顔の写真が掲載されている。去年の印パの一発触発の緊張から一年。昨日、デリーからパキスタンのラホールに向けて一般乗客を乗せたバスが国境を越えて、パキスタンに到着したのだ。お土産を満載して、送る側も迎える側も大騒ぎで、インドとパキスタンの50年以上に及ぶ対立紛争にようやく、小さな穴が開いて光が差した日であった。6月末に、両国が去年の緊張後、引き上げていた大使をそれぞれに配置しなおし、両国間の対話がとてもいい感じで進んでいたので、雪解けムードに私まで嬉しくなり、何度も報道されるバスの様子のテレビに釘付けになる。実は印パの国境を越える話は、たくさんのインド映画にもなっていて、去年のインドアカデミー賞を受賞したGadaar(サニー・デオール、アミーシャ・パテル)はじめ、たくさんの映画が作られてきた。海賊版でこれらの作品を楽しんでいたパキスタンの人たち。文化も習慣も共通するインドとパキスタン、元はといえば一つの国だったわけだもの、当たり前といえば当たり前。パキスタンでもたくさん飲まれるチャイは、国交がないためインドの紅茶はほとんど入っていず、パキスタンはなんとケニア産の紅茶がメインだとか?これからは映画や、美味しい紅茶もインドからパキスタンへ、そして美味しいフルーツはパキスタンからインドへとなるといいですね。もちろん、離れ離れになっていた親戚にもいつでも会えるようになり、国交紛争地のカシミールに一日も早い平和が訪れますように。
7月11日(金)

 数日前まで、暑い暑いといっていたのに、一気に寒い。除湿と思ってエアコン少しつけても、すごく寒い。30度くらいなら、ちっとも暑くは感じないのだから、人間の柔軟性はすごい。自律神経失調症気味の私でも、慣れれば寒暖の感じ方がこんなにも違うのか。昨夜はエアコンの効きすぎた映画館のおかげで、夜は足湯をして温まらないと眠れないというくらい涼しかったのである。慣れるってすごいわ。
まげわっぱのお弁当箱 西城秀樹さん、無事退院なさって良かったですね。私は、ヒデキのファンではないけど、我家のお父さんと、ヒデキが同じ歳なので、「脳梗塞」というのは、ショックだったのです。48歳で亡くなられた高円宮様とか、お父さんと同じ歳の人の訃報なんか聞くとすごく健康が心配。お父さんのオフィスが遠くなって、お昼休みに家に帰ってお昼ごはんを食べられなくなったから、お父さんは、この所毎日お弁当を持参している。太郎のお弁当も作るから手間は同じだけど、こだわって、野菜中心のお弁当を心がけている。なるべく揚げ物は入れないようにして、味もなるたけ醤油味の濃いのはやめるように。お弁当はどうしても味付けを濃くしたくなるけど、控えめに。食べることにこだわるのは、食いしん坊というだけでなく、健康管理が一番の理由。この所、幕内秀夫の「粗食のすすめ お弁当レシピ」(東京経済新聞社)を読んで研究中なのだ。
 お弁当の容器にもこだわっています。(これは昔からなの)秋田のまげわっこだわりの弁当箱ぱ、竹のかご、2段重ねの重箱、スチーム用にアルマイトの物などなど、環境ホルモンが取りざたされてから、プラスティックのお弁当容器は全部処分してしまいましたので。少し高価だけど、普段は主にまげわっぱでお弁当を作っています。もちろんお箸も塗りの桜。木製の箸箱にいれてね。お弁当のナプキンも鮫小紋や、麻の葉の和風。サンドイッチのときは竹のかごのバスケットに入れてチェックのナプキンで包みます。でも、昨日のように急に来客との打ち合わせだったからと、すっかりお弁当を残されてしまったり、今日は打ち合わせのランチでいらないと言っていたのに、11時ごろ「やぱっり至急サンドイッチ頼む」なんていう電話が来ると、優しい妻も、時にはすねたくなるぞ!でも、過酷なインドでお父さんに健康第一で働いてもらうんですから、協力しなくてはならないか・・はぁ。
7月10日(木)

 東京都の教育委員会から出されていた、SARSによる海外からの帰国者の10日間自宅待機後の見合わせ登校の措置が3日付で解除された。娘の麻子は8月末にインドへ渡航しようと思っていたので、この措置があると2学期の登校を10日間見合わせなければならず、今年のインドへの渡航はあきらめていたが、これで安心してインドへ来ることが出来るので、ほっとする。
チョルテ チョルテ
 久しぶりにヒンディー映画、それもシャールク・カーンのChalte Chalteです。デリーでもっともマサラ映画通のSさんとSaketのPVRへ行く。シャールクの久々の映画で、私のお目目はずーと、ハート印でした。ルンルン。身分違いの男女のラブストーリーだけど、いつもと違うのは、結婚後の二人の話がメインなの。大人の男と女の話なんだけど、結婚後のラニとシャールクの絡みのダンスシーンはめちゃくちゃ色っぽくて、大人のセクシー満載。ベッドでは二人とも裸で抱き合う!シーンもあっていいのか?KKHHの二人がキャーって感じです。詳しくはボリウッドの花道を見てね。次は、リティックとカリーナのMain Prem Ki Diwani Hoonが楽しみです。リティックのボディービルショーみたいなダンスシーンがCMで流れていて、いまからすごく楽しみ。リティックのその次の映画、インド版フォレスト・ガンプみたいな映画Koi Mil Gayaもたのしみで、これから続々面白そうなのが封切られますね。

 連日の雨で、気温がぐっと下がり32度。肌寒く感じるくらいだ。32度なのに!ジーパンと7部袖のシャツを着てエアコンなしで過ごしてもまったくOK。すっかり暑さになれてしまった。昨日の豪雨でテレビのケーブルが故障して、今日はテレビが死んでいる。サーバントさんに「テレビ・ケーブル会社に電話しておいて」と頼んだ。自分で何でもやるのが疲れ気味。床上浸水の後処理と大工さんと打ち合わせはスイーパーに命じる。使用人に家の切り盛りをまる投げにしてしまった。この所のトラブル続きはちょっとカンベンって感じです。シャールクを観てまさに現実逃避の今日のあたし。はぁ〜、いつ観てもいい男ですものぉ。
7月9日(水)
床上浸水 午後から、土砂降りの雨。テラスに降った雨が、ドアの隙間から太郎の部屋と、リビングに逆流して流れ込む。雨足が激しすぎて、排水溝に水がはけ切れないのだ。2階なのに床上浸水。アジアの雨は降り出すとすごい。ジャカルタでもムンバイでも、家の構造云々以上の豪雨が時々襲う。だから、床上浸水は、私の人生でかなり経験があるのだ。それでも、停電中の薄暗い部屋の水のかき出しは大変だった。運悪く、今日は早めに仕事を終えたハウスキーパーのマヤちゃんは帰宅し、コックのカナンさんは、休憩に家に帰っていて、太郎と2人で水遊び半分にダラダラ床の水をかき出す。バケツに2杯分。やれやれ、2時間ほどで雨がやみ、あっという間に床が乾く。明日は、一応、大工さんを呼んで、ドアの痛んでひびが入ったドアの裾についているラバーを交換してもらおう。受験が終わるまで読まない予定の漫画の詰まったダンボールは水びたし。太郎は、かなりしょげる。
トラウマの錦糸玉子
 見習いコックのカナンさん。何をやっても上手に出来ず、この所私も教えるよりは自分で料理するほうが早いのであまり仕込んでいなかった。でも、今日はちらし寿司と思って、錦糸玉子を教えながら作る。実は私、若い頃の駐在中に、お持ちよりの接待というのがあって、ちらし寿司を担当し持参した時に上司の奥様に「わぁ〜、ひどい錦糸玉子、厚く焼きすぎ。どうしてこんなにバラバラのサイズに切ってきたの?」といわれ、全部錦糸玉子をやり直しさせられた苦い経験があるのだ。糸のように細い錦糸玉子というのは、その後、私のトラウマになっていて、薄焼き卵を焼くときは、かならずこのことを思い出し、嫌〜な気分になる。
 インド人はドーサやチャパティーを上手に焼く。熱い食べ物に慣れているせいか、熱々の薄焼き卵をちっとも熱そうじゃないそぶりで摘んでひっくり返す。今まで教えたどのインド人も平然と摘む。熱い食事を手で食べるせいか、インド人の多くは猫舌だけど、指先はかなり熱いものでも平気で触れるというのである。私は熱いものを摘むのが大の苦手で、あちち、といっているうちに薄焼き卵をグチャグチャにしてしまうことが多々ある。菜ばしを卵の真ん中まで入れて撒きつけてひっくり返すというワザも試すが、今ひとつだ。何をしてもヘマばかりのカナンさんだが、さすがインド人。平然と裏返して、初めてなのに卵5個分の完璧な薄焼き卵を焼き上げた。すごいじゃん!さすがインド人の指先!半分は冷凍して‘冷やし中華’のときに使おうっと。
7月8日(火)

給水車が来た 雨が降っても、まだ、水不足は続く。我家も今日はタンクが空っぽで、夕方の給水時間まではチョロチョロしか水が出ない。レースのカーテンの洗濯はもう当分先延ばしになりそう。下町の子どもたちが、ポリタンクを持って、給水車めがけて走っていく。小さくても、みんなちゃんとお手伝いできて偉いね。
 
 この所、停電も頻繁で、1時間くらいの停電が、日によっては2度、3度とあるので、PCに向かうのもハラハラしてしまう。ジェネレーターのバックアップは冷蔵庫と太郎の部屋をカバーしている。私がPCを使う郵便ポスト部屋はインバーターでカバーするのだが、金曜日の故障以来まだ復旧していない。知らない間にバッテリーを使い切っていたり、サーバーの接続中にばっさり切れて、停電だとスリル満点。バックアップも頻繁にしないと、いつデーターがパァーと消えるか心配でならない。停電したら、即PCは終了することにしている。
日本の節電の呼びかけを見ていると、「まだまだ、甘いぞ〜」って思ってしまう。帰国中に銀座で「節電対策を何かしていますか」とテレビの街頭インタビューを受けた。「インドに暮らしているんで停電はしょっちゅうです。日本は節電するくらい電気量があっていいですよね。」と答えて、インタビューする人を煙に郵便局の糊撒いてしまった。私にマイク向けた人、困惑してましたけど。お水の大切さと節電。印度の日常です。

 郵便局で手紙をだす。この所、まじめにインターネットの通信教育の解答用紙を返信している。切手を貼ろうと台の横を見ると、こんな壷(写真左)に糊が入っている。ポストに入れると紛失するといわれて、毎回窓口で消印を押すのを確かめて投函する。郵便窓口はなぜか8:00〜13:00でおしまい。


アンティークショップ内
7月7日(月)

 本日はHaus Khasめぐりです。看板も出ていない高級住宅地にこっそりある、“もぐり”と噂の韓国料理店にて、チジミ、チャプテェ、石焼ビビンバを食べてお腹が満腹!あら〜、インドにいてもこんなに美味しい石焼ビビンバが食べられるなんて、なんて幸せなんでしょう。無料の韓国料理教室も開催しているとかで、行ってみようかな?ナムルや、チジミくらいは自分で作れるようになりたいものねぇ。

 腹ごなしに、Haus Khas Villegeのウィンドウ・ショッピングを楽しみました。あ〜、お店ごと買い占めたくなるような、インドや、中国のアンティーク家具店がたくさんあって、またまた、私の雑貨の虫がうずきます。今日はお連れもあったし、時間制限もあったので、めぼしいお店をざっと見て歩いただけでしたが、ブティックもめちゃいいぞ!ビーズもバックも素敵ぃ〜。
Haus Khasの遺跡アンティークぽいビーズバッグ
 お買い物だけじゃ、まずいよねと、ちゃんとHaus Khasの遺跡見学も怠らずに・・・。とっても綺麗です。いい眺めだし、のどかでインドにいて一番好きな遺跡の一つになってしまいそう。いいところだわ〜。遺跡の門の影にひっそりと咲くジャスミン。遠い昔に夢をはせ、ドパッターなびかせ柱の影から顔をのぞかせ、踊りたくなるような気分にさせてくれる場所。もちろんフィルミーダンスですよ〜ぉ。

 七夕の今日は、娘の麻子の誕生日。17歳です。昨日は学校の寮で、七夕の笹の飾りつけ、流しそうめんと、スイカわり、花火も楽しんで、織姫気分だったとか。今日で試験も終わり、夏休みは、インドに来るのを心待ちにしています。4つも手作りケーキをもらい、たくさんのお友達からプレゼントやカードをいただいたそうで、「いいお友達に恵まれてよかったね!」と電話でお祝いを言ったあと、一人で迎える17歳の誕生日でなくてよかったと、母は遠くで、ほっとしたのでした。

 
7月6日(日)

 ムンバイに住んでいた時の子どもたちの英語の先生「ミスターK」から、ムンバイのストリートチルドレンの支援活動の報告と募金活動のお知らせをいただきました。

 ムンバイのチャーチゲート駅やビクトリア・ターミナス駅に暮らすストリート・チルドレンのレポートは日本のマスコミやテレビでも、時々紹介されているので、ご覧になった方も多いと思います。テロ後、インド国内の駅もテロの危険にさらされることが多くなり、警察の取り締まりも厳しくなって、これらの駅に捨てられ、駅舎をねぐらにしていたたくさんのストリート・チルドレンが今、苦しい立場に追いやられています。私もこのムンバイのストリートチルドレンを支援していくNGO・VOICEの活動をムンバイでも見学させていただき、実際に活動を間接的ながら支援させていただいたことがあります。K先生は奥様ともども、学校がお休みの日を使われて、ストリートチルドレンの支援活動をずっとされてきました。いま、ムンバイではこうしたストリートチルドレンのシェルターを作ろうと募金活動を呼びかけています。詳細は、こちらに掲載いたしましたので、この場を借りて、皆様にもナマステ・ムンバイから支援活動のご案内をさせていただきます。
チューチュー・マンゴ
 2日の日記で紹介した、Mさんからいただいた、チューチュー・マンゴの熟れ具合がちょうどいい感じ。教えられたとおりによーく揉んでみる。ちょうどホウズキを揉むかんじだ。とがったところを歯でかじってチューとすうと、わぁ〜、すごい!マンゴのネクターです。なんという甘露で濃厚な果汁でしょうか。まさしくほとばしる果汁たっぷりの果実です。かなり強く揉んでもマンゴの皮は以外に硬くて破れない。最後は種をすするように、口に入れて、しゃぶってしまう。
 このチューチュー・マンゴは、インドといえども果物屋では買えません。そぅ、裏庭に育った普通のマンゴです。こんな風に、熟れるのを待ってかぶりついていただくこの季節のマンゴにしかない美味しさ!ムンバイのアルフォンソ・マンゴの美味しさを優雅な甘さというならば、チューチュー・マンゴは、野趣たっぷりの美味しさといえるでしょう。山登りの頂上でいただくおにぎり、七輪で焼いた秋刀魚、掘りたての竹の子というような感じのお味なのです。家族でしばし沈黙しながら、美味しい、美味しいインドの裏庭のマンゴを堪能しました。しあわせ!
7月5日(土)

 朝から雨です!ついにデリーにも本格的なモンスーン到来!!待ちに待った感じです。
重く黒い雨雲にすっぽり覆われてます。でもとっても嬉しい。気温もぐんと下がって、34度。湿度は増したが、気管支の弱い私は気分爽快です。私の家は古いのだけど、本当に良く出来ていて、窓の上の軒が大きく張り出しているので、窓を開けても少々の横なぐりの雨なら中には降り込まないように作られています。朝から、窓を全部開け放して、大雨にもかかわらず久しぶりに綺麗な空気をいっぱいに部屋に取り込みました。デリーは乾燥がひどく、その上砂埃がひどいし、交通量多いから大気汚染が進み、日常はとても窓を開けては暮らせないのです。だから、締めっきりでした。でも、雨が降っている間は大丈夫。何だか、日本の花粉症対策のようだけど、雨の日は本当に潤う感じで気分がいい。庭には水溜りがたくさん出来ました。緑はさらに冴えて、マイナスイオンに満たされるような気分です。雨、雨、降れ降れ、もっと降れ〜!
7月4日(金)
おにぎり 食べ盛りの息子は、「ただいま」の次に「腹減った〜」が、帰宅後の決まり文句だ。「早く、早く、なんか食わせろ〜」と腹ペコ・ライオンのように叫んで、今にも暴れだしそうな形相である。おせんべいとか、お菓子とか、ケーキとかそんなものじゃ、ちっとも“腹のたし”にはならないと、のたまうので、半カレーライスや、麺類、ご飯モノのミニどんぶりを、帰宅時間に合わせて用意しておくのが日課だ。本日は出張者のお土産を駆使して、牛肉の時雨煮、明太子、鮭フレークのおにぎり三種。最近は海苔の裏側にゴマとか梅干と張ったおかず海苔が出ているそうで、これも出張者からお土産にいただき、ありがたく息子の腹の虫をなだめさせていただくのに使わせていただいている。インスタントの味噌汁とおにぎりだけど、銅像ウォチィングなぜか我家はおにぎり大好き家族なのでこれが一番うけがいい。焼きおにぎりもおやつに喜ばれる。しかし、これを4時に食べて、また、3時間後に夕飯をバカ食いする息子である。暑くても食欲が落ちることもなく、若いってすごいのである。給食おばさんのように、毎日、大飯作りに追われるのですけど。

 留守中に、ムンバイの友人から、「ついに出来たよ〜」と、“ムンバイ銅像ウォチィング改訂版”の報告書が届いた。ムンバイ駐妻のインド文化研究会ボンベイクラブの報告書である。3年ほど前にはじまった企画でに、ムンバイ市内にある50体以上の偉人の銅像をすべて取材し、ムンバイの歴史をこの銅像から読み取ろうといるプロジェクトであった。お堅いインドゆえ、撮影禁止の場所も多く取材は難航してなかなか完成されボンベイクラブ報告書なかった原因で、銅像の偉人の資料も少なく、ボンベイ図書館の古い資料からようやく偉人の足跡を調べたりして、約3年。私のように完成を待たずにムンバイを離れた人もいて、総勢23名の人に引き継がれながらの完成です。特に資料を読み込んでまとめてくださったIさんと、写真の編集に燃えたFさん、地図を描いて銅像の場所を調べ上げたKさん、ご苦労様でした。この取材中、なんとタイムス・オブ・インディアから、私たちの活動についての逆取材もうけるというようなこともあり、新聞にも紹介されてしまったのでした。(写真の冊子右上)

 ボンベクラブでは、このほかに、ムンバイの弁当配達人の追跡取材「ダバワーラーを追っかけろ」、ガンジーゆかりの「マニバハン見学のしおり」、ムンバイのカレー食べ歩きガイド「ボンベネーゼのカレーの味方」、そして、お母さんが子どもに読み聞かせたいインドの民話として「パンテャタントラ」の翻訳報告などがある。現在はインド叙事詩「ラーマヤーナ」研究報告会が行われている。報告書や活動について、関心のある方はムンバイ婦人部桜会ホームページ、ボンベイクラブ報告をご覧ください。
ヨガ体験7月3日(木)

 日本人学校の総合の時間で「ヨガ体験」ができるというので参加する。
実は、インドにこんなに長く住んでいるのに、なぜか、ヨガは今までやっていないのですね。とても気になってはいたのだけど、運動が大嫌いで汗をかくのも大嫌いな私としては、体を使う事に、今ひとつ積極的になれないということもあったのですけど。
講師の先生が、まず、ヨガをする前に「気」を汲み呼吸が楽に出来るようにと、塩水の鼻うがいをご披露されて、生徒一同、「えぇー?鼻から吸うの?」という感じで引いて固まっているのがおかしかったです。アイロン台カバーデリーの空気の汚さを考え、「気」が入りやすく、呼吸が上手く出来るようにするためには利にかなったことなんですけど、途中で先生がむせたりもしたから、ますます、「えぇー?」って感じでした。鼻うがいのあとには、数滴オイルをたらすともいってました。ユーカリプスあたりがいいのでしょうか?今日はストレッチ風な、ごくごくかるいポーズだけでしたので、体験というほども事もなかったのですが、いや、そろそろ私もヨガを始めようかな?と思うきっかけにはなったのでした。

 アイロン台が破けたので、アイロン台カバーを古いベッドカバーを使って作ってもらう。こういう道端のテーラーのおじさんは、本当に器用にこなしてくれるので嬉しい。1枚30ルピー(75円)の仕立賃。まだアイロン台は当分使えそうだ。

7月2日(水)

 お父さん一人のやもめ暮らしが、3週間。あわせて新米のコックさんでしたから、キッチンは悲惨な状態になっていました。今までは休暇に出ている間に使用人さんたちが、暇に任せて冷蔵庫、冷凍庫、食器棚の中の消毒と掃除をし、カーテンや、ベッドカバーなどの大物洗濯をしておいてくれましたので、綺麗さっぱりしたところに戻ることが出来ましたが、今回は期待していなかったものの、あまりの汚れようにゲンナリです。どうしようもなくなったフキンは潔く捨て、黄ばんでさらに薄汚れたシンクの小物や洗いかご、まな板を漂白剤に漬け込んだり、シンクをクレンザーで磨かせたり・・・。あ〜、せっかくの完成したばかりのキッチンはむごい状態でした。
 チューチューマンゴ冷蔵庫の中で干からびた開封後の食材を、涙ながらにゴミ箱へ捨てたり、野菜くずとなった野菜かごの、お野菜も処分。家を空けたのだから仕方ないけど、自分のキッチンがこんなだと泣きたくなります。

 サイババプジャー早速、お弁当作りが始まった新学期ですが、昨日の残り物を詰めることは、この気候から絶対に無理なので、朝からシュウマイを蒸したり、から揚げをかげたりしていたら、滝のような汗で朝からサウナに入ったような感じです。アゴにまで汗が伝わり、お料理している間にぽたぽた落ちるほど。気候が厳しいけど、だからこそ家族の食べることは大事にしなくてはと、腐りにくいようにとか、梅干や、お酢を駆使して、また、夜は喉越しのいいものの献立と、台所に立つのは辛いけど、なんだか使命感に駆られてがんばってしまいます。あまりの暑さでお野菜の鮮度も今ひとつだし、鶏肉や卵を買うのもためらわれるほど暑いのですが、何とか栄養のバランスを考えて作っています。

知り合いのお宅から、青い小さなマンゴをいただきました。裏庭の大きなマンゴの木から35キロも収穫があったそうで、サーバントさんたち総動員で、今日は賑やかにマンゴを採りいれたそうです。この青いマンゴは漬物などにもするようですが、新聞紙に包んで5日ほどじっくり熟れるのをまち、手のひらでよーく揉んでやわらかくしてから、皮をちょっとむいてチューチューすって食べるそうです。名づけてチューチュー・マンゴ。あと4日、食べごろが待ちどうしいです。
サイババプジャー
 隣のお金持ちのお屋敷に、簡易テントが張り巡らされる。わぁー、これぞ、パンジャブのモンスーン・ウェディングかも?と、喜んでいたら、サイババ・プジャーであった。朝からたくさんの女性が飾り付けに忙しい。その後、音楽が高らかに奏でられ、お説教やお経の合唱、プジャーの歌の大合唱が2時間くらい続いていた。テラス越しに珍しそうに眺める私を手招きするので、喜んで伺って、ちょっとご馳走のお相伴にあずかる。こういうインド人の外人は誰でもウエールカムって感じで、私はいつも恩恵を受けてしまうので、好奇心丸出しだけど、また、お隣さんと仲良しになれちゃったのでした。

7月1日(火)

 ようやく、早めの夏休みが終わり、ニュデリーに戻ってきました。5年も日本を離れていると、本当に浦島太郎状態で、日本の様変わりに、日本人の自分もびっくりです。今回の滞在は5週間もあったので、正直かなりショックを受けたり、びっくりして戸惑うことばかりでした。いろいろあげ連ねたところでおばさんの愚痴になってしまいそうだから、滞在の感想は書かずにおこう。

 一緒に帰国したお父さんは、一足先にニュデリーに戻り、単身生活をしていましたが、何しろ連日45度以上の猛暑で、家中の家具も床も暑くなり、寝室もリビングも2台ずつエアコンをつけてもまだ暑いという状態だったそうです。熱波でかなりの死者も出たようで、ニュデリーの気候の厳しさを実感したそうです。熱砂もかなり降ったようで、エアコンのフィルターに積もったように溜まった砂埃を今日、全部はずして洗ったところです。たった2ヶ月ですごい埃です。私たちが戻った6月29日には、予報ではニューデリーもモンスーン入りでしたが、プレ・モンスーンという感じで、いまだにニュデリーだけがモンスーンに入っていません。モンスーンの雨雲に避けられてしまったようです。
 水不足も深刻で、あちこちで給水車も見かけます。ですが、少しだけ降った雨で、街の緑は元気を取り戻し、街路樹は冴え渡った色になっています。でも、我家の観葉植物は見事に全滅でした。使用人に水遣りを頼んでありましたが、とても管理が出来るほどの気候ではなかったようで、たとえ私が水をやっていても、たぶん無理だったかもしれません。
 現在は最高気温が38度くらいですので、どうやらしのぎやすい。夕方30度くらいまで下がるとほっとします。湿度もぐんと上がって日本並みの蒸し暑さですが、それでも乾燥の暑さよりは息がつけるというかんじでしょうか?
 ムンバイのDinooから電話をもらい、「2週間も雨が続いているわよ、ようやく今日晴れ間が出て」と聞きました。同じインドでも、かなり違うようです。ムンバイは貯水池があるところには、雨が降らず、ジュフやサンタクルーズ地区の水不足はまだ解消されていないそうです。