Diary

デリーレーヌ ざます!


〜お気楽マダムのデリーな日々〜
2003年 4月


4月30日(水)

 メイド兼コックのエリザベスさんが今日で辞めました。4月分のお給料を払って、5月からの本契約をしようとしたら、お給料が少ない、条件が悪いといわれ、彼女の一方的な給与要求と条件提示をしてきた。それはのめないといったら、「ならば、辞めます」と、あっさり。さすが女王様です。絶対自分の方は譲歩しませんでした。たぶん、我家と、どこかの家を天秤にかけていたようで、自分から辞めるというなら、後腐れもなくて、こちらもいいです。さらに「私は未亡人で子どもも二人いるからすぐには、出て行けないから離れのサーバントクォーターにはあと1ヶ月住む」というので、もっとびっくり!「駄目〜」っていったが、最後にはまた、私が折れて、「じゃ、2週間だけいてもいい」ということになった。完敗の私。

 お父さんには、事後報告。女王様と契約決裂したと報告したら、「いいんじゃないの?気が強すぎて、仕事もいい加減なところがあったのだから」ってことで、まぁ、仕切りなおしかな?問題があって辞めてもらうのじゃなくて、契約上の決裂だから、私も仕方ないと思う。でも、こんな事はいまだかつて9年間のメイドさんとの付き合いで初めてでした。明日から5月。また、心機一転、がぁんばぁるぞ〜!

4月28日(月)
自分へのプレゼントHappy Birthday!って、今日は私の誕生日。いくつになったか忘れたが、実年齢よりは若くいたいものだ。自分への誕生日プレゼントにCブロック・マーケットでインドの蓮の花10本!インドの花屋のおじさんもカンボジアと同じように、花びらを綺麗にたたんでくれた。やっぱり大好きです。蓮の花。格調高く、清楚だけど、少し色っぽいですね。私のキャラとはかなり違うが。玄関でDr.シンとであって、「すごくラブリーな花ね。」ってうらやましがられた。

 東京の娘から涙声で国際電話。部活動の人間関係のトラブル。責任感が人一倍強い彼女は、キャプテンとしての重圧に相当参っているようだ。「でも、チアリーダーは辞めたくないんだもん」と長電話の相談。メールじゃ、やっぱりこういうときは駄目ね。心行くまで彼女の愚痴を聞いてやる。聞いてもらえて少しすっきりしたのか、お腹すいたからこれから、夕飯食べるよって言っていた。青春は辛いこともたくさんあるよね。遠くでエールを送るしかないけど、多いに悩んで、前進あるのみだよ。がんばれ!麻子。

4月27日(日)

 The Times of Indiaの日曜版サンデー・スペシャルに驚きの記事が。
私は、ムンバイで暮らした4年間、女性だからということで怖い思いをしたことはただの一度もない。もちろんリスクのあるようなところへ出かけたり、一人で行くにはまずいところには近寄らないようにしていたし、肌の露出にも十分気をつけていたけど。ムンバイの場合は、あそこは危ないからマダムの行くところじゃありませんよと、止められた事もほとんどない。・・・、が、しかしムンバイでのインド人の友人は別れ際に必ずみんながみんな、「デリーは危ないから気をつけなさいね。くれぐれも!」と、私に何度も念を押した。
 実際暮らしたこの一月、ほとんどが、ファミリーカーのドライバーさんが、運転して日常の生活の買い物程度しか出歩いていないが、今日の新聞記事をみて、「くれぐれも、気をつけるように」と夫から厳重注意が言い渡されたのです。
特集記事はWoman alone:Easy preyと言う記事で、女性が一人で行っては行けないところが地図でレッドマークで記されている。もちろんこのエリア以外にも、Eating Outでは、一人で行くのですか?ジョーダンはやめなさい。ファーストフードならいざ知らず、レストランで、サーバントは絶対あなたを変な女と見て、そう扱われます。Connaught Place after eightチェンナイやムンバイで夜ショッピングモールを歩いていても平気だったわよって言うのはデリーでは絶対通用しません。絶対帰れなくなります。Catching movieも駄目!1人は絶対駄目だけど2人以上なら、いいでしょうってあります。(ひょぇ〜)。Driving back after 10PM運転さえも女一人では危ない。Buying Liquorそんなこと絶対してはいけないでしょう?解っていますね?Pubbing言うまでもありませんね。そうデリーではありえません。女の一人酒。
 インド版フットケア用品そして、女性一人で行ってはいけない場所として、ハイ・リスクゾーンとしては、North&South Campus around Mukherjee nagar,JMC,Gargi college,JNU,Dhaula Kuan(これって、各種の学校のある場所なのに)、暗くなったら危ないところとして、CP/India Gate。いつでも危険で、ストーカーのパラダイスはITO,Bal Bhawan,とあります。
まぁ、大丈夫なところは、South EX, GK,Brista,UPmarket plaza Multiplexesなどの賑やかなマーケットだそうです。
 え〜!て感じですよね。JNU(ネルー大学)なんか日本人のお嬢さんの留学生もたくさんいるし。それだけセクハラ・リスクが多いってことですか?
 気を許してはいけない!ってことですよね。この記事はもちろん在外邦人向けとか特別な人向けの記事ではなくて、デリーに住むごく一般のインド女性へ向けての記事ですから、外人の私たちならば、なおさらってことですよ。あ〜、昨日、闇のお酒なんか買わなくて良かったと胸をなでおろす私。酒屋へは絶対近づかないぞ!ヒンディー映画は早く一緒に見に行ってくれる人を探さないといけないね〜。バルコニー席も左右は保険席として空席キープしないと駄目かも。10席分くらい買い占めないと駄目?怖いな〜!

 今日はすごく変な天気。明け方、雷と雨。日中もギんギラなのに大粒の天気雨。さらに風。ムンバイは10月から6月まで一滴も雨が降らなかったけど、デリーは乾季でも雨が降るんだとびっくりした。緑が雨に洗われて冴えてきれい。火炎樹の真っ赤な赤とのコントラストがインドらしい。
(写真:市場で見かけたテラコッタのフットケア用品。灰色は軽石。これで硬くなった踵をゴシゴシする。どちらも10ルピー)
4月26日(土)

半輝石のピアス銀屋さん
 お友達のお母さんとお買い物〜!今日は楽しみな、Sundar Nagarです。ご贔屓のミッタル紅茶のあるマーケットね。あ〜、こういうマーケットは3日続けて通っても飽きないかもしれない。ムンバイのチョ−ルバザール(どろぼう市場)と、ザベリ・バザール(銀市場)をたして、こぎれいにした感じです。アンティーク雑貨やシルバー雑貨のお店が大充実です。デリレーヌ御用達、大人気のジャラジャラ指輪(そのうち特集組みますね)とか、象さんのついた銀のスプーンとか、銀製品はかなり素敵。私は半輝石のぷら〜んと下がるピアスをゲット。Rs.550をRs500にしてもらった。(値切り足りなかった?)アメジスト、ガーネット、ペリドット、シトリンが付いてます。シルバー加工ね。暖炉周りのアンティーク製品もある。我家の暖炉にあう小物をぜひ次回は買い求めたい。(うちのリビングには大理石の暖炉があるのだ。使えるかどうか知らないが)暖炉周りの小物たち本日はお友達の送別品を買うだけの目的だったので、30分ばかりでしたが、次はトコトン粘ろうぞぉ〜。

 帰り道にYashwant Placeによる。輸入食品店にてパン用のショートニングを買う。デリーでは、お金さえ出せば買えない物はないのだね。お店のおじさんに「ビールある?」って聞いたら、「エンバシーか、カンパニーか」と聞かれる。「カンパニー」と答えたら、「Good」といってアルコール類のリストを渡された。お店には一切アルコールを置いていないのに、「何でも配達してやるよ」っていわれる。お値段は免税店よりもチョッと高いかなって感じで、ワインも各国そろっているぞ。日本のHakutsuruなんていうのもある。これってやっぱり“闇”って事かしらん?およよ〜。買ってもいいものなんでしょうかね。
闇酒なんて、チョッと怖いから、お父さんに聞いてからにしようっと!


 
4月25日(金)

 ようやく、我家の家の構造や、ジェネレータのカバーしている容量、チョキダール(門番)が停電したら自家発電に切り替える係りだとか、ゴミ捨ての要綱などのことが把握できた。家の屋上へも登って、家の周囲を見回してみる。さらに会社から派遣されている運転手さんの勤務形態や契約条項などの把握、水道や電気の支払い関係などなども霧が晴れる。近所のクリーニング店や、酒屋、八百屋の鮮度、コピー屋などなど、学校のお友達のお母さんたちに電話で教えてもらったり、会社の奥様方にお連れいただいたりして、デリーの生活の霧がようやく晴れてきた。学校のスクールバスや、役員の仕事(早くも、役が振り当てられる)も、まだ霧の中だけど、学校関係は、お聞きしながら何とかなるであろう。
エアコンのフィルター右は洗浄後 
 ベッドルームのエアコンが、カビとおしっこ臭い。エアコンつけると嫌なにおいがたちこめている。はしごに登ってフィルターをはずして洗う。真っ黒!だったのねぇ。サンダルウッドの石鹸をつけてゴシゴシ洗ってみたので、少しはマシになるかも。お部屋のにおいって嫌ですよね〜。エアコンに付いた嫌なにおいをとるにはどうすればいいのか知っている人はぜひ、メールください。日本もそろそろ、エアコンのお手入れの時期でしょうか?フィルター掃除しただけで、かなり冷え方が違うぞ!(右のフィルターは洗浄後で真っ白!)

4月24日(木)

 サバイバル・レシピ今日は何もない。だらっと家の整頓と読書の日。こういう日も大事。
 エリザベスさんに新しいお料理を教えたが、彼女は英語が読めないので、勢い、私がヒンディー語と絵文字でレシピを書くことになる。分量の「ジャガイモ 3」は、辞書を引きながらデワナーグリーで、「アルー 3」と書く。「煮る」はお鍋の絵にコンロの火、野菜の切り方も絵文字、大匙1もスプーンの絵×3って感じで。結構受けているし、わかるみたい。ジャカルタ時代もこうして、インドネシア語がある程度できるようになるまで絵文字でミルクや離乳食の指示をしたことがある。今度は小さな子がいるわけではないから、ゆっくり時間をかけて書いていこう。サバイバル・ヒンディー語のレシピ。
 日本人会の生活の手引きの覚えておくと便利なヒンディー語もコピーして覚える。でも、大事な「ありがとう」と、「ごめんなさい」と言う言葉がない。なぜだろう。日本人はお礼やお詫びを言わないって事かしらって思ったり。例文には、「並んでいるから後ろへ回れ」とか、「時間に遅れるな」とか、「早くして」とかがある。シュークリアとダンニャワード、マーフ・カロはぜひ載せて欲しいものだ。
 

4月23日(水)

 デリーには外国人がたくさんいる。ムンバイには駐在の外人がとても少なかったので、驚きです。そのせいか、外国人のネットワークも発達していて、ボランティアや、デリーネットなどという情報掲示板もあり、プログラムもいろいろあるようです。アメリカ大使館のアクティビティーや、英国大使館の英会話教室など、とても盛んのようだし。インド人とのサークルがないのかなって、ただいま捜索中です。どうしても私は西側よりもインドに向いてしまうせいか、関心ごとがそちら方面に行くので、新しく出来たお友達に、「ヒンディー映画はどこで見るのか」とか、「タブラーはどこで習えるか」などと聞いて困惑させているみたい。
コブラ使い
 週刊文春を読んでいたら、イーデス・ハンソンさんは65年前に宣教師の娘としてインドのヒマラヤで生まれたそうな。9歳までインドで育ち、その後もインドに恋焦がれていて「インド」についての本まで書いている。子ども時代のインド生活はとても素晴らしかったそうで、大人が感じるようなインド的ストレスはそこで生まれ育った子どもには、感じないものなのか。はたまた、とても恵まれた愛情豊かな暮らしがあったのか?本を読んでみないことにはわからないけど。うちの子供たちは将来、インドで暮らしたことをどう感じるのかしら?

 午後は疲れが一気に吹き出たように珍しくお昼ね。ようやく、家の設営も済んで、順風な生活が回りだした。ボンベイで2回、これで3度目なのに、今回も、愚痴って、いらだって、戦ってしまった。いつまでも進歩しない私。もっと自然体で暮らしたいのにな。
街で見かけたコブラ使い。初めて近くで見た。やっぱり苦手、すごく気持ち悪い!

4月22日(火)
本場インドのカレーパン
 今日は、Greater KailashMunirka マーケットという、安い家具がある市場の探検。Greater Kailashには、Fab Indiaはじめ、コットンリネンの充実のお店が軒を連ねていて、一軒一軒見て歩くと面白い。この中にあるHot Breadというパン屋で調理パンを昼食用に買う。インドの調理パンは言わずと知れた全部がカレーパンでございます。本場のカレーパンは、チャナ豆のカレー、マッシュルームのカレー、パニール(カッテージチーズ)のカレー、チキンカレー、マトンなどなどすべてカレー味のフリンジです。日本のように揚げてはいなくて、クロワッサンや、ホットドック風のパンに入っています。今日はチャナ豆のカレーと、マッシュルームのカレーパンにしました。一個Rs20くらい〜。豆カレーパンは美味い!マッシュルーム・カレーパンはグリーン・チリがかなり入っていたらしく、とても辛い。夏場のグリーン・チリはさらに辛さをましているそうで、しばらく舌が麻痺したけど、完食してしまった美味さであった。ドーナツとかもなかなか美味しそうので息子のおやつに買って帰る。

 安売り家具安売り家具のマーケットでは、冷やかすだけでしたけど、なかなか、面白い。それに安い。外人の私に言う“ファースト・プライス”でさえも、そんなに安くていいのかって感じである。4人がけのダイニングテーブルがチークで2500ルピーだって。ボンベイのどろぼう市場みたいにセンスのいいものはないけど、注文できるわけだから、交渉しだいで面白いものが注文できそうだ。

 夕方、レンタル家具屋のラジーブ・トラボルタが来る。ダイニングテーブルは、最後の詰めが甘くて、もう一度、天板をポリッシュするボーイを派遣するということで合意。ようやく4度目のお直しでOKとなったわけ。ダイニング・チェアーは、「学校の椅子」見たいなのが来たので、これはもう要らないとキャンセルした。これ以上、家具のお直しを彼とつめるほど気力がない。これ以上は交渉しないことにする。ダイニング・チェアーは会社のボロ家具倉庫の古い椅子を張り替えてもらうことにする。カーテンのタッセルも出来たので、来週は新しく出来たお友達や、会社の奥様がたをお呼びしてオープンハウスのお茶会がようやく開けそうだ。

 メイドさんのエリザベスさんは、なぜか、このごろ機嫌がいい。夕方、何も言わないのに、観葉植物に水やりをしている。「ありがとう」って言ったら、にっこり笑い返してきた。ようやく、彼女も我家の平和な生活に安堵したのだろうか?相変わらず、ツッケンドンな態度には変わりないし、「Yes マダム」とは、まだ言わないで、ほとんどが「But マダム」「Because マダム」というのだけど、女王様のお返事は「ButとBecauseだと思えばいいのじゃない?」と知り合いの奥さんから言われて、そんなもんかと思ったり。とにかく、頑なだった彼女が少しほぐれてきてくれたのはありがたい。相手も、こちらの出方を伺っているというとなのだろう?
 新しいスイーパーのマヤちゃんはネパール人なので、なんとなく娘の友達って感じで、不思議。麻子のお姉ちゃんといっても可笑しくないくらい雰囲気が似ている。チョッと太めで色白。まじめに良くクルクルと働く。

庭師のラームプラシャントさん鉢植え4月21日(月)

 昨日買ってきた観葉植物の植木鉢を綺麗なテラコッタの鉢に植え替えてもらおうと、マリ(庭師)を呼び止める。「おじさん、うちの室内のプラントの手入れもしてくれる?」ときいたら、喜んで引き受けてくれる。本当は自分で鉢替えくらいやりたいけど、土を階下からもらってくるだけで、きっとこの家中のみんなの関心が一気に私に注がれることになるので、じっと我慢でおじさんのラームプラシャットさんに一任。よく聞いてみたら、おじさんは裏庭専門で、表の庭には、違うマリが入っているそうで、この家には、なんと2人のマリがいることが判明した。写真では良くわからないけど、テラコッタには縄模様が入っていておしゃれ。

枇杷 カーンマーケットで、パン、花、果物を買う。私はこのマーケットが結構お気に入り。輪ゴムはどこにあるのだと探していると、ペットショップに売られているという。なぜかカーンマーケットはペットショップがたくさんある。ドッグフードやワンちゃん用のベッドもあるぞ。デリーは犬の調教も盛んでブリーダーもたくさんいるそうだ。カーンマーケットは、定価だけど、ぼられる事もなく、値段交渉も必要ないから楽チン。インドに長く住んでも、ちっとも値引き交渉は上手くならない。果物屋で“枇杷(びわ)”を発見。私の好物。かなり酸っぱいけど、美味しい!インド〜パキスタン〜アフガニスタン辺りまでは、本来ならば、いろいろな美味しい果物の原産地で戦争さえなければ、果樹園にたわわに実をつけているはずなのだが…。噂のアフガン・スイカというのをぜひ食べてみたいものだ。パン屋にホットドック用やハンバーガー用のパンが売られていて、早速買い求めて息子のおやつにソーセージを入れてホットドックを作る。なかなかいける。学校は今日から水泳が始まり、おなかをすかせた息子は大喜びでかぶりつく。

 Drの息子夫婦は裏庭を挟んで住んでいるが、若奥様からお茶に誘われる。「まだ、息子さんにお会いしていませんの。ぜひご一緒に」とのお誘い。私はいいけど、息子は絶対いやだと言うだろうな。年頃なんで難しいのさ。

園芸店4月20日(日)

 今日は珍しくワーカーが来ない。日曜日だもの当たりまえね。
朝から、ごろんとしようと思っていたが、気になっていた園芸店に行ってみる。庭が広くて、ガーデニングが盛んなデリーだけあって、園芸店もかなりの充実で嬉しい。テラコッタや、肥料、腐葉土などもちゃんとある。リビングルーム用に小さな鉢植えを買い求める。大好きなツディーももちろん。緑がないと暮らせない私。これでようやく、住まいに余裕が出てきた感じ。

素焼きの水ポット 帰り道にこんな素焼きの水がめを門の前においているお屋敷を発見。道行く人が誰でもこの壷の水を飲んでいいそうで、大きな木の木陰で、労働者風の人や配達人たちが水を飲んで休息をとる。これだけ暑くて、乾燥もひどければ、道行く人にこうして水を確保しておくのも賢者の徳であろう。なんだか、嬉しい親切で、さらにインドの過酷な環境をこうして、やさしくなぐさめる人の心意気に触れていい気持ち。素焼きのポットの中を覗いていたら、門の中からチョキダール(門番)が出てきて、怪しい人を見るようににらまれてしまった。大事な水ですものね。外人の私が何か悪さでもすると思ったのかしら。(南デリー、バンサント・ビハール)

 ヴィベックとラニ午後、テレビで今年のフィルムフェアーアワードの授賞式の再放送を見る。Devdas一色って感じでしたが、シャールク・カーンの司会だったのでもう、テレビの前を離れられなくなる。レーカの功労賞のプレゼンテーターが、ブラック・タキシードのリティック・ローションだった。ハンサム!でも、そのあとに“今インドでもっとも旬な男NO1”のVivek Oberoi(ビベック・オベロイ)君が出てきたら、リティックはすっかり色褪せる。本当にハンサムでさわやかで、これほど革ジャンが似合う男がいようか?チョッと古いが、吉田栄作を3倍くらい濃くして、いい男にした感じ。ダンスもまだ、初々しくて、可愛い。あ〜、これからはVivekから目が離せないかも〜。
もったいないから、節目がちのVivekだけ公開しちゃおう。(Saathiyのポスターから、左はラニ・ムッケルジー)

 夕方、いきなりカーテン屋が来る。予定よりも3日も早い。カーテンレールも予定よりも2日も早くついた。カーテンのメジャーメントがかなりい加減だったから「大丈夫か?」とかなり心配だったが、素晴らしい!ジャスト・フィット!ぴったしカンカン。これぞインド職人の腕のすごさだわさぁ。もしかしたら、レースのカーテンが下からはみ出るとか、幅が足りないとかになるじゃないかと案じていたが、素晴らしい。ちゃんとレースのカーテンは2センチくらい短く縫ってある。カーテン仕立ての採寸は、実際に縫う職人さんと直に話して、決めたからうまくいったのだと思う。これがカーテンショップに一任していたら、間に入る中間コーディネーターがかなり優秀じゃないと、インドの場合、うまく物事が回らない。手間を惜しまず、直に細かい注文を聞いてもらいたいときは、スーパーバイザーなんてわけのわからない役職おじさんを通すよりも、職人さんと直談判に限ると思った。思わず「Good Job」って、褒めちぎったのだった。こうしたリネン類の縫製や、品質は世界のトップだと思う。インドのカーテン絶賛!
いつか本帰国のときは、(いつになるか?)自宅用にたくさんかって帰ろう!
4月19日(土)
 
 ゆっくり朝寝坊しようとしたら、7時にドアを激しくノックされた。「マダム、ブレックファーストの準備が出来ました」女王様に起こされる。お休みの日は朝ごはんを遅くとるから起こさないでといわなければいけない。しかし、朝ごはんが、ひとりでに出てくることに、もっと感謝しなくちゃいけないのじゃないかと思いながらも、不機嫌な私。心がドンドンすさんでいくぞ。いけない、いけない。
 
 INAマーケットに頼んでおいた特大ベッド用のシーツをとりに行く。260センチ×275センチなんていうサイズがあるのね〜。もちろん縫い目なしの1枚布。いったいどんな織機で織っているのか?インドはこういうところが凄いよね。生地は綿100%を指定していたが、出来てきたのは綿サテンで少し光沢がある。まぁ綿100%だからいいか。チャイ用にカルダモンとクローブも買う。生姜を入れてミントを効かせたのが、この所の喉の痛みにいい感じなのだ。お知り合いから教えたもらった綿素材品のFab indiaという店へ行ってみる。凄い!綿素材のベッドカバー、シーツ、タオル、マットなどが充実の品揃え。今度来るときは、テーブルクロス用にダイニングテーブルのサイズを測って来よう。チカンワーク(シャドー刺繍)のオーガンジーのカフェカーテンが1200ルピー。やっぱりいいものは少しばかり高いね。でも見ると欲しくなる。急いで通り過ぎる。
 昨日確認したら停電用の懐中電灯の5つのうち4つの球が切れている。マーケットで懐中電灯の電球を買って付け替えてもらう。一個3ルピー(7.5円)豆電球は安いが、アルカリ電池は高い。2個で220ルピーもした。「デリ−は、言い値で買ってはいけない7掛けくらいで」と知り合いの奥様から言われたが、小さな買い物はついつい、交渉がめんどくさくて言い値で買ってしまう。豆電球も値切るべきだったのかな?

YAMINIのカフェカーテンとショッピングバック4月18日(金)
 
 照明器具屋から電話で、ランプが28日まで揃わないという連絡が来た。まぁ、いいか。「遅れます」との電話連絡をくれただけで、スッゴク良心的だわって感激してしまった。いつもなら、なしのつぶてに催促バンバンって感じだから。あ〜、すぐにキリキリしてしまう自分に腹が立つ。のんびり構える「有閑マダム」ではなくて、熱く戦う「勇敢マダム」の最近の私。いつかは、なるようになるんだから、って言い聞かせる。

Good Friday(イースター)のお休みで、今日はメイドさんたちもお休み。エリザベス女王様にイースターのボーナスをくれといわれたが、まだ試用期間でしょうって無視してしまった。少しくらいチップやればよかったかなぁ?あのいつもの“つっけんどん”な態度がなければねぇ。

カフェカーテン カーテンレールのタッセルフックを取り付ける。カーテン用は一個250ルピーもしたので、Sita Rama Bazar(Hauz Quazi)で、見つけた一個35ルピーの金のフック。ドリルで穴を開けて割り箸を突っ込みビスで留める。廊下の突き当たり、洗濯干し場の目隠し用カーテンつっぱり棒も、同じ要領で取り付ける。生成りのカフェカーテンを450ルピーでゲットした。YAMINIは、いつもとても可愛い袋に入れてくれるから好き!なんとティーカップ柄の布バック。道端のテーラーで10ルピーでカーテンのすそ上げをしてもらい、取り付ける。乳白色の廊下の壁の色と溶け合っていい感じ。納得の仕事。何でも自分でやる方が楽チン。お父さんが、テレビアンテナの配線コードを延長してくれたので、リビングもテレビの位置を変えて見やすくなった。
 
 カーテンタッセル・フック メイドさんが休みだから、今晩の夕飯は40度近いキッチンで一人がんばる。どうして冬瓜なんか買ってしまったのか?のど越しよく、冬瓜をお出汁で煮て蟹あんをかけた冷やし鉢にしようと思ったところは良かったが、出来たころには、自分はすっかり食べる気力がなくなっていた。当分、お菓子もパンも焼きたくないって感じ。揚げ物は女王様に一切任せることにしよう。麦茶沸かすだけで頭が痛くなる暑さ。

 夕食後、また停電。息子が試験勉強中なので自室でエアコンを使う。大人夫婦はリビングでじっと扇風機で耐える。自家発電だとエアコンは一台しか使えないから、受験生優先。睡眠だけは十分とるようにしなくてはと思うが、毎晩寝苦しい。本日の最高気温41度、最低気温22度、一日で20度も寒暖の差がある。

4月17日(木)
 レンタル家具やのラジーブ・トラボルタを呼ぶ。お父さんにも同席してもらって、クレームをはっきり言うことにした。
つまりは、ラジーブが誠意のある対応をしないこと、レンタル料を早く回収したために粗悪な木材を使い、仕上げも技術不足なのだ。注文どうりの寸法さえ守らないなんて最低。ライティングテーブルとドレッサーは、まったく出来には不本意であること、その理由をはっきり言って、細部を直してもらう。寸法違いと家具のゆがみは、あきらめる。3年使えれば良しとする。これはもうあきらめる。しかし、お客様も使うダイニングテーブルのやり直しがうまくいかなかったら、他の家具はすべてキャンセルすると告げる。最後通知。自分の選んだ家具屋ならば、自分の予算や、出来が悪ければキャンセルもし、この値段ならとあきらめもつき楽だが、会社指定のリースとなれば、予算内妥協もしなければならないのか?と悶々とする。しかし、お金を払う以上、絶対に嫌なものは妥協したくないのだ。
レンタル家具屋ラジーブとの今回のトラブルは、インド的というよりも彼の人間性と商売のあり方に問題があるわけで、本当だったら、かかわりたくないタイプなのだ。

 日本人会の催しで大使館の松木医務官の「インドにおけるSARS」と、WHO遠田医務官の「ポリオ撲滅にむけて」という講座に行く。
SARSについては松木医務官のHPをごらんいただくとして、“まぁ、今のところインドは大丈夫そう”ですが、万一に備えてマスクを用意しておこう。インドでは薬局で使い捨てマスクがRs.3(7.5円)で手に入るそうです。一応買っておこうと思う。パニックが起きてからでは買いそびれるだろうということで。インドから、中国向けに抗生物質などの医薬品、マスクの輸出が伸びているそうだ。
 ポリオのお話は大変興味深かった。世界のポリオ発症の80%がインド。それも北インド、デリー周辺がその60%。隣国のネパール、バングラディシュはすでに2000年には撲滅。なのにインドはモスリムの貧困層に、ほとんどの発症が集中しているそうだ。インド国内でも、南インドはほぼ撲滅。インドのポリオがなくなれば、(年間1500症例くらいあるそうだ)ほぼ世界から消えるといってもいい病気で、あと数年がんばれば天然痘のように世界撲滅宣言が出せるだろう。インドの国家プロジェクトとして、政府ももっと、もっと本腰を入れて取り組んで欲しい。国の押し付けが強い接種の方法に、モスリムのお母さんたちが、国からのこうした支援について正しく理解せず、反発を感じているためらしく、宗教を超えた人間性を持った説得が必要とのことだった。保健所や接種場所にお母さんが子どもを連れてこないので、一軒一軒を回って接種しているそうで、遠田医務官はユーモアたっぷりに、この困難なお仕事を語ってくださったが、その偉業の素晴らしさと、暖かい人間性に感激してしまった。インドはぜひ、医務官に勲章でも贈っていただきたいと思うのだ。
4月16日(水)

 掃除のレヌーおばさんが、姪だといって若いネパール人のスイーパーを連れてくる。朝から来れるのでハウスキーパーとして雇ってくれとのこと。なんだか、日本人のお姉ちゃんって感じのぽっちゃりタイプ。レヌーおばさんが全責任を負うからということで、今日から働いてもらうことにする。最近は使用人の雇用は、一切、私一人が決めている。まぁ、お父さんに相談したところでわかるわけもないか?
 カーテンレール屋が来てカーテンレールを付けていく。カーテンマンが来てカーテンの布地を持っていく。照明器具屋は在庫はまだ揃わないらしく、今日も配達に来ない。大工さんが、カーテンボックスを取り付ける。炎天下で色を確認して、ダークブラウンでOKを出したが、家の中に取り付けたらほとんど真っ黒にしか見えない。しまった!色が濃すぎる!しかし、さっき色の確認でOKした以上変更は、もう無理だ。うーん、今後の課題発生だ。
 真昼間の停電。2時から4時まで。さすがに暑い。持病の偏頭痛がして、アイスノンをおでこに載せてベッドにひっくり返る。先日あった留学生さんは、暑いときはベッドに水まいて、パジャマもびしょびしょにして扇風機にあたりながら寝ると気化熱で涼しいんですよとのこと。エアコンがないインド人もそうしているらしい。すごい!それでも2時間もあればカラカラに乾くそうだ。(これは45度以上の時の話)ようやく、すべての部屋にクーラーがついたが、キッチンはない。この暑さでは、キッチンへ行く勇気もなくなる。

 お庭の花が勢いがなくなってきた。枯れないうちに写真撮影と思って、麦藁帽子をかぶってデジカメをもって外に出る。Dr.シンに呼び止められる。「お花が綺麗なうちに写真をと思って」「問題発生よ。給水タンクに水は半分しかないの。昨日たくさんお洗濯した?」「はい、カーテン洗いました。」「給水が、朝しかないのよ。それも一時間しか。だからタンクに半分しかたまらないの。お花の勢いがないから水やりしたいけど、お水足りないから。」「あの、すみません。私が使いすぎたのですね?」「洗濯機は全自動なの?」「イエ、2層式です」「あら、十分気をつけて使ってくださいよ。当分給水制限続きますからね。」「すみません、知らなかったもので。」
 って、わけで、日本生まれの湯水をじゃんじゃん使うことに何の抵抗も感じない私は、枯れそうなお庭の草花を目にしながら、平謝りでした。お風呂も、洗面器に水を汲んで、シャワーを出しっぱなしなんてことがないようにしないといけないなと思い、バスルームにそれぞれ洗面器を置くことにした。当分、お洗濯の水も大切にしないといけませんね。不便だけど、こういう水のないところに住む以上、水の大切さを実感しながら大切に使おうって思います。私のせいでナスタチュームは今日も水がないまま枯れていくのですもの。

4月15日(火)

 道路に面した部屋のカーテンをはずして洗濯する。レースのカーテンが真っ白になるのって、とても気分爽快。排気ガスと冬のデリーのスモッグで真っ黒だったが、本当に嬉しい白さになった。水の出がすこぶる悪い。どうしてだろう。洗濯さえもママならないなんて。
 夕方、お父さんと日曜大工用品のお店に行く。本当はグルガオンのホームセンターに行く予定だったが、近くにも、Sita Rama Bazar(Hauz Quazi)という、大工用品が揃っているバザールがあるというので出かけてみた。こういうバザールは、うちの夫婦は大好きです。水道工事用のパーツや、洗面台、トイレの陶器、シャワーノズルがある店や、ドアの取っ手やハンドルの店、網戸や窓枠の店などが軒を連ねる。下駄箱ようの扉の取っ手と、ハンド・シャワーノズル、カーテンタッセルようのフック、洗濯もの干し場の目隠し用カーテンレールのバーを買う。何でもあるぞ。それも全部インド製でとても安い。もちろん取り付けも交換も自力でするのよ。電気ドリル持たせたら、我家の夫は何でも出来ます。コンクリートの壁に穴あけて割り箸を打ち込み、ビスを回して取り付けるなんてお茶の子サイサイ。電話線の付け替えとかも出来るので、早速ベッドルームに電話のジャックを引き込んだりもした。電話も取り付けジャックのパーツセットは、わずか16ルピー。(40円)これで、ベッドルームでインターネットが出来ます。ムンバイと同じようなごった返したマーケットで、なんだかほっとする。次回はゲストルームのトイレの便座を買おうと思っている。かなり汚いから真っ白の物に。これは私にも交換できる。ムンバイで実践済み。こまごました出費は避けられないが、自分でやれば何でもすぐ終わって便利。
 洗濯干し場のカーテンレールもばっちりだった。インド式つっぱり棒って感じ。品定めしてあるYAMINIの生成りのカフェカーテンを下げる予定。うまくいったら、公開します。
4月14日(月)

 毎日連続して最高気温が一度ずつ上がっているみたい。今日は43度くらいあるみたい。考えるものイヤになる。車に乗っていても日差しがとても痛い。交差点で車が止まったときに、窓につける黒いUVカットのスクリーンを、ロードチルドレンが売りに車に寄ってくる。買いたい。とっても欲しい。今度カーンマーケットへ行こうと思う。根性があれば。
 せっかく更新しても、電話が金曜日の夜から普通になっていて、HPの転送できない。火曜日までドルガー・プジャーやら、シークの祭日やらでお休みで、まだ当分電話線の復旧の見通しが立たない。はぁ〜。
 今日は、ワーカーさんがお休みなので、お父さんと最後の引越しダンボールをあける。それでも、まだ、家具屋からライティングデスクがこないから、PC置き場がない。懸案のトンでもないベッドが直って来た。仕上げもつなぎ目も直した後がはっきりわかるし、ヘッドの背もたれはぐらぐらしている。ヘビー級のお父さんが寝返りを打つたびに大波って感じで、いつ壊れるかかなり怖い。カフェ・ソファーも来たが、まだ、納得できない仕上げのために再度送り返す。いったい、ラジーブは、本職の家具屋なのだろうか?
マーケットの大工に作らせたような出来で、まったく納得がいかない。
 停電ようのキャンドルランプメイドさんは、かなり反逆的な態度である。いったい我家で働く気はあるのか?お給料をはずめば、もっと誠実に働く気があるのだろうか?試用期間だからこそ、もっと丁寧な仕事であるべきなのに。スイーパーのおばちゃんが、「この家は広くてすごい埃っぽいから、朝から働けるスイーパーが来たほうがいいと思う。私の友達紹介するから、私は他へいくよ」って言い出す。たぶんメイドと何かあったみたいだ。ゴミ出しの件でもめていたからね。はぁ〜。北インドは厳しい!リージェントホテルにあるデリー・ネットという外人向けの情報掲示板へメイド探しの広告を見に行く。めぼしい人はいない。まだ、当分様子を見て我慢するしかないのか?
 初めての停電。夜8時〜10時まで。買っておいたランプにキャンドルを灯す。なかなかムードはあるけど、この明かりでお食事するのは侘しいね。ジェネレーター(自家発電)に切り替えるものの、照明位にしか補えず、エアコンはなし。お食事しただけで汗だく。
シャワーの水がお湯になっている。これからは当分温水器も要らないらしい。温水器のお湯をうめてぬるくしようとしても、水自体がぬるま湯なのでなかなか調節がきかない。デリーの暮らしに慣れるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

カーテンショップのアドバイザーのお姉さん4月13日(日)

 カーテンを選ぶ。散々あちこちのカーテン屋を回ったが、気に入ったのがなかなかなくて、今日はお休みのお父さんも同行する。一人では決められないが、二人で、アーだ、コーだというと以外に決まるものだ。主寝室とリビングだけは、あまりにひどいから交換することにする。他の部屋は洗濯すれば何とかいいかって感じなので。カーテン屋のお姉さんが、耳打ちする。「お店を通すとかなりマージンが高いので、カーテンレールとソウーイングは、別にしてはいかが?私が紹介しますけど」って、かなり怪しい感じ。一応サンプルをもらって、レール職人と、ソーイング職人が窓の計測に来て、見積もりを出す。ふぅ〜う。カーテン一つでもこの分業。さすがカーストの国インドだよね。レール職人とソーイング職人の出した見積もりを半分くらいから値切る。相場がわからないだけにかなり不安だが、お店の正式価格を聞いてきたので、まぁ、それよりも安ければ良いこととしよう。こういう、小さな手順はめんどくさがりやさんには、辛いかも。日本なら、ユザワヤのイージー・オーダーがあるし、窓も規格どおりだから、既製品でもいいわけだしね。カーテンの設営は、どうか順調に済みますように!

 心配してくださったお友達の奥様から加湿器が届く。加湿器をつけて仮眠するとかなり楽になった。今夜はベッドの回りに水をまいて寝る事にする。気化熱でかなり室温が下がり、湿度も保たれるそうだ。乾燥は過酷です。体重計に乗ったら、5キロも一週間で減っている。嬉しいダイエットといいたいが、水分がむしリ取られているようで、一日に6リットル以上水分を補給しているのに、ぜんぜん体がむくまないし、汗もかかない。普段ならトイレが近い私なのに、ほとんどトイレにいかない。枯れていく気分。美容液をたんまり塗っても、汗が出ないとうか汗が出てもすぐ乾くので、お化粧さえもが崩れるどころか、乾きまくる。

インドの生薬とトローチ4月12日(土)

 もう、完全にひどい状態で、声はほとんどでなくなっている。
オーナーのおばあちゃまに、どこかいい病院を紹介してもらうべく一階に伺う。親切に招き入れてもらい、「あら、私と同じ風邪かしらね。耳鼻咽喉科のお医者様?私も一応医者の端くれですよ。私が見て差し上げるわ」と聴診器やら、喉を見るライトや、耳を除くライトの入ったお医者さんかばんを持ってきて、リビングルームで診察を受ける。実はDr.シンは、日本人会のガイドブックにも名を連ねるデリーでは、有名な小児科のお医者様なのだ。声が出ないから、耳鼻咽喉科医を紹介してもらおうと思ったが、Dr.シンの丁寧な診察と、問診ですっかり安心した私。「もちろんSARSなんかじゃないわよ。長いフライトとおうちのセット・アップで疲れたところにデリーのいきなりの乾燥と暑さでやられただけ。お薬どうしようかしらね。私なら、この程度のことなら、抗生物質なんかいらないと思うの。それより何度もうがいして、生姜汁に蜂蜜とレモン入れたレモネード飲んでおきなさい。それとね、インドの民間医療だけど、このMULATIを噛んでみて。英語でなんていうのか私は知らないけど、インドではこれしきのことなら、これを噛んで、休息をとれば、すぐに治るわ。」といって、木の枝のような乾燥した生薬をくださる。噛んで、汁が口に広がって、味がなくなったら吐き捨てて。いったい、これが何なのか知る由もないが、噛んだらなんだかすごくすっきりしてきた。これが駄目ならトローチもあげますよ。点鼻薬の処方箋も出してあげますね。鼻が通ると楽になるから。めげて泣きたかった気分が、Drと話すうちに回復したような・・・。なんだか、ほんわかしました。
「おうちのセット・アップは済んだの?毎日、大変そうだものね。エアコンマンが、室外機を変な場所に設置したらしくて、息子がお宅のオフィスにクレームしてますけど、よろしくね。」やんわりご注意も受けてしまった。一階に住むDr.にも、引越しと諸工事では、何かとご迷惑をおかけしているらしい。スミマセン。
 ゆっくり休んだせいと、Drのアドバイスのせいか、少し回復。夜、寝室にびしょびしょのバスタオルと暑いお湯の洗面器を置いて寝る。バスタオルは室内にもかかわらず、2時間もあるとカラカラに乾く。とにかく埃と乾燥がひどい。空気清浄機、加湿器が必須だね。ビックスのスーハー吸引もして寝る。温度計は怖いからもう見ないことにする。今日も40度を軽く越えているらしい。10月まで続くこの暑さと乾燥のデリー。気候がこんなに厳しければ、メイドちゃんが、あんなにきつくなるのも仕方ないのかなって、弱気の私。


4月11日(金)オレンジターバンのいけてるシンさん

 なぜか、今日はお父さんは、お休みらしい。何の休日なのか?確認する元気も残っていない。声がまったくでない。完全にダウン。寝ていたいけど出来ないんだな。今日もワーカーさんがたくさん来るんだもの。サンプルにカーン・マーケットで買った照明器具を電気工事職人のオレンジ色ターバンがイケてるシンさん(写真右)につけてもらう。うまくいったみたい。ベッドルームとゲストルームは、蛍光灯から白熱球に変えてシルクのランプシェードをつけることにした。寝室は少し暗めのほうが、落ち着くものね。こちらは背の高い息子がささっと取り付けてくれる。(近々、インドコロニアルスタイルの家に住むでご紹介します)大工さんに、壊れているカーテンボックスの補修を頼む。どうせならばと、チョッと凝ったパーマネント・ボックスにしてもらう。インド風に…。色も白からこげ茶色に塗り替えてもらうことにする。リビング雑誌の写真を見せて何度も確認してもらう。大丈夫そうだ。
 
 厚さ20センチの馬鹿馬鹿しいマットレス家具屋の狸親父ラジーブ・トラボルタが、会社の倉庫にあったカフェ・ソファーを張り替えてきた。ベッドも届く。それも夜の11時にだ。デリーは大型トラックの市内への進入が排出規制などから時間制限があって、深夜しか運行できないそうだ。ベッドは、ホテル仕様に高めに頼んだ。埃っぽいデリーだから、床から遠いほうがいいと聞いたので。床から65センチのブリティッシュベッド・スタイルの高さに指定した。ガーン!一緒に来たマットレスの厚さが20センチ以上もあって、出来上がりは床から78センチもあるので飛び上がらないと乗れない。ど、どうしてこうなるのよ〜!!!
「床から65センチって言うのはマットレスを入れってことでしょうが!」って爆裂した感情むき出しでトラボルタに食って掛かってしまった。「だって、マダムがベッドは高いほうがいいって、インペリアルホテルみたいなのがいいって言ったじゃありませんか?」とシラを切るトラボルタ。「マットレス入れて65センチなの。これよりも高くても低くても許せないのよ。こういう注文も守れないなんて最低!」「ならば、脚を切ってきます。あと10センチ切ればいいのですね。」「あのね、脚切っただけじゃ、せっかくのベッドのヘッドのデザインが全部マットレスに隠れて見えないじゃないのさぁ〜。はい、やりなおーし!もって帰って頂戴!!」「マットレスは、お宅の会社のセクレタリーが注文したから厚さがわからなくて・・・」と、まだブツブツ言うトラボルタに、「普通さぁ、マットレスの厚さがわかってから作るんじゃないのぉ?信じられない!」と言い返す私。「それじゃ、やり直します。明日必ず持ってきますんで」「・・・・(きっと、すぐに直せまいと無言)」のYUKKE。
 次に、カフェ・ソファー。「な、なんで、新品の生成りのキャンバス地に、こんなにはっきりと、どれもこれもに手跡がついているのよぉ〜」と、こちらはもう悲鳴。「マダム、白の生成りなんてすぐ手垢だらけになりますよ。ノープローブレム!」「ばっか、言うんじゃないわよ。アジアン・リゾートのホテルにはこうしたおしゃれなキャンバス仕上げのカフェ・ソファーがごまんとあるの。インドはキャンバスが上質でその上お安いんだから、しっかりしてよね。それに何?これ?生地張替えただけじゃない?どうして詰め物の補充をしていないの?ソファーの座席が沈んじゃうじゃない?」「はぁ?ウレタン入れなおすんですか?張り替えろって言われたんで張り替えただけです」きゃっ、今度はお惚けかましてくれた。「あんたねぇ〜、うちの会社のお出入り家具屋を何年やっているのよ!補修って言うからには、傷ついたところを塗り替えて、へこんだところに綿足すんでしょうがぁ?違う?」「やり直しって言うなら、やりますよ。生地がもっと汚れるけど」「駄目!生地を汚さずに張り替えてこそプロの家具屋でしょうが?」
 そういうわけで、この夜は、私は壊れかかった古いベッドを、ギーギーきしませながら、何度も寝返りを打って眠れない夜をすごすのであった。いったい、2月に注文した他の家具はどなっているのか?すっごく不安。お父さんは「納得するまで戦え」って言うんだけど、狸ラジーブ・トラボルタは、家具屋じゃないね。この仕事の出来は、チョールバザール(どろぼう市場)の大工さん以下だね。高いレンタル料払う以上、いい加減なものは許すまじぃ!あ〜、眠れない!

4月10日(木)

 新聞の見出しに昨日のデリーの気温41度とある。昨日のカーン・マーケットの熱風は、本物だったのだ。新聞読んだだけで、めまいがしそう。気管支がすっかり麻痺している。声が出ない。一日に何度もうがいをするが、エアコンの取り付け、電気工事、大工さんとワーカーの出入りが多くて、家中が埃だらけ。ベッドサイドテーブルに積もっていた砂埃に気づかずに、トレイを載せて引き寄せたら、埃で家具が真っ白に傷ついてしまった。ヒェ〜。窓を閉めていても、夕方には、家の中にうっすら砂埃が積もる。どこを触ってもざらざらで、手もすぐに汚くなるので、何度も洗っているうちに、手はがさがさに。夕方、熱が出る。気管支にばい菌がついた感じ。早くもやられた感じ。工事の監督や指示があるので、横になることもままならない。早くエアコンが着かないと、死にそう!ようやく溜まっていたメールを読む。すみません。こういう事情でしばらくはお返事できません。お許しを!
 家具屋のラジーブ・トラボルタは来ない!家具も来ない!狸親父だったみたいだぞ!一応、この古い家に残っていた家具で暮らせなくはないが、ベッドのヘッドは壊れて外れているし、マットレスもペッタンコ。机がこないから、ワゴンの上にPCを載せてピアノの椅子に座って書いている。電話回線の調子が悪くて返信メールが送れないし、今のところインフラは最悪。おまけに断水。洗濯し過ぎて屋上の貯水タンクが底ついたらしい。レースのカーテンを洗濯したいのに水が出なくてトホホ。新しいスイーパーのおばちゃんはモンゴル系の顔立ち。なんだかほっとする。おばちゃんは、エリザベス女王陛下と、早くも険悪なムード。二人の関係も心配。
 太郎の新学期が、無事に今日からスタートする。ニュデリー日本人学校への転入生は10名もいる。今年から、デリーの日本人学校には特殊学級もスタートするそうで、とても素晴らしい。中学生最後の一年を多いに楽しんでもらい、受験に向けてがんばって欲しいと思う。
4月9日(水)

 カーン・マーケットというところで、レジデンス・パーミッションの証明写真を撮る。このマーケットは、自動車部品マーケット、照明器具マーケット、日用雑貨、クリーニングなどの商店が、固まって点在して、大きな市場になっている。自動車部品を売るマーケットの一角で足りない合鍵のコピーを作る。1つ50ルピー。デリーは何もかも、ムンバイよりも物価が高いが、鍵のコピー代は安かった。待っている炎天下が辛い。車に逃げ込んでエアコンの中で待つ。吹く風は熱風。これがデリーの熱い風なのかと実感する。日差し以上に熱風が怖い。照明器具のマーケットにもよって、我家の照明器具のランプを物色する。部分的なパーツ(ガラスのランプと取り付けパーツだけ)でも売ってもらえるかと聞いたら、まったく問題ないらしい。ガラスの照明用のランプの部分だけで95ルピー。白いシルクのランプシェードにするならさらに安くて一個がたったの65ルピー。
臨時雇いのスイーパーさんのカジョール。お給料の折り合いがつかずにあえなく今日で辞めることになる。通いのスイーパーが2000ルピーもするとは、ムンバイのスイーパーの平均の給与の2.5倍もする。デリーの物価は高い!驚きだ。美人過ぎるのも、気になっていたので、難なく辞めてもらう。(美人は男性問題が多いので)
さっきの熱砂のせいか、喉の奥が、むずむずとしてきた。子どものころ小児喘息だった私は、気管支がとても弱いのだ。辛い。

4月8日(火)

 パソコンを開く余裕はまったくない。次から次へと仕事がある。目の回るような忙しさだ。
臨時雇いのコック兼メイドのエリザベスさん。まさしく女王陛下のごとく我家に君臨してます。力関係は、まったく負けている。指示をことごとく無視するんだから困ったものだ。「ゴミをまとめてね」と頼んだら、ゴミ箱からは生ゴミもペットボトルもあふれているのに、それはスイーパーの仕事だといって、やらない。スイーパーが来るまであと3時間。生ゴミをこのまま放置?する気なのか?私がまとめていても、知らん顔している。あ〜、女王陛下との今後の関係は早くも暗礁に乗り上げている感じ。トホホ・・・。日本料理はかなり上手なのでそれだけが救いって感じ。
 朝一番で会社の奥様に、デリーの明治屋らしき輸入食材店とINAマーケットという輸入食材、中国野菜、鶏肉、魚、日本野菜を扱うマーケットへ連れて行っていただく。すごい!デリーは何でもあるのだねぇ〜。お金さえ出せば。ボンベイから来た私はかなりびっくりして、ワクワクしてしまった。もう食材サバイバルしなくても生きていけるかも知れないって感じだ。でも、以外や以外、邦人はあまり現地の魚や肉は買わないらしい。全部持ち込み?なのだろうか。これなら、正直言って15年前のインドネシアに負けないほどの充実だ。お豆腐もあるし、ローカル食材でも十分生きていけそうです。それに、日本食のコンビにもあるしね。無敵インドライフが目の前に広がるわ〜。白菜、蓮根、もやし、アスパラガス、ズッキーニ、それにムンバイにはなかったニラまであるぞ!掃除用の洗剤やモップなどの掃除用品も買い足す。早速、荷物運びのクーリーを指定して決める。ラケッシュ君は、なかなか利発そうで、今日はたくさん持ってくれたのでチョッとお駄賃をはずむ。デジカメで撮影する余裕さえもない私。
 
4月7日(月)

 まだ、朝夕は涼しくて、日中も何とかエアコンがなくても過ごせる。帰国前に頼んでおいた家具は4日には搬入されている予定だったが、やっぱり何もできてきていない。家具屋に電話すると、夕方やってきて、まだ何も作っていないと言う。うっそ〜!いきなりテンションがアップして、切れそうになる。「だって、2月に注文して、3月下旬にも確認したじゃないの。」って言ったら、後数日かかりますとのこと。まぁ、いいさ、急がせていい仕事が出来ないなら困るから、じっと我慢する。ジョン・トラボルタに似たラジーブさんのか細い声の言い訳にあきらめましょう。気長に待ちます。でも、待たせる以上いいもの作っていただきましょうね。
 エアコンの取り付け工事、従来からあるエアコンの掃除、電話線や、電気の配線の変更や、取り付けの工事職人との打ち合わせ、スイーパーさんの面接と、ひっきりなしに人の出入りがあって、荷物の整理がまったく出来ない。お風呂のシャワーが霧のような出方なので、これも直してもらわないといけない。やるべきことが山積み。ミネラルウォーターだけ注文に外出。迷ったけど、一番安心らしいヒマラヤンを頼む。
デリーの浄水器からの水は塩気が多くて、お茶がしょっぱくなる。美味しいお茶や味噌汁は全部ミネラルウォーターを使うとなると、出費がすごそう。12本入りのカートンが、あっという間になくなる。

4月6日(日)

 父の心臓カテーテルの再検査も無事に終わり、JALでニューデリーへ戻る。夏時間なので14時の成田発。朝起きて蒲団をたたみ、シーツを洗濯して、掃除機をかけてから空港へ向かえるのは嬉しい。いつも帰国の時は、年老いた両親に後の始末を頼んでから、あわただしく空港へ向かっていたので、これで親への負担を感じずにデリーへ戻れる。
 毎度の往復ともなると随分手馴れて、さらに直行便なので安心して到着を待てばいいだけ。インド入国時にSARSの検疫の問診表を配られて記入を義務付けられた。症状があるか、発症している国への渡航の有無、インドの滞在先、もしも疑わしい症状が出たら保険局へ連絡をするようにとの書類だった。今回のインドの対応はいつもより異常に早かったようで、貧困で健康状態が悪いインドで、この病気が広まったら手を打つ手段はないだろうから、政府も必死という感じである。でも、記入用紙が空港で足りなくなり、急いでコピーをしに行く係員の姿も見受けられて、検疫の対応が間に合わない感じが否めない。