Diary

デリーレーヌ ざます!


〜お気楽マダムのデリーな日々〜
2003年 9月


9月28日(日)〜10月5日

 今夜から、10月5日まで家事都合により、YUKKEのみ日本へ一時帰国します。来月をお楽しみに〜。サリーで作った帯も持って帰ってきますからね〜。

9月27日(土)

バスター族の真鍮細工 Haus Khazでウッタル・プラデーシュ州バスター族の真鍮でできたフォークアートの額を買う。リビングの暖炉の上に飾るためだ。今までここには、細密画がかかっていたが、どうも古い家にはこういう、古いものほうが似合う気がする。珍しくお父さんが今回の買い付けには積極的参加で、お休み一日かかって店を回り捜し求めてきた。かなり重いので、裏に丈夫なかけ具をつけ、壁に黒シミができない用に額の裏側にガムテープを張って色落ちを補修してから飾る。なかなかいいぞ!暖炉の煤で煙っても、これなら全然気にならないものね。

 から揚げ・ビール隊ニューデリー日本人会の夏祭りだった。PTAの私の分担は「から揚げ・ビール隊」の模擬店係であった。スーパーコックさんが手伝ってくれて懸案の2キロのチキンを揚げてくれる。コックさんが揚げると、色よくふっくらジューシーに柔らかく揚がる。彼が揚げると固くならないんだな〜。なんでだろう?念のための2度揚げしても焦げもせず、うまくいってホッとする。私は自分で上手くできるかとても心配だったの。今夜は夜店で食べてくるけど、夜食用に太郎に「ちらし寿司」を頼んだらこれまた上手に作っておいてくれた。幸せな私。
ビール隊も、から揚げ隊も、見事完売してよかった。息子は楽しかった〜とイベント係の達成感を、母は仕事した〜という満足感を感じながら夏祭りは無事に終わる。お役目ご苦労って感じであった。

9月26日(金)

インド各地のサリーインドのキルトインドの民家 インド政府繊維省がやっているThe Craft Museum(Bhairon Road, Pragati Maidan New Delhi)へ行く。

前々から行きたくて仕方がなかったのだが、よ〜〜やく行けたのだ。インド各地の工芸品が一堂に集められていて、一日いても飽きないような博物館である。インド各地の古民家、各地のフォークアート、透かし彫り、木彫りや真鍮細工、壷、粘土のポットなどなど。ここのすごさはテキスタイル(染織品)のコレクションコーナーである。インド中のサリーや、織物のコレクション数の圧巻といったら…。ため息が出るような手作業の物ばかりで、お勉強には持って来い!特に刺繍とカシミールの織りの精巧さと技術の素晴らしさ。土産物屋では絶対見られないような作品ばかりである。特にシルクの絞りなどはものすごく細いピンホールのようなパトラの名古屋帯帯の裏側シボで気が遠くなるような細かさ。ミラーワークのパッチワークは、きっとアメリカン・キルトが200年の歴史だとすると、もっと、もーっと古いものがある。さらに、白地のものが多いけど、ハワイアンキルトやモラの手法と同じキルトがたくさんあってこれまた驚きである。当然、歴史はインドのほうが古いのだろうね。いやいや、まんずまんず、驚きの連続で、しばらく自分の研究のために通い詰めることになりそうだ。嬉しいことに入場料無料で、年中無休、カメラの持ち込みもレセプションに申告するだけで無料で持ち込める。フィルムをたんまり持参して、飽くまで探求をしたい博物館である。10:00〜17:00、オールド・フォートの遺跡Purana Qilaの向かい側。小さなお子様と一緒でも楽しくて大丈夫ですよ〜。図書館もあるので、調べ物もできます。

インドの織物に感動していたら、京都の帯の仕立て屋さんから、サリーで注文した帯が出来たと画像が送られてきた。オリッサの典型的な古典文様パトラ(木綿の絣)で作った名古屋帯です。ふり(パロ)の部分はリバーシブル仕立てになっているのよ。さすが専門家だけあって、粋な計らいでしょう?一部公開します。来月には他の帯も一挙大公開しますからお楽しみに〜。最近はインターネートでいろいろなことを、遠いインドから遠隔操作ができて嬉しいわ。

 幻のマンゴークルフィー屋西に美味しいサブジー(野菜カレー)があると聞けば飛んで行き、東に行列ができるミータイ(お菓子)があると聞けば、忍耐強く並ぶ食いしん坊で、強欲なYUKKEである。日航ホテルのアンパン情報と、ミータイショップのマンゴークルフィー情報を元にコンノート・プレイス周辺をさまよう。偉いぞ!日航ホテル。さすが日系だけある。ベーカリーショップでアンパン発見!一個30ルピーなり。灯台下暗しとはこのことだわ。インド在住の皆様、デリーへのご出張の折、お土産は日航ホテルベーカリーショップのアンパンに決まりです。日航ホテルベーカリー(電話:2334−2000)
 日航ホテルからコンノートプレイス方面へ100メートル。4つ角交差点Bata(靴屋)の向かいにあるミータイショップKALEDAのマンゴークルフィーは、すごく美味しいそうだ。早速出かけたが、季節が終わり今年はもうない。がっかり!生のマンゴーをくりぬいて種を出し、その穴へクルフィー(練乳アイス)を詰めて輪切りにして売ってくれるんだそうだ。あ〜ぁ〜。聞いただけでヨダレがでる。もうないと聞くとますます食べたい強欲なYUKKEである。お店のおじさんにしつこく、「一個もないのか?」とくい下がってみたが、ないものはないらしい。来年のマンゴーシーズンを待つしかない。他にも揚げたてのポテトチップスとか、マサラ・カシューナッツ、グラムジャムーなどのおなじみのお菓子もある。試食させてもらったけど、どれも美味しかった。ポテトチップスはお薦めです。色々なフルーツシャーベットのアイスキャンディーもあったが試せなかったのがちょっと残念。
KALEDA 109 Bangla Shaib Road, Gole Market New Delhi 電話 2336−5125

9月25日(木)
Aap ki Pasand
 朝早くのデリーは、すっきりと涼しい。外気がひんやりしていて、早起きが気持ちいい。青ジソに水をやりながら、しばらくベランダで涼む。家の中よりも、外はずっと涼しい。(27度くらい)久しぶりに家中の窓を開けて扇風機を回して、空気を入れ替える。
 夜もエアコンはいらなくなってきて、よく眠れる。セカンドサマーの時期なのに、お天気はドンヨリ。しのぎやすくて助かるが、作物の収穫に長雨がたたらないといいなと思う。
 お試しの茶
 オールドデリーへ行く。行くといっても、自家用車で行くので、まぁ安心。目的地まで車から降りないし。いや〜ぁ、なつかしのムンバイがあったわ。私の住む南デリーは高級住宅地になっているので、とてもきれい。オールドデリーに来てようやくいつものインドだわと感じる自分が不思議だ。ムンバイではこういう猥雑さの中で暮らしていたので、ゴチャゴチャしたこっちのほうが、ほっとするし居心地がいいのだ。渋滞がひどくて目的の店名たどり着けないまま引き返す。帰路、デリーの有名紅茶店「Aap Ki Pasand」に立ちよる。いつもはMitaalのビクラムに操を立ててここでは買わないのだけど。この店の紅茶は日本の明治屋や松屋にも輸出しているし、日本の新聞やマスコミでも取り上げられている店。English Tea Masterのカプール氏に当店自慢のRisheehat(ダージリンの東、標高2050メートルにある有名茶園)のファースト・フラッシュをご馳走になる。美味い!!お値段だけのことはあるわ。このみせでは、ティー・ルームがあっていろいろ試飲させてくれるの。でも、スゴーく高い。100グラムで800ルピー(2000円)なり。お盆の上の能書きには、「クリントンが小泉首相に贈ったインド土産のお茶」と書かれていました。抽出時間は長めで5分とある。他にも春摘みのノットタクワというガーデンのマスカテル(600ルピー)、そして世界の名だたるキャスルトンの銘茶(240ルピー)もありましたね。キャスルトンはKurseong(カーシオン)の東側標高2300メートル、反対側には、これまた日本でも有名なマカイバリというガーデンがあります。ヨーロッパのF社とかE社の紅茶は色々な茶園のブレンドだけど、インドンにいれば、単独茶園の上質なものが飲めて嬉しいです。隣ではインド人がアッサムのCTCを色々試して買っていました。ミルクを入れて煮出して飲むので、茶葉の製法がちがうし、ミルクにはアッサムのほうが美味しいですもね。これも試してみました。美味しい!オールドデリーへ行かれたら、お帰りには、ここで英国式のお茶もいいかも。

9月24日(水)

 蓮の展覧会運転手さんも熱を出す。ああ〜ぁ、次々とみんなが感染しているので真剣に厄払いしないといけないかもしれない。インフルエンザのような熱は、お父さんが一番に持ち帰ったが、太郎以外は全員に循環してしまった。

 今日は、ヨガの教室。我が家でやる番なので、一応見学だけ参加。先生に、少し血圧が上がって具合が悪いといったら、血圧を下げるヨガのポーズと呼吸法を教えてもらった。そうか、ヨガにはそういう効用もあったか?なるほど。

 先週、蓮展掲示板でお知らせしたローチャン・ユリコさんの「蓮」展に行った事を報告し忘れていたので、ご報告。インドのアーティストたちの蓮をテーマにした作品展である。素敵よ〜。蓮って幻想的なほど、美しい花だわって、アーティストの気分になってしまう。(写真はローチャンさんの絵ではありませんが、ギャラリーの許可を得て撮影)

Deviちゃんは、ヒンディー語の読み書きが少しできる。よかったぁ。Mayaちゃんの英単語のお勉強も生徒が増えてしまった。英単語とヒンディー語と両方書けば、覚えるのが簡単だ。今日は「I like 〜」を教える。〜のところに色々当てはめて教えたが、ヒンディー語がわからない「犬と猫」のときは、私が下手な絵を書いたらすごく受けてしまって、馬も牛も書いてくれといわれる。変な脱線で大笑いであった。

 夜8時半、夕飯を食べていたら、いきなりテレビの・ケーブルマンがくる。「テレビのチューニングに来た」というので、追い返すと、次は、いつ来るかわからないから調整してもらう。リモコンをオープンにして微調節。NHKはもちろんすべてのチャンネル(我が家の場合は65局)が、素晴らしくきれいに映る。信じられない!「長いことスミマセンでした。」といいながらチップも要求せずに帰っていった。20日ぶりにテレビが見られる。NHKワールドは、ほとんどニュースと文字放送だけのだが、やっぱり日本語番組があるのは嬉しい。ついでに、ドバイのアラブ系放送、パキスタン放送、フランス語放送、ネパール、韓国語放送、香港のスターTVなども入るようになった。デリーではケーブル回線契約家庭の専用受信機の導入の法案をめぐって、政府と調整が続いている。盗受信が後を絶たないためらしいけど、専用受像機が高いのよね〜。今のところ、何回も議決が先送りされているけど。どうなるのかなぁ。

9月23日(火)
博士鍋
 うずら豆外出するのがまだ怖いので、一日中お家にいる。
 こういう日はゆっくりお料理と思って、インドのうずら豆を煮ることにした。昨日の晩から水に浸して戻したお豆。Chitra Rajmahとよばれる「うずら豆」は、色は肌色なれど、煮るとちゃんと赤茶色のうずら豆になります。あくが少ないので茹でこぼさなくてもOK。(茹でこぼすと色が冴えなくなります)。インドのザラメを使ってこっくりと煮てみた。戻した豆を、親指と薬指で摘んですぐにつぶれる程度までじっくり煮てからお砂糖を入れます。(砂糖を早くから加えると豆がしまって柔らかくならない。)お豆は冷えると甘みが増すのでお砂糖は控えめ。懐かしいお袋の味です。モダンバザールではオーガニックのRajmahが買えます。インドはベジタリアンが主流だ。その貴重なタンパク源がお豆。市場にはカラフルなすごく多くの種類の豆が売られている。ダールと呼ばれる豆カレーは、年中食卓にのぼる。豆の料理は時間と手間がかかる。水に浸して戻し、時間をかけて煮ないと柔らかくならない。この豆の料理のためにインドには、圧力鍋がとても普及している。私も圧力鍋で煮ようかと思ったが、豆が煮崩れると美味しくないので、博士鍋(保温調理鍋)を使って煮てみた。まさかインドで長時間煮るじっくり料理はしないだろうなと思ったが、意外に火の側で長く過ごすのが苦痛だから、コトコト長時間煮込むおでんや、シチュー、豆の料理にはとても重宝する。原理は圧力鍋よりも簡単。ステンレスの鍋料理を熱々にしたら、保温用のポットに入れるだけ。燃料代も節約できるし、暑いキッチンで火の側についていなくてもいいのが嬉しい。

 ジョークの本いとしのダーリン、Mr.H.D.Shourieから今度出版したばかりのインドジョークの本「The Funniest Jokes in the world」(Pengin Original Humor Rs200)が届く。日本のハニーに手渡してくれという依頼だ。私にも一冊くださったが、英語のインドジョークなので読むと頭が辛いわ。今度あったときに、感想を聞かれたら何としよう!インド人のジョーク好きは有名だ。ショーもないジョークが多いが、政治の風刺ジョークや、独活(うど)の大木と呼ばれるちょっとぼんやりのパンジャブ人をおちょくるジョークは有名。なぜかパンジャブ人はジョークのネタにされても、あまりカッカしないのも不思議だけど。携帯電話のアクセスサイトや、携帯メールで一番人気がこのしょうもないジョーク・サイトというのもインドらしい。もちろん英語でだよ。英語でジョークなんてインド人の英語のレベルがに高いかわかるでしょう?
Mr.Shourieのジョークは、弱腰夫に恐妻という、おかしな夫婦ものジョークものが多い。わたしでもわかる英語のジョークを本のなかから3つほど。
          ◆      ◆     ◆
Husband : After I get up in the morning and shave, I feel ten years younger.
  Wife : Why don't you shave before you go to bed ?
         ◆      ◆     ◆
A man to his neighbour, It's my wife's garden. I only do the digging, planting, watering and weeding!
      (デリーの園芸ブームを揶揄している)
         ◆      ◆     ◆

When a certain couple went to bed after watching Kaun Banega Crorepati on TV. the husband was in an amorous mood.  He asked his wife if she wanted to do something about it.
"No" she said.
"Sure?" he persisted. She nodded in replay.
"It that your final answer?" he asked.
"Yes" she said.
"Well then" the husband said."I think I would like to call a friend"

いやーん、Mr.Shourieたら。78歳!うっふふ・・・でしたか?うーん、座布団1枚だぁ!!色っぽいジョークが多すぎよぉ〜。

(よけいな注釈)
Kaun Banega Crorepatiは、インド版のクイズ番組ミリオネラ。国民的俳優のアミタブ・バチャンの名司会で人気を呼び、上記のおなじみの受け答えがインドの流行語にもなった。TVがお友達のインドのインテリなお年寄りに絶大な人気番組でもある。インドのインテリおじいちゃんは、なぜかファションショー番組が好きな人も多い。インドには一日中ファッションショーを放送しているチャンネルがある。

9月22日(月)

焼き芋屋さん 阪神タイガース報道新しいコックさんも熱を出す。Mayaちゃんは、ほっぺたに真っ青なアザを作っている。バスが揺れてぶつけたというけど、ドメスティック・バイオレンスじゃないだろうなぁと、ちょっと心配。心配すると血圧が上がるので考えないことにしよう。回りの人もみんな具合が悪そうで、お互いいたわりあって暮らしている。婦人会の発行物の「デリーライフ」には、インドにしかない珍しい野菜を使った料理がよく紹介されている。日本人会室にバックナンバーがあると聞いて見に行ってきた。すごいよぉ〜。歴代のマダムたちの工夫と知恵の結晶って感じで。チャパティーの粉(アタ)とザラメ糖で沢庵つけてる人もいる。11月になったら試してみたい。メモしてきたので、色々野菜のお料理を試して、上手くいったら紹介します。気温が30度を下回るのでしのぎやすい。うちの近くの道端に焼きとうもろこしにかわって「焼き芋屋」さんが出現する。インドの焼き芋にはチャットマサラというスパイス(お菓子や、果物にかけるマサラ)とレモン汁を振りかけてくれる。一皿、Rs25くらい。カメラを向けたら焼き芋屋のおじちゃんは、ものすごく緊張してた。デジカメ画像をその場で再生して見せてあげたら、表情をすごく崩して大喜びする。

 私は野球は、まったくわからないけど、「The times of India」に大々的に日本のタイガーズ優勝フィーバーを伝える記事がでかでかと載っています。写真はタイガース神輿らしい。ガーネーシャのお祭りと似てるものね。日本のタイガーズ・ファンの皆様!インドにはホワイト・タイガーっていう白に黒すじ入りの珍種がいるんだよ〜。

9月19日(金)〜21日(日)

 絶不調…。ほとんどベッドでお休み。睡眠不足+過労+ストレス+3キロの体重増加=血圧上昇!まさかと思って救急箱から取り出した血圧計で測ると、信じられないが、160/100。過去最高だ。血圧計を見てさらに容態悪化。おばさんを通り越して一気に“おばあさん”の気分。頭痛の原因は血圧かぁ・・・。低血圧で貧血という、若い頃からの体質がこの所一変して、おばさんモードなの。いよいよ、更年期かしらん??
 我慢強いといえば聞こえはいいが、「これしきのことで、ヘコタレないぞ」と、いう、妙ながんばり根性と、生真面目さが自分の性格の欠点でもあって、私のキャラを知る友人からは、「そんなことで、がんばってもだーれも褒めちゃくれないから、がんばるな!」とよくいわれる。毎度の事ながら気が付くと、家族中をびっくりさせるような事態になって、半年に一度くらいひっくり返ったYUKKEが出来上がる。そうなると3日くらい昼夜をわすれて、すべてを投げすてコンコンと眠るしかない。しばらく安静。カレーもしばらく塩分を控えるためにお預けだわ。PTAも休んだりして、みんなにも迷惑かけてしまって、心苦しい。

9月18日(木)

 朝から強烈な偏頭痛。おでこがどうしようもなく痛い。ミントティーや、ユーカリプス・オイルをこめかみに塗った位では全然駄目なので、バッファリンを飲む。全然効かない。一日中ベッドでごろごろしていた。夕方学校のPTAへ行く。薬剤師のお母さんに「これ試してみて」、と薬をもらう。ようやく、おさまった。時々、こういうひどい偏頭痛に襲われるので辛い。昨日の夜なぜか夢ばかり見て何度も起きたのが原因かな?睡眠不足は、インドではとても怖い。休養と睡眠が、インドで健康と保つ上でもっとも大事な事だ。今夜は早めに寝よう。

9月17日(水)

インドのカレーおふくろの味
 人間ロボットの「アシモ君」が訪印中である。ヒンディー語を話し、マサラ映画のヒットソング「デイル・チャーター・ヘイ」で踊るらしい。日本人学校の生徒たちは、昨日アシモ君に会いに行った。なかなかユニークな親善大使だったようだ。

 インド人家庭にホームステイをしているNさんが来た。お昼時だったので、彼女には我が家のスパゲッティーを食べていただき、私は、ホストファミリーのお母さんが作るインドのお弁当を分けてもらう。こういう家庭の味のインドカレーが、一番だよね。豪華なインド料理レストランのバターチキン・カレーよりも、お母さんのジャガイモのカレー、インゲンのカレー、きゅうりのカレーの美味しいことといったら。日本で言ったら肉じゃがに、ひじきの煮物、玉子焼きという感じのお袋の味インドの弁当である。チャパティーもさめていても美味い。Nさんは「幸せ〜」って言いながら和風スパゲッティーをすすっていたが、私はトレードしたインドの弁当を、「幸せ〜」といいながら食べてしまった。

9月16日(火)

 怪しげなトンボ玉の店日本からのお客様をご案内して、スンダルナガールへ。「インドのトンボ玉がみたい」というリクエストだ。最近ご案内するお客様は、粋でツウなおじ様が多く、骨董市への関心がかなり高い。私は、こういうおじ様方をご案内するたびに、いい勉強をさせていただいている。「日本のトンボ玉はインドがルーツらしいんだ。」ということで、トンボ玉のウンチクを拝聴する。天井からすだれのように垂れ下がるわけのわからないビーズの置いてある、埃とかび臭い倉庫のような店の奥の怪しげーな部屋でおじ様は、熱心に物色された。藍色に金のトンボ玉をお買いになられる。Rs.300をRs.250で。店の人に「あんた、わかってるんだろうね、私はご常連だよぉ〜」って言ってみたが、ほとんど負けてくれない。ケチ!
ダージリン・ゴールド

 スンダルナガール探検の休憩場所となっているMittalで、ビクラムが、今年のハーベストで最高級品という紅茶を恭しく出してくれる。その名もダージリン・ゴールド。この店の一番高い紅茶・マスカテルのさらに上を行くそうだ。今までのとどこが違うかというと、今度は「手もみ」なんだなぁ。茶葉もかなり大きくて、がさがある。抽出時間も5分と長い。しかし、その香りといったら〜。すごいよ、こりゃ。味はかなりマイルドで軽い。渋みもかすかという程度。さらに、ビクラムいわく、マダム、この紅茶は2番煎じのほうが、味は濃いです。一杯目で香りを、2杯目で味を楽しんでくださいという。まるで、中国茶の飲み方だわ。紅茶好きにはたまらない。早速買い求めてしまった。期間限定、収穫量も少ないので、お早めにどうぞとのこと。お値段もいつもの倍します。

麻子2号と3号
 先日の日記で、使用人の家庭環境には立ち入らない事にしていると書いたばかりなのに、Mayaちゃん(右)の妹・Deviちゃん(左)が、本日から見習いで来た。お給料は要らない、1ヶ月くらい修業させて欲しいとの事だ。頼まれると嫌とはいえない私である。顔をみたら、はにかみながらもニッコリわらって、「ナマステ」という。「しょうがないわね。Mayaちゃんが、責任持って面倒みなさい。正直に働いてね」という。Deviちゃんはまだ15歳。シムラの田舎から出てきたばかりだ。お姉さんが働いている間、一人で家にいるのも心細かったと見える。お昼ごろ、Mayaちゃんが、「Deviが熱があるみたいだ」という。おでこを触ったら熱い。咳もしているので風邪薬を飲ませ、涼しいところに寝かせる。もっと熱がでるようなら、これも飲ませなさいと熱さましも与える。初日から熱を出してDeviちゃんはすっかりしょげている。「ご飯食べたら早く帰りなさいね」と、早めに仕事を切り上げさせた。高校生のようなMayaちゃんと中学生のようなDeviちゃん。あらら、私はすでにすっかり情が移ってしまって、「麻子2号、3号」をまとめて面倒をみることになりそうだ。

9月15日(月)皮付き鶏もも肉

 今日も朝から雨。月曜日はINAマーケットで今週分の買い物をするのだが、新しいスーパーコックさんに全部頼んでしまった。お買い物も上手。ハラルミート・ショップで素晴らしく大きな鶏もも肉(こだわりの皮付き)を、私が買う価格よりもずーと安く買ってきてくれる。お野菜の選び方も上手で何も言うことはない!嬉しーい。
 そういうわけで、有閑マダムに戻ったYUKKEは、ひたすらパソコンに向かって一日を終わる。溜まっていたお仕事をやっつけ、「お節介 ニューデリー」の「野菜」編を更新していたら、なぜか手元が狂って、ぱたりとプログラムが閉じてしまった。焦って開きなおす。いつもなら、「復元するファイルがあります」っていうのがでて、上書き保存していなくても戻るのに、今日は全部消えた!きゃー。パソコンやりすぎかぁ?エクセル開いたままだったし、下書きファイルも開いたままで、全部消えました。朝から酷使していたのでご機嫌斜めかもしれない。インドの野菜ってたくさんあるんだわ。まだ全部紹介しきれないけど一応更新。

 休憩をかねて、アルファベットの大文字を全部覚えたマヤちゃんに、今日は小文字を教える。早めに終わらせて家に戻ってもいいよといったら、明日妹を連れてきてもいいか?と聞くので、「いくつなの?」と聞けば15歳。姉妹5人、兄弟5人もいるそうだ。多分、外人のマダムの家を妹に見せてやろうという魂胆らしい。「良いけど…」といったら、「じゃ、妹には扇風機の掃除をさせます」という。あ、お小遣い稼ぎなのね。と納得。うちでは娘の麻子とマヤちゃんが、雰囲気が似ているのでマヤちゃんのことを「麻子2号」と呼んでいる。明日の「麻子3号」はどんなだろうか?「仕事がないんです、こちらでトレーニングさせてください」って、遠まわしの売り込みでもあるらしい。15歳か?息子と同じ年だと思うと・・・。ちょっと複雑。

 いつ子ママから「星野道夫」の写真展に行ってきたよと、絵葉書と「アラスカ 永遠なる命」が届いた。大好きな写真家の文庫本。すごい清涼飲料水のような感じだ。ミントのお風呂に入った感じ。ありがとうね!

9月14日(日)

 紅茶と読書よく雨が降る。今日も雨。昼間には大きな雷も鳴った。9月の雷は「グッバイ・モンスーン」だといわれるが、この雷でモンスーンが開けるだろうか?

 雨降りの日曜日は一日中読書。「お茶からお茶へ、旅から旅へ」伊藤ユキ子(新潮OH文庫)を読んだ。インドのお茶の記述はないけど、中国、ウズベキスタン、イギリス、シンガポール、香港のお茶の文化についての旅エッセイ。中国の銘茶・ラプサンスーチョンが無性に飲んでみたい。医食同源の中国お茶文化や、イギリスのアフタヌーンティーから比べると、インドの紅茶には「茶文化」というものがないのが残念。植民地時代以降に、イギリス輸出のためにインド各地に栽培が広まったのがインドのお茶ですから、歴史も浅い。煮出してミルクを入れて、スパイスを効かせた飲み方は、日本や各国のお茶の伝統文化から見れば庶民の飲み方だ。作法も流儀もないから気も楽だけど。インド人全員がチャイを飲むわけではなくて、「私はお茶はいただきません。」というインド人も結構いる。インド人が最もよく飲むのは「ただの水」だ。紅茶の暴落が続いているらしい。紅茶よりもコーヒー人気。植民地時代に植えた100年経過したお茶の木の植え替えの時期らしく、お茶の農園経営も大変だと聞く。コーヒーが飲めない私のようなお茶好きにはつらいことだわ。今年の雨は紅茶のできには、どうだったのだろうか?夕方、飛び切りのダージリン、ファーストフラシュの封を切って、丁寧に自分のために紅茶を入れる。香りがとってもいい!読書と紅茶、私の至福の時間だ。

9月13日(土)

 雨が降らなくても困るが、降りすぎても困るインドである。私が暮らす5年間の間に、グジャラート、ラジャスタンの大干ばつが2回、オリッサは3回も大洪水に襲われている。旱魃も洪水も激しすぎるくらい極端だ。グジャラートの大地震が起きた年などは、世界中の救援物資が、グジャラートへ集中し、オリッサへの救援が遅れて被害が拡大した。もちろんグジャラートの被害の大きさも半端じゃなかったが、オリッサもひどかった。ムンバイなどは、ガソリンスタンドが、古着などを集める中継地点になったり、住んでいる地域の互助会のような組織でも救援物資を集め始めている。ただね〜、こうした物資がきちんと現地に届く前に横流しにあうことの確立が高くて、毎回嫌な思いをするのだ。ムンバイでフラットの理事会が、救援物資の古着集めをしたときも、我が家の古着が、フラットで働くワーカーに密かに分配されていたことを後で知り、がっくりと肩を落としたこともある。相手にきちんと渡ることを確認出来る援助の仕方を、見極めることが大事だと思う。
 北インドのダムの水門を開いたら、オリッサ、ベンガル、バングラディシュは水浸しになると冗談でいえないほど、今年の洪水は深刻なのだ。

 南デリーのVasant地区には超名門M校がある。ここは、デリーの「文京区音羽」という感じのお受験加熱地域だ。知り合いの人から、3歳児の幼稚園入学願書を取るために朝6時から並びましたと聞いた。一次審査の書類選考は、住所(どこの地域に住んでいるか)姓名(名前でカーストや出身がわかる)、収入(お父さんの職業)できまる。子どもたちは、2歳半からのプレ・スクールで、お遊戯や遊びよりも知育教育が行われて、「歯ブラシ、帽子、靴、歯磨き粉、お皿、スプーン」など関係の深いものを線で結ぶ練習や、「マンゴ、スイカ、リンゴのなかで種が一番多いものに色をぬる」などのトレーニングを積むそうだ。いや〜、某国の名門幼稚園受験と大差ない。M校は幼稚園から高校まで一貫教育の学校で、大学は英米への海外留学がほとんどだそうだ。願書をもらいに来る両親にサリー姿はほとんどなく、パンジャビー姿もちらほら程度、ほとんどが映画から抜け出たような西洋スタイルのモダンなママたち。英語をステータスとして話すお母さんたちばかりであるそうだ。もしも知り合いのインド人が、「うちの子はM校なんざんす。」というときは、こういうステータスにいますよって言うことらしい。インドもご多分に漏れず、教育の方向性が危うい方へ向かっているようである。何しろ、人口の多さをかんがみれば、倍率300倍なんていうのが当たり前の国なのだ。受験が過熱するのは今にはじまったことではない。学校へ行けない子もたくさんいるけど、こういう過熱気味なお受験事情もインドの一面。
 
 デリーに来て、インド人から、名前の次に真っ先に聞かれるのが「どこに住んでいるのか?ご主人は何をしているのか?」である。こう聞かれてしまうと、次の話題の接ぎ穂が見つからない。デリーの人は、ものすごーくステータスにこだわる。ムンバイでは聞かれたことなんかなかったのに。私が打ち解けてインド人のお友達がなかなか出来ないのは、こうした格式ばって、排他的なムードのため。悪く言えば、デリーは地方からでてきて成功した成金成り上がりが多いせいなのか?コスモポリタンのフランクでオープンだったムンバイの友人たちが懐かしいのだ。

9月12日(金)

 収穫を待つ青ジソ青ジソは、ついに収穫のときを迎えました。薬味に使ったけど、やわらかくて、いい香りです。スイスのええでるさん、アドバイスありがとうね。インドでも上手く育ちました。

 メル友から、「インドにいると身長が伸びないか?」というメールをいただいた。うん、伸びるのだ。ジャカルタのときもそうだったけど、私の身長は20歳の時に160.5センチであった。昔のパスポートって身長も明記されていたのでよく覚えている。だから、ジャカルタ駐在のときも自分はずっと160.5センチと思っていたのだが、20代後半に4年半駐在して帰国し、人間ドックで測定したら、162.5センチと2センチも伸びていた。それからしばらく変化はなかったが、インドへ来て、40過ぎにまたちょっと伸びた。今は、163センチある。不思議ですね。きっと、熱帯地方に暮らして、冬を経験しないためか、冬に背中を丸めることや、着膨れする心配がないから、体がのびのびと開放されて、背が伸びるような気がする。さらに、お米が年に何回も取れるほど豊潤な気候である。作物がよく育つということは、人間も育ちやすいということじゃないか?体内に残っていた成長ホルモンが再び活発になるのか?ジャカルタ生まれの息子の発育は、個人差程度のことだが、寝返り(3ヶ月)も、アンヨ(10ヶ月半)もおしめ(1年3ヶ月)と、かなり早くて驚かされた。成人男性は余り聞かないけど、私の周りの女の友達は、熱帯に暮らして背が伸びたという人が多いのだ。それならば、モスクワとか、ストックホルムとかに暮らすと、縮むことがあるのだろうか?週刊文春の動物学の竹内久美子先生に、質問してみたい感じだ。うそっぽい話に聞こえるが、事例が結構あるので、私の見解も遠くはない気がするのだが。ただ心配なのは、成長が早いということは、成熟も早いわけで、その先の老化も早い(!)ってことかしらん。それって、怖いわ〜。わぁぉ〜。

9月11日(木)

 マサラパン「お節介 ニュデリー」へのメールをたくさんいただいて驚きだ。デリーレーヌの皆さん、いろいろ情報ありがとうございます。画像の準備が出来次第追加します。いや〜、みんな色々工夫していたり、困っていたんだなということを実感したのである。これからもドンドン更新していきますんで、美味しい発見、生活応援便利グッズ!の発見がありましたらお知らせください。デリーには、「ニューデリー生活の手引き・医療案内」という婦人部が発行しているガイドブックがあるのだ。これを頼りに、あちこちへ行っている。そして「こんなのがあるぞ!」と、独断と食いしん坊YUKKEの味覚判断に基づき、勝手に紹介するのが「お節介ニューデリー」なの。
 いただいたメールの中で一番の反響は、パンであった。いろいろ情報をいただいた。早速、「お試しください」といって美味しいパンを届けてくださった方もいる。コンノートプレイスのWenger's(A-16、Connatght Place)電話:2332−4403、無休。創業1926年という老舗のパン屋さん。写真のスライスしてある食パンは、なんとマサラパンという。一見全粒粉の食パンであるが、香りはカレーで、味もカレーでほどほどにスパイシーである。日本と違ってカレールーが入っていないカレーパンなのだ。いや〜、カレールーが入って揚げてあるのがカレーパンと思ったら大間違い。これぞインド正統カレーパンなるぞ!薄くバターを塗って食べても美味しい。袋の物は野菜とナッツのパン。ふかふか!ゴマつきバンズもある。お試しくださいませ。

9月10日(水)

 今夜はパーティーがあって、夫婦同伴で出かけるために、息子用に朝のうちからロールキャベツを作る。インドのキャベツは2月ごろ日本のようにふっくら大きいのが出回るが、今は硬くて小さい。だから、上等な白菜で「和風のロール白菜」を作る。挽肉に、干ししいたけ、玉ねぎ、筍のみじん切りを入れる。ブイヨンでなくてお出汁で煮る。ちょっと、おでんに入っているロールキャベツ風な感じだ。
 
 新しいコックさんは、即、レシピと、指示を理解して手伝ってくれる。深夜遅く帰宅したら、受けた電話の伝言メモが、相手先の電話番号、受けた時間まで明記されたメモがあった。暇だったのか、お父さんの靴も全部磨き上げてあった。バトラーも兼ねてくれている。コックだけのつもりで雇ったのに、嬉しい限りだ。我が家といい人間関係を築いて働いてもらいたい。

サーバントクォーター ついでに、我が家の使用人事情。通いのコックさんがいる。来客が多いので、コックさんがいないと私は一日中キッチンに篭城状態になるため雇っている。お客さんのときのサービング、リビングダイニングのしつらえ、その他の家の管理のマネージを兼ねる。ハウスキーパーさんは、8時から4時までのパートタイム。洗濯、アイロンかけ、掃除、ベッドメーキングなどを担当。家が広いので例え彼女が休んでも、私は掃除しない。もしも私が、一人ですることになったら、1日のモップかけだけで、暑いインドでは伸びてしまうだろう。チョキダールの守衛は、夜勤・日勤の3交代制で3人もいる。お父さんの運転手さん、そして私の運転手さんと、家族3人に総勢7人の使用人がいるのだ。他にもゴミ回収のオバちゃんやら、出入りの大工や電気修理人もいる。日ごろ意識していなかったが、大変なことだわ。ちなみに使用人たちの宗教はヒンズー教徒、モスリム、仏教徒とさまざまで、出身も各地違うから互いには、英語交じりのヒンディー語ではなしていることが多い。(写真は、清潔に保ってほしいと思って、私が設えたサーバント・クォーター)

 インド人家庭の様子を聞く機会があったのだが、インド人家庭で働く使用人は、地方の嫁入り前の10代のお嬢さんが花嫁修業をかねてというのが多いそうだ。田舎からデリーに出てきて、家事や裁縫など一から奥さんについて学ぶ。大家族制のジョイント・ファミリーの長老のお母さんや、おばあさんが、それはそれは、根気よく雑巾がけからチャパティーの焼き方までを教え込むそうだ。時期が来れば田舎からお見合いがまとまったと話が来る。デリーで働いた経験は嫁入り道具の一つで、「箔(はく)」がつくということ。昔ながらの旧家のお金持ちの家には、お抱えのテーラーもいて、3ヶ月くらいづつ家に住み込んで、一家中の服、使用人の服、古着のつくろいなどをすけるそうだ。個人宅に専属テーラーまで雇うインドである。凄い!当然、使用人同志のいさかいの仲介、お給料、食事の世話、衣類の世話、病気のときの看護、嫁に出すときの支度、定年後の隠居したアヤ(子守)やメイドさんたちの年金的支援や、老後の世話も、こうした昔ながらのインドのお金持ちの家庭には必要だ。これを全部一家の主婦が担当して切り盛りするのだ。今は、お金持ちのインド人のライフスタイルも日々変化を遂げ、親の代で申し分のなかった昔ながらの代々家族ぐるみで住み込んできた使用人も、新しい西洋の生活スタイルに順応できないために、世代交代で当主が変わると、お払い箱になるケースもあるという。家庭教師を兼ねるアヤさんの出現なんかその代表的なことだろう。英語の絵本が読みきかせできることが雇用条件だそうだ。使用人に囲まれたインドの優雅そうなマダムたちだが、一番の頭痛の種が使用人問題という。

 我が家でさえ、今日もチョキダール(守衛)から、サービスチップで毎日サービスしているチャイのことでクレームがあった。コックさんと意見の調整をして、朝夕交代の前後4回のチャイを出すということで話がつく。にわかマダムの私が7人もの使用人を抱えて、毎日低迷飛行しながら生活が回るだけで、奇跡(!)立派な切り盛り主婦といえよう。インド駐在の支店長宅ともなれば、他にも、ベアラー(執事)、スイーパー(掃除人)、マリ(庭師)などが複数いる。小さな子どもがいる家庭では子守のアヤもいる。日本人家庭の場合、若い奥様や年頃の娘がいる家庭ならば男の使用人を家中に置きたくないという人もいる。根気よく仕込むよりも、いっそ煩わしい使用人なんて雇わずに全部自分でやるほうがいいこともあるだろう。使用人任せに出来ない事、奥さんや、お母さんじゃなきゃ駄目とうことも、もちろんある。超複雑な人間関係の中で暮らすのは、ほとほと大変。だから私は個々の使用人の家庭の事情は極力聞かないことにしている。これに巻き込まれようものなら、さらに複雑で疲労困憊する事になるからだ。生まれながらに、お姫様や、マダムじゃなくてよかったとつくづく思う。にわかマダムの私は庶民の暮らしが、気兼ねがなくて一番楽なのだ。掃除も洗濯も料理も嫌いじゃない、どちらかというと好きなのだから。でも、こうした煩雑さも、インドの暮らしをしていく上で、必要不可欠で、もてるものの悩みであっても、もうしばらく楽しみながら暮らすしかないのだ。

9月9日(火)
シルクの絞り染めサリー “むしゃくしゃ”するぅ〜。こういう時は、ショッピングだ。買わないけど、見て歩くだけでも楽しい。目指すはGKTのNブロック地区。今日は絞りのラジャスタン・サリーそれもシルクだけを中心に見て回る。インドの染織ははアジア染織の原点である。インドの絞り染めは、日本の絞り染めのルーツ。英語では絞り染めは「Tie&Dyed」、「結んで、染める」そのまま。インドの絞り染めは左の小指にとがった指ぬきをして、布地のしたから、布をこれで押し上げて、とんがらせて糸で結ぶ。出来上がりは着物の絞りとほとんど同じ。どぎついの原色オレンジ、グリーン、赤、黄色という色が典型的なラジャスタンの絞り染めだ。今日見せてもらったのは濃い煉瓦色にゴールドのゴージャスなものだった。(今日は、気分転換だけだから見るだけ…。)。写真用にお店の人がサービスで大きく絞りを伸ばして見せてくれる。きれいでうっとりだ。

絞り染めサリー “むしゃくしゃ”の原因は、本当は書きたくないのだけど、実はコック遍歴が続いていたためだ。タミル・ブラーミンのベジタリアンコック、20年キャリアのベテランコックは中風の発作で手が震えるためにお引取り願い、オランダ大使館のコックにはお給料が不服ということで逃げられた。その後、某旅行社のインド人スタッフから紹介された日本で修行したコックといのが、ここ3週間我が家にいた。日本語は完璧、日本人くらい上手だが、お下品な言葉が多くていちいち直す。修行といっても、5年働いたインドレストランの後に、日本食レストランで働いていたらしく、何の日本食が出来るのかと聞いたら、「つきだし系が得意です。ひじきとか、がんもどきとか、おからとか・・・」うちは、居酒屋じゃないぞ・・・。「お刺身もおろせます。自分愛用のさしみ包丁もあります」という板前さんだった。うちのお父さんを呼ぶときは、「あの、すみません、社長さん・・・」というので、私は、飲んでいたお茶を噴出してしまった。夜、部屋に戻るときも、「オクさぁん、終わりました、上がらせてもらいます。」って言うので、いったいどんなところで働いていたのか?まぁ、過去は問わないけど、かなり不思議なインド人で、買い物もインド人なのに、いつもボラれていた。ところが、この人が大酒のみの、飲んだくれだったことが判明したのはおととい。いつも臭いな〜とは思っていたけど、「まさかお酒飲んでるんじゃないよね」と聞くと、「あ、俺は体臭は臭いですから、」という返事だった???しかし、やっぱり昼間から飲んで、ヘビスモーカーだった。1ヶ月経っても、家族のお茶碗が覚えられなかったのは53歳という年齢じゃなくて、酔っ払いだったということがわかり、お引取り願った。食器もずいぶん割ってくれたし。空いたサーバントクォーターには、HERO NO.1というインド製のウィスキーの空き瓶が4本も転がっていた。3週間で4本よ、いや、それ以上かもしれない。あ〜ぁ〜あ〜…。
 私のサーバント運はいったいどうなっているんだろう?昨日からの新しいコックさんは、打って変わって上品、物腰が優雅な、石鹸の匂いが漂うモスリムのハンサムなコックさんだ。(ミニアチュールのムガール絵画のマハラジャのような感じ)厳しくトレーニングを受けたらしく、私が食卓につくときにも、椅子をひいて(!)くれる。お尻を向けて私の前を歩かない。ホテルのボーイのように低姿勢で体を斜めにして通る。昨日の来客のときの、ナプキンワークの素晴らしさといったら!帰宅したら、黙っていてもお茶が出てきた。10年もの日本食のキャリアもある。あまりに優秀な人が来てくれて、びっくりしている。いよいよ、サーバント運が回ってきたか?夢なら、お願い覚めないで〜という感じです。

9月8日(月)

筍の水煮の缶詰 モンスーンが明けそうな今頃、体調を崩す人が多い。私も駐在2年目の今頃、原因不明の高熱を出したことがある。インフルエンザのような症状で、風邪の症状はなく、高い熱だけが続く。そのときのことを、サルマン・カーンに会った直後だったのでサルマン熱と呼んでいるが、ベッドから一歩も降りられないひどい熱だった。体調不全のお父さん、雨のゴルフがたたって、昨夜から高熱を出す。熱があっても休まない人なので、フラフラしながら出社。心配だ。同僚のインド人スタッフには腸チフス患者もいるらしい。

 INAマーケットで『筍の水煮の缶詰』を見つける。小躍りするほど嬉しい!ストックが品切れだったので大助かり!輸入品だが、90ルピー。ホールじゃなくてスライスだから煮物には向かないけど、これでカニ玉や、春巻き、酢豚くらいならいけるぞ。今日はいいニラも入っていた。サツマイモも出始めて、早速、大学芋を作る。このところの日記は食べることばかりだなぁ。日記のインド食糧事情を「お節介ニュデリー」に再編集いたしましたので、どうぞ!

9月7日(日)

日曜日のケーキ 雨降りの日曜日である。ジャパニーズ・ビジネスマンのお父さんは、雨が降っても早朝からお客とゴルフである。受験生の息子はお昼まで寝ていて起きない。暇な午前中でケーキ作り。洋ナシのタルトと、スフレタイプの焼きチーズケーキ。今日の午後のお客用に。

 昨夜のお客様が、「奥さんの白和えはいつ食べても美味しいですね」との感想を漏らされる。リピーターのお客様に、何度も同じものを出していたようだ。冷や汗タラリ。駐在最初の2年間ほどは、お客にお出しした献立をメモしていたが、最近はつけていない。メモや日記は大好きなのだが、コックさんのレシピを書くほうに、この所ウエイトが置かれてすっかり忘れていた。失敗、失敗。

 愛用のシステム手帳メモ魔の私は、仕事や原稿依頼、好きな趣味のこと、アドレス、いつか行きたい店やレストラン、読みたい本などすべて一冊のシステム手帳に書いている。銀座伊東屋のオリジナルの革(ランドセルと同じコードバン)、それも真っ赤。ハンドバックの中側の裏布は黒地が多いので、赤だとすぐにわかり取り出しやすい。すでに5年も愛用している。以前は紺色だったが見つけにくかったため色を変えた。ペンは1本で黒と赤の2色ボールペンと、シャーペンに切り替えられるもの。電卓、名刺も入れるのでかなり重い。
 タブラーの先生のお父さんずいぶん前にこの手帳にメモしたTAKURO(ロックバンドのGLAYのリーダー)の「胸懐(きょうかい)」(幻冬舎)が届いたので、一気に読む。私はGLAYの曲は一曲も聴いたことがない。でも、あちこちの書評で絶賛のタレント本なので、手にとってみた。普段は絶対読まないジャンル。以外や以外、切ないくらいな青春と、根性を見せつけてくれた本だった。今の日本の子ども足りないことはこうした経験なんじゃないかとTAKUROの青春を読みながら感じた。私たちが育った年代ならば、こういうハングリー精神、ど根性ものの話はたくさんあったけど、80〜90年代の青年のこととは思えない。アメリカのイラク攻撃への抗議文も巻末にある。自然体で、筋金入りのロックン・ローラーだ。以外!

 タブラーの先生が日本公演にいらしているので、代稽古は先生のお父さんが来てくださる。「息子の嫁には日本人と思うが誰か心当たりはないか」と聞かれる。うちにも娘はいるにはいるが・・・。今日は、いつもの練習以上に熱が入っている。軽やかな音色が響き渡っている。

 お料理の本を見ていたら、『フルーツ・パンチ』の『パンチ』はヒンディー語の数字の5(パンチ)が語源とあった。カクテルのパンチは5つのものが混ざったものということらしい。そういえば『パンドラの箱』の『パンドラ』も15というヒンディー語が語源だ。新発見。

9月6日(土)

 デリーの美味しいパンインドの食パンは、すごく不味い。イギリスの食パンくらい不味い。イギリスの植民地だったから仕方ないけど、サンドイッチのように薄く切ってカリコリに焼いたふすまのようなバサバサのパンが主流だ。うちではこのパンはミキサーにかけて、フライのパン粉に使っている。ローカルパンは長く常温で置いてもカビが生えないのもかなり心配な感じ。
 ご飯党の我が家だが、週末のブレックファーストはパンを食べる。まとめて金曜日に食パンとバターロールを手作りしている。製パン機は時間がかかりすぎ、途中で停電があると駄目になるから、もっぱら手ごねで、ガスオーブン焼きである。
 ムンバイも不味かったが、、まだデリーのほうが、美味しいパンがホテルなら手に入る。ムンバイからお友達が来ることになったが、「美味しいパンを買っておいて!もって帰るから。」のリクエストを受けて、デリーの美味しいパンを買いにいく。私お気に入りはハイアット・リージェンシーのベーカリーのパン。イチオシ!特に、イタリアンレストランでも出されるフォカッチャ(写真中央上)は最高だと思う。日本人好みのしっとり感とモチモチした食感がいいのだ。乾燥気味なデリーゆえ、オーブントースターで焼くと水分が抜けて美味しくないから、ビニール袋に入れて電子レンジで1分ほどチンする。他に、ソフトロール。これはハンバーガーにもってこい。ウォールナッツ入りのバンズは赤ワインにいい感じ。ソフト・フランスパンもなかなかだ。
 他の店ならVasant LokにあるOberoi Charcuterie(デリカテッセン)のベーグル3種(写真手前右)がお奨め。なぜかオベロイホテルのベーカリーには置いていなくて、今のところ、ここの店だけ。この店で買えるクリームチーズにブルベリージャムか、サーモン&チコリをはさむと、休日のブランチにはもってこいだ。いずれも冷凍しておいて、電子レンジで温めるほうがしっとりと、ソフトにいただけます。

 他には、メンバーじゃないと買えないけど、アメリカンスクールのキャンティーンで売っている冷凍のミニ・シナモンロールとミニ・ウインナーソーセージロールも美味しいです。予約が必要。通学生のいる家庭の方にご相談あれ。


9月5日(金)

プルメリア
 雨上がりの庭に真っ白なプルメリアの花が散っていました。乙女チックなんで拾ってキャンドルと一緒に水盤に浮かべてみました。

 知り合いの若い日本人のお嬢さんがインターンシップで働く女性の地位向上のためのNGOで、少女たちの自立支援教育している施設を見学してきた。私に何が出来るか、思いは千路に乱れるだけで、頭は超疲れてしまった。狭い部屋でひしめきあうように刺繍の訓練を受けているけなげな少女たち。インドのこうした現状を知れば知るほど、どうしようもない深みを覗く感じで、自分に正直に、なればなるほどジレンマで切なく辛くなる。行動に移すまでは、まだまだじかんかかりそうな私だ。先週届いたばかりの刺繍が出来るミシンを使いたくて待つ少女がたくさんいる。刺繍が出来るといってもシンプルな中古の足踏みミシンである。クラスは2時間が1ターム。今日は何人の少女に順番が回ってきたのだろうか。さまざまな家庭の事情を背負いながらも本当に明るく健気な少女たちである。

9月4日(木)

 インド・ネパール・スリランカの民話着物のヘアメイクインドの民話や説話を収集してご研究されている、拓殖大学の坂田貞二先生の講演会(婦人会ボランティア部主催)に参加する。今回のテーマは「クリシュナ聖誕祭の行事からヒンドゥー教徒の心を垣間見る」というテーマであったが、それとは別に、先生がライフワークとしていらっしゃる民話の収集のお話は大変興味深かった。去年パンチャタントラの研究をしていた私にとって、先生のインドの民話のご本や、「インド・ネパール・スリランカの民話」(みくに書房)、「パンチャの花」という、インド児童文学研究会の報告書を参考にさせていただいていたからだ。先生のお話を聞くと、インドの人たちの間に語り継がれている物語、先生がいわれるインドの財産の素晴らしさに感嘆する。インドの民話は、伝承する人が少なくなり、次世代には失われていく懸念もあると聞く。クリシュナの聖誕祭初め、祭りの祝い事も平安絵巻着物今では説明書や、案内書を参考にして行う家庭も多くなっているそうで、インドはまだ大家族制と思っていたが、日本と同じように、家の采配を振るうおばあさんから次世代への女性への伝統文化の継承が難しくなって来ているそうだ。

 午後は、着付け教室・最終回「着物のヘア・メーク」である。私は、普段も顔立ちが地味なので、メイクはかなりずぼらである。先生のご注意は日ごろの不精を決め込んでいる私には耳が痛い!ことばかりである。でも、地味めの和顔ゆえ、着物メークをするとまんざらでもないかしらん。ピンクのアイシャドーをほんのり・・・なんて、生まれて初めてだ。先生がメイクしてくださって大変身をとげたYUKKEである。ヘアはもちろんアップにして、先生のコレクションの鼈甲のかんざしまでつけていただく。今日の着付けは先生のお着物の中で、私がかねがね「着て見たい!」と思っていた平安絵巻風のものである。マゴにも衣装って言われそう。若奥様ってかんじに帯も結んでいただく。まだ一人で着るには遠い道のりだが、5回のコースを終えて“着物”がぐっと身近になった気がする。写真の足元、内股にすべきだったわ。まだまだ修行が足りないよね〜。

 このあと、浴衣に着替えて日本舞踊のお稽古。「元禄花見踊り」である。昨日のヨガの痛みが残る私なので、かなりしんどい。忙しかったマダム・デリレーヌの一日。

 2人のお友達の家でも鳩の巣を撤去したと聞いた。うちだけじゃなかったのだと、ちょっと気持ちが楽になる。

9月3日(水)

 ヨガのクラス、3回目。体を動かすのが嫌いな私は、すでに水曜日がやってくるのが苦痛になり始めている。今日は先生が、かなりはりきっているので、何度も私のそばに来て、ググーグーと押してくださる。「や、やめて!」と泣きが入る。先生が側に来ませんようってばかり祈っていたヨガのクラスであった。カラスのポーズをするとき、先生が大きな目をひっくり返して天上を見て、あごの下に両手を置くのだが、オジサンなのに妙に可愛いので、ツイ笑ってしまって、ますます力が入らない私である。かなり不真面目で落ちこぼれの生徒である。がんばらずに続けるのが目標だからいいんだけど。

 ケーブル会社のパラボラアンテナおとといから、テレビでBBCもCNNもNHKも、大好きなB4U(ヒンディー映画のミュージックばかり流す番組)も映りが悪くなってみることが出来ない。私が住む南デリーは、テレビの受信はケーブル会社からの配信なのだが、日本と違って、受信は各家庭のテレビのチューニングによってプログラムの番号も、選択チャンネルも違う。隣の家はCNNを4チャンネルで見ていても、我が家は、8チャンネルに受信設定すれば、違うチャンネルで見ることになる。さらに配信するケーブル会社が、受信人気の高い番組を選別するので、時々前触れもなく、配信される番組が変わってしまう。今までNHKだった我が家のチャンネル49には、とつぜん、韓国のアリラン放送になり、B4Uに替わって、ネパール放送が入っている。テレビのチャンネルの設定をオープンにして、何度もチューニングを試みたが戻らない。こういう場合はケーブル会社のチューニング専門の係り、ケーブルマンを呼ぶのだが、いくら電話をしても繋がらない。繋がって、4回も催促したが来ない。だから配信ケーブル会社に直談判に行った。領収書の住所を頼りに着いたところはゴク普通の住宅。2階がオフィスらしい。屋上には3個のパラボラアンテナがある。こんなちゃちなパラボラで受信して、南デリーの高級住宅地全域に配信していたのかと、のけぞりたくなる。受信料は3ヶ月で1200ルピー(3000円)もするのだ。ケーブル会社のオフィスは、もぬけの殻である。何度電話しても出ないはずだ。「次の受信料の集金は絶対払ってやらないぞ。」とブツブツ言いながら帰宅して、友人宅の受信状況を聞く。お近くでも映る家と、ちょっと離れていて映らない家もある。
 電話料金などは支払日締め切りの夕方には、未払いの場合即日不通になるデリーである。ちゃんと支払っているのに受信できないのはなんとも腹立たしい。デリーのケーブルは、NHKワールドしか映らない。NHKプレミアムを観るためには受信用の装置をNHKから買って来ないと駄目なのだ。これが、14万円もするの。だらか、「こころ」も「武蔵」も観られないので、NHKが映ったところでほとんど意味はないけど、B4Uが観られないのは辛いのだ。
 夜、5度目の催促電話をする。「マダム、早くケーブルマンを派遣してほしければ50ルピーだ」と係りのものが、のたまう。「何ぃ、よく言うね。いいわよ、来ないなら、来月から受信料払わないわよ」と言い返す私。テレビなんか、映らなくても死にはしないのに、かなり意地になっている私である。あはは。

9月2日(火)

 特に書くことのない日もある。今日がそう・・・。旅行中にいただいたメールとお手紙に丁寧にお返事を書く。特に自筆は丁寧に書くが、文字を忘れて、電子辞書が手放せない。老眼鏡も手放せない。2年前まで1.5の視力保持を誇っていたけど、パソコンのやりすぎかな?老眼が一気にすすんで、目が見えないとうのはこういうことかと、初めてこの歳になって知る。

 そろそろ、娘からホームシックの電話がかかってくることだと思っていたが、今回は元気に帰国したようで、ほっとしている。電話が鳴るたびに「あっ!来たか?」っと思って過ごした一日だった。

9月1日(月)

 鳩ノ巣涙は禁物だ!1週間は短い。とうとう、娘が帰国だ。
昨日の夜は、お互いに無理に作り笑いしながら娘を空港に送りだす。夜のフライトで9時だから、急いでご飯を炊いておにぎりを持たせる。娘は、好物の中華ちまきをもっと食べると言い張ってきかなかったけど、炊き立てご飯のほうが安心だからと、梅干と鮭のおにぎりに麦茶。今度お腹いっぱい中華ちまきは作ってあげるよというのが、別れの言葉になる。ひとり旅経って、日本へ戻る娘をお父さんは無言で心配そうに眺めている。もうしばらく東京の高校の寮生活がんばって!

 太郎の部屋のバルコニーに鳩が巣を作る。卵が2個。クーラーのすぐ横なので、トプソプラズマ菌が心配だ。鳩のばい菌がエアコンから流れ出てきそうで、部屋に充満して空気の汚れが心配。どうしようか散々悩んだけど、バルコニーの糞がものすごいので、仕方なく撤去する。コックさんに頼んだが、「巣を取るなんてかわいそうじゃありませんか」といわれる。私もすごく困ったが、健康上の問題がある以上仕方ない。撤去作業は、ずるいけどお任せして見ないことにする。卵の行方も聞かないことにした。もっと早く卵を生みつける前に気が付けばよかったと後悔しきり。太郎には言わないでおこう。彼は一応、日本野鳥の会の会員なのだ。ごめん!
麻子の帰国と鳩の卵で、ドンヨリとへこむ。