Diary

デリーレーヌ ざます!


〜お気楽マダムのデリーな日々〜
2003年 12月


12月18日(木)

 デリーに来てから10ヶ月!

 デリーレーヌざます!を公開してから、読者がドット増えて、思いがけない方から、「読んでますぅ」なんてささやかれて、ぎょっとして「あ〜、みんな読んでいたくださるのね」と、時には、冷や汗ものでありましたが、本日から日本へ一時帰国いたします。
太郎の高校受験のためです。5年間のインド生活の実績を胸にがんばってくるようなので、春のさくらを楽しみにしていてください。
 そういうわけで、デリー発信のデリーレーヌざます!は、しばらくの間お休みいたします。デリーに戻ってきたら更新したいと思っていますので、またお付き合いしてくださいませ。

 私の日々の悪戦苦闘や、試行錯誤、小さなインドの暮らしのひとこまに、励ましのお便りをたくさん頂いたり、アドバイスや、情報もたくさん頂きましてありがとうございました。「お節介ニュデリー」は、単身赴任のご主人様がたからたくさんの反響を頂き、お役に立てて何よりでした。INAマーケットでアウトプットした「お節介ニューデリー」のプリントを片手にお買い物をしている方がいらして、驚いたりもいたしました。これからもデリーで、毎日の暮らしを大切に慈しみながら暮らしていけたらと思っています。

 デリーのお買い物情報、インドおしゃれ旅の更新なども今後も続けていく予定です。またお会いするまで、お元気で。
ちょっと早いけどメリークリスマス!よいお年をお迎え下さい。

 掲示板はあけておきますので、どおぞぉ!私も時々の日本からのぞいてカキコする予定です。

12月17日(水)

 うわぁ〜。いよいよ、おしりに火が付いた。やらなければならないことが、まだたくさんある。日記を更新している暇がないの・・・。

12月16日(火)

 昨夜は、雷と大雨。水溜りも出来るほど雨が降った。珍しいらしいが、いい感じのお湿りで、スモッグも解消さるかとおもったけど、霧やモヤがかかり、すっきりしないドンヨリと低い空で、気分が滅入る雲行き。一雨ごとにぐっと冷え込むらしい。

 古いサーバーを見限って、新規にデリーのプロバイダーと契約をしなおす。なんとも簡単に繋がって、拍子抜けするくらいである。いったい、今日までのこの折衝はなんだったのか?

 気ぜわしい。
年末の気ぜわしさと帰国準備の気ぜわしさ。ともに準備は、ほぼ終わっているが、細々したことの積み重ねで、頭が回転についていかない。
こんなときに、ビザの更新。受験帰国中にビザが切れる。ワーキングビザの帯同家族のために、お父さんのビザと一緒に、家族分を更新しておかないといけない。朝一番で出かけたが、ボンベイからの移住ファイルを出すからしばらく待つように言われる。「ファイルを出す」と聞いただけで、2時間待ちを覚悟する。学校のある息子だけ、先にサインをして登校を認めてもらい、親の私たちはじっくり2時間半待ちであった。気ぜわしいこの時期にのに、この待ちは辛い。

 午後は、学校で最後の個人面談。後は本人の努力あるのみだ。帰国してさらにダッシュをかけるだけだ。プレッシャーも感じ始めて本人はちょっと大変そうである。

12月15日(月)

 インターネットのプロバイダーインド国営VSNLの私とお父さんのドメインがついに故障。ムンバイで取得した古いドメインでxxxx@bom7.vsnl.net.inという超旧式のものである。現在はxxxx@vsnl.netになっているので、私のような出始めのアドレスを持っているのはちょっと自慢だったのだが、サーバーが、この古いドメインをデリーからのアクセスでは、突然受けなくなってしまった。ひょぇ〜。どこからでもつなげるのがインターネットと思ったら・・・。ドメインを変えるか?プロバイダーともめて、結局5日間も繋がらないのだ。今日はお友達のドメイン借りて更新転送する。トホホ・・・。
12月14日(日)

 いよいよ、高校受験の出願書類の最終チェックで、お父さん、息子、私で目を皿のようにして、出願書類の不備がないかを点検する。元号で記入する学校や西暦で記入、本人が記入か保護者かなど、学校によって様々。私立高校は受験料が一校30000円が相場のようで、数打てば当たるというには高すぎる出費。東京の私立高校は合格後、入学金をほとんど返してくれない。だから、滑り止めにはおおよそ30万円くらいの手付金が即日必要になる。本人の努力と家計のやりくり。いやはや、春を迎えるには大変だ。

 日本で売れているCDをお父さんがいろいろ買って帰ってきた。その中のSarah Brightmanの「Harem」を聞いていたら、聞き覚えのある曲が・・・。AR・ラフマーン作曲、映画Taalの中のIshaq Binaのカバーで、ヴォーカルは売れてるシンガーStephan Shetty。アレンジが違うとまた、いい感じ。ロンドンで人気のミュージカル「ボンベイ・ドリームス」を手がけるラフマーンだもの、欧米ではよく知らいんじゃないボーイズれているのでしょうね。しかし、CDの解説文にAR・RahmenをAR・ラーメンと書いてあるのには笑える。ヒンズー語は聞き取りにくいのH発音があるが、こうまではっきり発音しないと変な名前になってしまう。

 夜は、日本人会の大忘年会であった。400名近くの出席数で、お父さんの会社が受付、案内係りだったので、お当番を手伝う。今年の目玉は毎年恒例の「いんじゃない会」の宴会出し物「いんじゃないボーイズ」であった。今年のテーマは女装からの脱皮。(いったい過去はどうだったのか聞くのも恐ろしい感じだが)凛々しい裸体を惜しみなくご披露しての大熱演。インドでは、マッチョで、鍛え抜かれた筋肉美のハンサム・スターを見慣れている私としては、筋肉美の本場インドで無謀にもここまでやってくれるとは「いんじゃないかい」の勇気ある挑戦に、大いに拍手を送りたい。練習の時間的余裕もさることながら、お父さんたちの、インドで楽しく暮らす(?)その心意気と気持ちの余裕、大うけしてデリーレーヌは大きな拍手を送っていた。来年も期待したい。写真公開しても良いものかしら?

12月13日(土)

 ヒューズ・・・・?
 大嫌いな延長コード暖房器具をなるたけ身近に置きたい為に、延長コードを買ってきて使っているが、停電が復旧して再度電流がながれるたびにこの延長コードのジョイント部分にあるヒューズがバチンと派手な音をたてて切れるのだ。お〜、怖い!写真の左横にあるの黒いつまみをはずしてヒューズを付け替えなくてはならない。なんで、コードのジョイント部分にヒューズが内蔵されているのか。多分、配電が一箇所に集中しないように15アンペア以上の電流が流れると切れるらしい。「・・・らしい」と言うだけで、電流の仕組みがトンとわからない私は、なんで毎日のようにヒューズが切れるのか、理由がわからない。お父さんと、息子は、呆れ顔で小学生の理科だろうと、電流と電圧の説明をしてくれるが、日本にいたら、実生活の中で、電流や電圧の心配をしながら家電品を使う事などまったくないから、説明されても今ひとつ理解する気さえも起こらない。これでも私は、よく切れるインドの電球を自分で交換できるし、パソコンもまずまず使えるし、ビデオやDVDの操作も、ビデオデッキ同士をつなげてダビングするとか、そういった家電品をつなげることも人並みに出来る。友人は、ビデオデッキとテレビの接続できなくて、引越しのたびに電気やさんを呼んでいたし、いまだにビデオのタイマー録画が出来ない友人もいるから、私インドの携帯電話とヒューズは自分のことを電気に関しては、人並みの知識があってオンチではないと認識していた。先日も変圧器のコードが緩んでいたから、しっかりと工具を持ってきて部品を開いて付け替えたところだった。だいたい、停電の経験も、電気を使いすぎてブレーカーが飛ぶと言うようなことさえも最近は経験しないくらい快適な暮らしを日本ではしていたのだから、ヒューズが切れるなんていわれてもいったい何が起こったのかとオロオロしてしまう。ヒューズが切れるっていったい何が悪かったのよ。またつけたらビリっとするわけ?いや〜怖い!ってかんじである。デリーレーヌのお友達の中には、「いまどき日本じゃ蛍光灯なんか3年くらい持つし、トイレの電球だってよほどのことがないと切れないくらい長持ちするよね。自慢じゃないけど、結婚してから(彼女の場合、たぶん結婚前も)電球も蛍光灯さえも交換したことがないよ。」という幸せな奥さんもいた。
 切れて焦げたヒューズを持って電気屋にスペアを買いにいく。「何アンペアのヒューズか?」と聞かれるが、ヒューズにアンペアってあるのね。電球と同じか?ハテナ?「何アンペアなんだろうか?」と言うことで無駄足を踏んで、確かめに家に戻る。15アンペアだったけど、お店には10アンペアのヒューズしかない。15アンペアのヒューズに替わりに10アンペアのヒューズを使ってもいいのだろうか?
仕方なく、電話をしてコックのムスタファさんに「10アンペアでも大丈夫?」と聞いてみる。「使えません!」と言われる。あら、電球は40ワットも80ワットも同じコンセントで使えるじゃないのと言ったら、ワットとアンペアは違うと言われた。ボルト、ワット、アンペア・・・。もうイヤだわ。ヒューズなんか大嫌いだ。ヒューズが内蔵されている延長コードが悪いのよ!まったく・・・。
12月12日(金)

 朝からドンヨリと曇り空。寒いが、デリーの寒さにだいぶ耐勢が出来て最初のころほど寒くは感じない。昼ごろには、雨がパラついていた。デリーは乾季でも雨が降るので驚き。埃が少し落ちて気が休まる。

 ミュージシャンのオブジェ来週の帰国に向けておみやげ物を買いに行く。いい加減、5年もインドに住んでいると、帰国のたびのみやげ物の種も尽きてきた感じで、「一応ね」と言うことで、紅茶と、カレー粉(ミックスの土産用)、小さめのアクセサリーを買いに行った。パシュミナも散々頼まれて買って帰ったが、ブームは去って、いまごろみんなタンスの肥やしにしかなっているのじゃないかと思うと忍びない。 それでも母は、病院の看護婦さんへの心づけとか、お世話になった人に「娘のインド土産」と言って、差し上げたいからパシュミナを買って来てというのだが、イヤハヤなんともなぁ。物をもらったり、あげたりっていう習慣がとても好きな日本人の典型と言う感じである。かく言う私にしても、久しぶりに会う友人や親戚に手ぶらと言うのもなぁ〜と思って、お土産を買いに行くわけだけど。さしあげても、もらっても負担にならないものって難しい。
 シルクサリー展家を新築した日本の親友に、スンダルナガールのボンベイ・ジュエリーでちょっと素敵な真鍮のオブジェを買う。インド的なお土産ではないけど、音楽一家の彼女なら喜んでくれると思うので・・・。昨日、友人宅で見たものでこれなら、友人の趣味に合うだろうとピンと来て・・・。贈り物って探すのは楽しいけど、相手がどう思ってくれるかが一番心配。クリスマスシーズンは特に悩む。お年玉で現金を配ると言うのは、そういう意味では合理的で楽ではあるが、親戚中の子どもの年齢が高くなってお年玉の出費の大きさにも頭を痛める今年だ。

午後から、ハンディクラフト・ミュージーアムで行われているシルクサリーの特別展に行く。いやいや、すんばらしいサリーばかりで驚きである。幻のサリーと呼ばれている西ベンガル州のBalchariや、Pithani、Jmaniなどインドの意匠と技術を集めた豪華な展示であった。今月17日まで。

             

12月11日(木)

 「昨夜、コックさんがカレーを作りすぎたから食べにおいで〜」と、仲良しのマダムからランチのお誘い。このお宅のコックさんのカレーは、トマトグレービーがメインで濃厚なとても美味しいカレーと評判である。クミンシードの入ったジラ・ライスも、オイル抜きのチャパティーも絶品で、満腹の大満足。気の合うお友達と大笑いのおしゃべりをしながら食べるせいか、ドンドン食べてしまった。楽しいおしゃべりもご馳走のうち。

 米どころ出身のお友達から、「お餅をついたから」と湯気でジップロックが湿るほどのつきたてののし餅を頂く。後から、「明日になって硬くなったら切ってね。」と丁寧にアドバイスのお電話ももらう。年の瀬のこうした準備を在外でもきちんとしているお宅があるのだね。丁寧な暮らし、日本のこころのおすそ分けを、大事に頂きたいと思う。私の実家はサラリーマンだったのでお餅はお米屋さんに毎年注文してついてもらっていた。しかし自分が家庭を持って、東京でお米屋さんにのし餅を注文していたのは、新婚の数年位だけだった。お米をスーパーマーケットで買うようになってから、のし餅を頼むなじみのお米屋さんもいなくなり、年の瀬に小さなプラスティック入りのお供え餅と袋入りの切り餅を買うのが当たり前になっていた。つきたてのし餅を、硬くなるのを待って大根で湿らせた包丁で切るなんて、何年ぶりだろう。明日は丁寧に切って、大事にに頂きたい。クリスマス・ツリーは飾っても、お正月の準備はいい加減というかんじになってきている。実家でお正月を過ごすということも、この年代となれば少なくなり、次世代のためにも我が家らしいお正月の迎え方をそろそろきちんとしないと伝統文化の継承が危ういかもしれないなと思う。

 マーケットで夏のスカートのスリットを小さくしてもらう。ロングスカートのスリットが、大きいとなんだか気恥ずかしいと急に思える今日この頃。さすがにトレンドを追い難くなった年頃と実感。でも修理代が2枚で30ルピー。100円くらい。簡単で安くてリフォームが嬉しい。

 重いランチのために、満腹で夕飯のメニューが思いつかないために、コックさんに「今夜はお任せで」と言ったら、なんと天ぷらだった。寝る前に消化剤を飲む。かなり辛い。なぜだか、インターネットがまったく繋がらない。お馬鹿なVSNLがまた変なのだろうか。まったく、まったく困りもの。
12月10日(水)

 東京の娘は「13教科の期末テストが終わった!明日は一日デズニーランドで遊ぶぞぉ〜」と電話がある。風邪も引かずに2学期も無事に終わったようでよかった。
今日のデリーはどんよりと曇って寒い。期末テストで毎晩遅くまで勉強中の太郎の暖の取り方で、心配ばかりしている。夜の冷え込みをオイルパネルヒーターにかじりつくようにして暖をとっている。加湿器もフル活動である。太郎は9教科、明日まで。

 今日は車が修理でないから一日お家にいる。あまりに暇だから、今日はずーっとネットサーフィンしている。最近のはまりサイトは大手小町にある発言小町である。ぴんぐーさん(2004年9月現在、HPは非公開)のところで知って時間があるとこのところ覗いている。「俵万智がシングルマザー」とか、「耳垢」とか「アルミホイルの落し蓋はNG?」とか「鼻のテカリ対策」とか・・・。あとは恥ずかしいからどんなスレッドを読んだかは言えないけど、とにかく面白くて止まらない。とても暇な私。
12月9日(火)

 午前中はJCICの日本語教室の4回目。今日が最終日である。
私と話したジャイプール出身で、将来は日本語ガイドをしたいというA君との会話から。
A君「ジャイプールは、行った事がありますか?宝石は買いましたか?」
私 「ジャイプールに行ったことがあります。宝石は買いませんでした。」
A君「ジャイプールの宝石はとても安い、それはとても残念です。私がガイドになったら、ぜひ案内したいです。」
ここで、にわかに私に沸き起こるインドへ疑問とのちょっと意地悪な突っ込みをしたくなる気持ち。
私 「でも、インドでは、外人の私が宝石を買うときは、外人価格でとても高い。どうしてインド人は外人には高く売りますか?」
A君「それは、外人だとたくさんお金を持ているからです。」、周りの学生も頷く。
私 「お金をたくさん持ている人には、高く売ってももいいのですか?日本でなら、外人でもお金持ちにでも、田舎でも、都会でも、人を見て高くは売りませんよ。」 、隣にいたほかの学生の
B君「あ〜、これがインドのビジネスです!」、周りのインドの学生が当たりまえだといわんばかりに頷く。
私 「そんなことばかりしていたら、インド人は日本人に嫌われますよ」
A君「そうですね。インドの悪いところです。」
私 「Aさんがガイドになったら、信頼できるジャイプールの宝石やさんにお客さんを案内してくださいね」
A君「はい、もちろんそうします。」

ふぅーん、インドのビジネススタイルか?親日的なインド人には、いままで「インドは好きですか」と聞かれると、「はい」と言っていたけど、最近は、日ごろ思っている、「インドのこういうところがイヤなんだ。よくないところだ。」と思うこともはっきりぶつけてみることが多くなってきた。インドの文化は素晴らしいとか、そんなあいまいなことばかりをいっては、いられない気がしてきたからだ。日本語を勉強中の学生さん相手に、そんなことを言っても仕方ないけど、日本語を勉強する以上、日本人がインドに感じる感情も読み取っていただかないといけないのではないかと思ったりするのだ。
           
 午後からは、クトゥブミナール近くにある、Voluntary Health Association of India というNGOが運営しているKala aparajitaというKala aparajitaクラフトショップへ日本への土産物を買いに行く。日本の避暑地にあるクラフトショップと言う感じでとてもセンスのいい品物とデスプレイでしゃれた店であった。このNGOショップの運営は、中間搾取をたくさんされてしまう商品の生産者たちの保護を兼ねた製作・販売で、Kala aparajitaがデザインした商品を生産者に直接受注し、透明な価格設定と販売をしている。たとえば450ルピーのバックを買うと、生産者おしゃれな店内に40%(180ルピー)、材料費25%(112.50ルピー)、NGOの運営と送料などの諸経費15%(67.50ルピー)、さらに新しい生産者の育成資金20%(90ルピー)と言うシステムだ。NGOがデザインや技術指導に熱心であるため、よくあるインドNGOの製作の安かろう、悪かろうというものではなく、輸出してもいいような出来栄えのものがたくさんあった。木のおもちゃ、ミラーワークのバックや、クションカバー、洋服、子供服、素焼きポット、蜂蜜やジャム、文房具など、どれもとても上質。市場価格と比較しても、商品のクォリティーがとても高いので、値段も納得できる。インド西部大地震で大きな被害をこうむったグジャラート州カッチ、ブジの商品である。カッチはミラーワークのとても盛んな地域、これを買うことによって、グジャラートのお母さんたちの自立支援にも繋がるというシステムだ。とても、成功して成果を上げているNGOショップであった。クリスマスプレゼントを兼ねて日本のお友達にお土産のバック、めがねケース、小箱(ミラーワーク)などを買う。派手な赤と緑はクリスマスカラーだしね。
Kala aparajita(Voluntary Health Association of India B-40 Qutab Institutional Area New Delhi Tel:26518071-72)

 ここ数年「片付けられない女」に関連する記事や出版物が続き、おかたづけの好きな私などは冷笑しながら読んでいたけど、出張者が持ってきてくださった女性週刊誌を読んでいたら、次のブーム「片付けすぎる女」特集があった。いや〜ん、ドッキリ!私は「片付けすぎる女」におおいに該当する。思い当たることばっかり。実例に山口美江さんが載っていた。なんだか、あたしとキャラが似ているかも〜。これも病気の一つかな?過ぎるは及ばざるが如しともいうしね。「う、うぅ、わたしって危ないかもぉ。」と年末の大掃除を終えて考え込んでしまった。

12月8日(月)

 昨日、今日は年末大掃除である。掃除といっても、家の掃除は、ありがたいことに使用人さんに任せられるので日本の半分くらいの家事労働で済む。ベッドカバー、クッションカバー、レースのカーテン、スリッパなどを洗うように指示する。窓ガラスはデビィちゃんが先週から掃除してきれいになっている。テラスや高い天井に張ったくもの巣を長い箒ではらうように背の高いコックさんに頼む。
 今日は、日ごろ適当に詰め込んでいたクローゼットや、整理ダンス、ドレッサーの化粧品の整理整頓です。懸案はお洋服!まず、私のクローゼット、今回は思い切って処分しまくりました。ムンバイからこちらに移って来るときに、衣類は半分処分したのであるが、さらに半分になりました。今回は日本に持ち帰って絶対着ないインド服(パンジャビーードレス)、勢いで買ったインドダンスの衣装、赴任時に持参した膝がちらりとみえるミニ丈のワンピースやスカート(この丈はもう卒業した)、5年前の袖付けが緩めのシャツ類(シャツのカットが変わってきていてさすがに5年前のものは痛んでいなくても着られない)。この5年間もしかしたらもう一度と思っていた、ブランド物の鳥○ユキとか、芦△淳の服も涙を呑んで処分することにした。高かったものはなかなか踏ん切りがつかないけど、5年間持っていて一度も着なかったものは不用という事である。横森美奈子ショック(YUKKEのつぶやきに詳しい)以来、「ずーと着られると思って買った高価な古い肩パット入りカシミア・カーディガンよりも、安くても流行のラインのユニクロのセーターの方が絶対素敵!」という教えに従い、大処分!買ったのをすっかり忘れていたものまであって、「あ〜私はいったい?」と自分に腹が立つ。ここではもらってくれる人がたくさんいるし、下手すれば売れたりもするので、ガンガン処分する。ノースリーブや半そでの服はきれいに畳んで衣装ケースにしまいナフタリンを入れる。夏のワンピースやスカート、パンツ類はドライクリーニングに出す。そういうことで、ただいまクローゼットは半分になってしまいました。すっきりした!快感。雑誌のコディネート特集のクローゼット拝見に出られそうなくらいだよ〜。下着やソックス、エプロン、バスローブ、スカーフやハンカチーフ、パジャマなど痛んだり汚れがひどいものも全部処分。ストックの新しい下着と、ソックスを補充して、整理ダンスも完璧である。ついでに下駄箱の靴も整理してハイヒール3足を処分。
 日本の出張から戻ったお父さんがSTORYの1月号を買ってきてくれた。大処分して正解!コンサバ・ベーシック派の私でもさすがに5年前の服は着られないことを実感!流行おくれの服はお家で普段着にと思っても、こういうビンボー意識が、おばさん度をぐっと上げてしまうのだ。この一線を超えるとあとは坂を転げ落ちて正統なおばさんになってしまうと横森サイトにある。
 次は勢いにのってドレッサー。整理整頓は大好きなので始めたら止まらない。使いかけのクリームとか、効果が今ひとつの美溶液、お土産にもらったブランド物ではあるが自分の好みじゃない色の口紅、1回試しただけのヘアムースとか、クレンジングクリーム。「あ〜、あぁ〜、私はいったい?」とここでも反省しながら、これらはもらってくれる人を探さずに、ガンガンゴミ箱へ捨てる。旅行用の使いかけ歯ブラシとか、歯磨き粉とかも捨てちゃう。出てきて笑ったのは巻き髪用の「ヘアカーラー」もう、カーラーで髪を巻くなんてありえないなぁ〜と思って、冷静に考えると最後に使ったのは15年前くらいだったかも。ピンクのスポンジが色褪せてぼろぼろしてる。何度も引越ししていたのに、なぜに処分審査をパスして、今まで持っていたのか?すべての余剰品は午後からカバリ(何でも買い取りクズさん)を呼んで引き取ってもらった。
 捨てるのってエネルギーがいるという人がいて、「出してみてけどまた使うかも」ってしまってしまうというけど、私の場合思い切って捨てて「捨てなければよかった」と思うことはまったくない。気分爽快よ〜!あとは不用品を買わない努力をするだけだ。(←これが出来ないから、毎年こうして懺悔しながらモノを捨てることになる)我が家の大掃除はこれでほぼ終了。息子の部屋はもう治外法権である。とても気になるが、内政干渉は出来ない。

12月7日(日)

 チャリティー・バザー世界各国の大使官夫人が作るDCWA(The Delhi Commonwealth Womea's Association)のチャリティーバザーに行く。各国の大使館のブースでお目玉品がでるとあって、先週から、「バザーは何時ごろ行きますか?」というのが挨拶代わりであったくらいデリーの皆さん楽しみにしていたらしい。すごい混み方で会場の政府系ホテル・アショーカホテル周辺は渋滞までしている。家族総動員で世界のビールやワインをかって、フードコートで各国の料理を楽しむ家族連れの日本人にたくさんあった。私はこうしたバーゲンセールやバザーが苦手で、人がきがあるブースで買い物が出来ない。ましてお知り合いがいればなおさらで、こういうところは東京生まれのいいカッコしいの東京人で見た目をすっごく気にしてしまうタイプなの。あとから、「YUKKEさんあそこで中華マン食べてましたね」なんていわれたら赤面しちゃう。試験勉強中の息子にインドンネシアブースでサテとナシゴレン、韓国ブースでキムチ、お父さんにイタリアブースで赤ワインと、ユニセフのカードだけで早々に引き上げる。

 帰宅後、本箱から、2度とは読まない本(小説は私の場合2度は読まない)や、ガイドブック、雑誌を選び出す。日本人会室用に寄付できるものと捨てるものに分ける。机の中の紙類と文房具の整理する。さらにキッチンの整理食器棚の中を拭いて食器を整理する。食材の整理整頓が続く。食材の整理は特に台所はコックさんがいないときにしないと、期限切れの食材を捨てにくい。年末のお仕事二つめがいっちょあがり。

 ムンバイのインド人の友人宛にクリスマスプレゼントを用意する。前々から買っておいた品々を包装紙に包みカードを添える。来週ムンバイに出張するお父さんに託して運んでもらおう。年末の仕事を丁寧に終わらせていく。

12月6日(土)

特集:寒いデリーで少ないお湯で温まる方法


 50リットルのお湯で温まる方法お風呂はみんな苦労しているらしくて、デリーレーヌの皆さんから、いろいろなアイディアをいただきました。アミール大好きママさんからは、ゴミペールで五右衛門風呂というのもありましたね。お子様にはピッタリですね。しかし、大人用に大型ゴミペールは、またいで出られないので、私は今のところあきらめています。Sさんはプラスティックの衣装ケースをご愛用とのこと。皆さん、シャワーよりもかけ湯の方が暖まるとのご意見で、絵の上手なNさんから、イラスト入りで50リットルギザ(温水器)のお湯で温まる方法をいただきました。(デジカメで写したのできれいじゃなくてゴメン)
まず、お湯を20リットルくらいバケツに汲み、足を入れて足湯にする。身体を急いで荒い、さっと流してバスタオルを肩にかけて、その上からギザの容量が許す限り熱めのお湯を肩にかけて浴びるというもの。私も早速試して見ました。以外や以外、バスタオルの効果が十分あって、背中もお腹も温まる。お風呂に浸って温まるのと同じ感じになります。「温まるアロマ・バス」の方法はUさんからいただきました。かけ湯するお湯にエッセンシャルオイルをたらすというもの。乾燥肌を緩和するならカモミールやネロリもいいですよとのこと。もちろんリラックスにはラベンダー。インドはエッセンシャルオイルがものすごく豊富で安いので、皆さんお試しくださいね。足湯もなかなかいけます。いい気になって、バスタオルかけ湯+アロマ・バスのアドバイスも合わせてローズマリ湯たんぽ袋ーのハーブ湯にしたら、効果は抜群でした。上手に使えば、シャンプーまでできるくらいに有効に熱いお湯が利用できます。シャワーだと、霧状のお湯が身体にかかるまでに温度がさがり、無駄なお湯が多くて温まりにくいですよね。水圧が低いお家も多いし。これなら、十分温まれます。オイルマッサージのおばさんを呼ぶ人も多いようです。しっとり潤い、マッサージ効果で血行がよくなり温まりやすくなるそうです。インドのオイルマッサージにはこういう効果もあったのね。なるほど!寒い日の入浴もなんだか楽しくなってきたぞ!

 私はお風呂から出たら、身体にニベアを塗っておきます。かさかさして痒くならないためにね。踵とひじ、指先は念入りに。もちろんお蒲団には暖か湯たんぽ!注文しておいた可愛い湯たんぽ袋も出来てきて、デリーの冬対策は万全だぞぉ〜。デリーレーヌの皆さん、色々情報ありがとう。これからも「暮らしの知恵特集」をくみますので、スローライフの楽しみかたをみんなで考えましょうね〜。メールお待ちしています!
12月5日(金)

 ヤシュワント・プレイスにクッキングワインを買いに行った。いつ来ても、こことネルー・プレイスは、仕事にあぶれたとしか思えない男たちだけがボーっとたむろしているエリアで、女の私が通るだけで、鋭いぶしつけな視線に追われる感じでとても嫌な気分になる場所である。なぜかインド人女性の姿もあまり見かけないエリアだ。酒屋に向かうと、ヴィトンのバックを持った太った中年の金髪の白人の奥様が、ボディーガード(たぶん運転手さん)と一緒に酒屋から出てくる。そうか、やっぱり欧米人もこんな所の酒屋には、一人ではこないんだなと自分の無防備なうかつさを、ちょっと反省。「クッキング用の白ワイン」と叫んで急いでお金を払う。ショッピングバックはないと言うので、ワインをジャケットの内側に隠すように抱えて、大急ぎでナレーシュさんが待っている駐車場まで走ってしまった。次回からは、ナレーシュさんに護衛を頼もう。ムンバイはショッピング・アーケードの中におしゃれなワインセラーのあるワイン専門店もあったのだが、インドの場合、お酒の販売方法が州ごとに違っているようで、デリーはちょっと怖い。ビールは、最近はVasantのモダン・バザールでも買えるようになったから、便利になったけどね。

 約2週間かかって、クリスマスカードと年賀状の印刷を終える。前のPCのデーターが壊れて消えて住所録をプリントアウトしてあった一欄表を再入力したのだ。360件分!郵便番号を入れれば、番地外は全部出てくるとはいえ、「筆まめ」から「筆王」にソフトが変わったので、ソフトの使い勝手にようやく慣れたら360件という感じだった。今度はこの住所録のデーターをしっかりCD-ROMに書き込んで保存する。やれやれ。かなり疲れた。プリンターも5年目ともなると、何度もストライキしてくれて大変でしたね。あとは、切手を貼って投函すればおしまい。年末のお仕事は、一つだけだが、イッチョあがりである。
12月4日(木)

 お客さんで賑わうBVGKのブース今日は日本人会婦人部ボランティアグループによるチャリティーバザーがあった。
私は、ボランティアグループには属していないが、個人的にかかわっている、BVGK(Balika Vikalap Gyan Kendra)という、ヤムナー川の向こう側、Trilok Puriに住む低所得者や、アウトカーストの少女の自立と社会的地位向上をめざすNGOが、開催会場者のご好意によりブースを出させていただけたので、少女たちが作った作品を販売して、この団体の認知のためのパンフレットを配るという手伝いをした。
 私がこのNGOを知ったのは、Nさんという若干24歳の日本人のお嬢さんが、このNGOでインターンシップとして働いているのを知人から紹介され、同じ日本人、それも若い女性が、インド人家庭にホームステイしながらたった一人でがんばっているのを見て、何か力になれないかと思ったためである。
 このBVGKには、主にモスリムの少女が多く通ってくる。学校を途中でやめざるを得なくなった少女や、孤児、他には、最下層民といった社会背景を持ち、なかなか、両親や大人から、このセンターへの通学も認められないのですが、必死で時間を捻出して、洋裁、刺繍、編み物、タイプ、美容などのコースに通ってきます。もしも手仕事が出来たら、家庭に入っても、経済的にも自立や、嫁ぎ先からも大事にされるだけの資質を持ち合わせることになるのです。センターでは他にも、性教育や公衆衛生、健康管理についても指導したり、貯金の大切さなどの経済管理の教育もしています。

 いま、このセンターは主に東デリーを中心に活動しているのですが、次の新しいセンター建設に向けて寄付も募っています。また、こうした団体があることを、広く認知していただくために、今回のチャリティーバザーに参加させていただいたことは、とても有意義でした。
 そして、2ヶ月前から取り組んで、今日試行錯誤で生徒たちと作成した「シューズ・バッグとシューキーパー」24個はすべて完売して、私は心底、ホッとしたところです。
バザー会場 この日を迎えるまで、実は本当にNさんのがんばりはすごかったと思います。まず第一にバザーへ参加するための日本人会婦人部への働きかけ。たくさんあるインドのNGOの事ですから、バザー開催はもちろんブースを出すのはご理解いただくまで大変でした。そして、BVGKで作っているいつもの作品では、日本人はとても買ってくれそうにない粗末なものであったため、売れる商品の開発。とくにこの事をBVGKの先生たちに理解してもらうことがとても難しかったのです。外国人に興味を持ってもらうためのバザー作品。生徒が自分が作ったものが売れる喜びと達成感を感じられるもの。さらに調子の悪い5台のミシンで作れる作品。生徒たちは毎日1〜2時間だけという約束でセンターに通ってくる少女たちで、少しでも作品作りが長引いて帰宅が遅くなると両親から叱られたり、また、保護者からクレームが来て、次にセンターへ来ることがかなわなくなったりするため、時間内での作品作りはいつも大急ぎで、慌てて仕上げる作業でした。なんどもなんども、先生たちや、時々指導に行く私ともぶつかり合いながらようやく完成した24個の作品でした。コースターやクッションも試作しましたが、針目が飛ぶミシンではとても仕上がりに期待が出来ませんでした。そしてようやく出来たのが24個のシューズバッグとシューキーパーだったのです。Nさんの生徒たちへの指導、日本語のチラシ作り、製品のチェック・・・・。ほとんどNさんの孤軍奮闘でした。バザー会場で張り出すたった一枚ポスターのための模造紙を購入するためだけでも、とても大変だったそうです。たぶん、昨夜は夜遅くまでガンバッたことでしょうね。
 インドはご存知のようにNGO大国と呼ばれています。日本政府や世界中からもたくさんの援助を受けているにもかかわらず、いったいそのお金はどこへ消えてしまうのかと思うほど、砂にまく水のように感じるくらい貧困が厳しいです。捨て身でこうして現地に飛び込んで活動しているNさんをみて、彼女の頑張りが砂に消える水になってしまわないように、応援してあげたいと思っています。
今日、お買い上げいただいたデリーの皆さん、出来ましたらもう一度パンフレットに目を通してみてくださいね。そしてもしもご興味ありましたら、あなたが出来る応援を少し分けてくださいと、私からもお願いいたします。BVGKでは、洋裁練習用の残り布、刺繍用品や刺繍のための本、残り毛糸などの手芸材料、紙やノートなどの文房具などの寄付も募っています。日本の皆様、BVGKの活動についての問い合わせはこちらへ。
12月3日(水)

 昨日から食欲がなかった太郎が風邪でダウンする。朝から発熱37.8度。太郎は、赤ちゃんのときから、よほどのことがないと病気にならない子どもである。親としては、この点は褒めてやりたい親孝行な息子である。インドで病気で学校を休んだのは初めてかもしれない。(覚えていないほど病気にはならない)。このくらいの症状なら、いつもは学校へ行かせていたが、来週の期末テストと慣れていない寒さを、母親としては珍しく心配して今日は学校を休ませる。普段は大飯喰らいの太郎が、「気持ちわりぃ〜」と、りんごと白湯くらいしか受け付けないのは、かなり危篤な事態かもしれない。きょうはゆっくり寝て休養をとって早く治さないと、受験勉強にも影響が出る。今のうちでよかったかも。夜遅くまで勉強するので太郎の部屋の夜間の暖房器具と、加湿器を何とかしないといけない。オイルヒーターが何度もショートするので、電気の配線を調べてもらおう。日本に帰国したお父さんに「XLサイズのセーターを買ってきてね」とメールする。去年の帰国で買ったLサイズのセーターでは背中が出てしまうくらい(ついに180cm)大きくなってしまったのだ。体力があるので、明日には元気になると思う。

 国際交流基金の日本語教室で、「純粋日本人と会話する」ための授業の話し相手役に行く。ムンバイでも頼まれて日本語教室にはよくお邪魔していたけど、デリーでは今回が初めて。お決まりの「インドカレーは好きですか?」「インドの映画は見たことがありますか?」「日本ではお寿司とお刺身を食べますか?」という質問が何度も出る。相手が喜びそうな答えをついつい用意してしまって、毎回、私の席は盛り上がってしまうので、本日は自重気味である。控えめな受け答えに終始してみた。シャールク・カーンに会ったとことがあるとか、サブジーではアル・ジラとチャナ・マサラが好きだとかは言わないことにしただけであるが。「デリーの印象は?」と聞かれて、「こんなに寒いと思わなかった、停電が多くて困る」といったら、「私たちも同じです。デリーは夏場と、寒い時期の停電は困りますよね〜。心から同情します。」などと言われてしまった。苦労しているのは日本人の私だけではないのね。
 「主婦ですか?日本の主婦は生け花と茶道は花嫁修業で習いますよね。お琴は弾けますか」との質問も、毎回“日本の貞淑な妻”を期待するインド人男性からの質問である。「クリスマスツリーは飾るが、ほとんど花は飾らないし、お抹茶よりもスターバックスのコーヒー、カラオケは得意だが、お琴など触ったこともない」のが、今の日本の大半の女性像であると、いつもながらの本当の日本の現実を語る私である。毎度の事ながら、日本に関する質問は、ステレオタイプな理解が多くて、答えにくい難しい質問も多くて困惑。こういう教室ではインテリジェントな男性が「日経平均って何ですか?」「日本の経済はいつ回復するのでしょうか?」とか聞かれたりもするのだ。日本の総理大臣でも答えられまいなぁ。普通の主婦の私に聞いても答えられない質問が多くて大汗ものだったこともあった。語学の勉強ゆえ、日本の文化でわからないことは「わかりません」と答えているのだが、浅知恵を振り絞ってしまうこともしばしばあるのだ。互いに、日本人の「インド=カレー、ターバン、サリー、タージマハール」の理解の域を出ないのだ。
 日本語教室の日本人の先生がおしゃっていたのだが、ここのボランティアに参加する日本人に是非とも、“インド人の大多数は、誠実で、まじめで、よく気がついて、マナーをまもり、謙虚である。”ということを知ってもらいたいと言っていたのが印象的だった。家の使用人、会社のスタッフ、商店のおじさんたちはいづれも金銭がからむせいか、先入観と偏見も手伝って、どーも自己主張が強く、抜け目なく、マイペース、傲慢というイメージがある。日本人がいだく「典型的なインド人イメージ」を払拭して欲しいとのこと。
 ムンバイは、印日理解の文化的な事柄での駐在員とインド人との交流が盛んであった。私はこうした交流の場で、世界に名だたる立派な博識のジェントルマンたちや、エレガントで控えめ、教養たかく親切なレディー、自分のすべてを投げ打ってボランティアに人生を捧げるりっぱなインド人と、お知り合いになる機会に恵まれたのはとてもありがたいことであった。たくさんの素敵なインド人の親友にも恵まれたために、先生のおしゃることの意味がよくわかる。よく気がつきマナーがよく身についた好青年とか、そそと控えめな若いお嬢さんたちをみると、インドの家庭教育はしっかりしているなぁと感心したりもする。家に招いたりすれば、若い人から礼儀正しく翌日には必ず丁寧なお礼の電話や、手紙もいただいたこともある。特にそんな中流階級の人たちとは気持ちよくお付き合いが出来るのだ。ムンバイの親友たちは、私の心配事をわがことのように受け止めてくれた心優しい人たちであった。まぁねぇ、散々甘やかされて育った上流階級の、マクドナルドで順番を守らない鼻持ちならないタカビーなお嬢さんや、平気で弱いものに暴力を振るう傍若無人な若者、そんなのはどこの世界にもいることだしね。インドの大多数を占める(!)誠実で、まじめで、よく気がつき、マナーを守り、謙虚なインド人がどこにいるのかとお思いの方は、是非ともJCICの日本語教室にご参加下さいませ。目からうろこが落ちますよ。

12月2日(火)


 最近よく見る車のフロントグラスの赤いLのマーク。これはLearningのLで、ただいま教習中とか、免許取りたてのマークです。確かにヨチヨチ運転のドライバーさんである。インドの運転はめちゃくちゃ荒っぽい上に交通ルールがなっていないから、Lでもつけないと初心者は怖くてたまらないだろうと思う。

 ホット・レモネードカーンマーケットのKadhiでアカシアの蜂蜜を買う。無添加純正の蜂蜜で一ビンで45ルピー。レモンを絞って蜂蜜を入れて暑いお湯で割ったホット・レモネードは受験生の息子用である。ビタミンCがたっぷりとれる。牛乳が嫌いな息子はインドのミルクティーのチャイを飲まない。本当なら眠気ざましと風邪対策には、カルダモンやシナモン、生姜の入ったチャイのほうが効きそうなのだが。道端で熱いチャイを白い湯気を立ててフーフー冷ます人たちをよく見かける。暑い時期よりも今の方がきっと売れ行きがいいのだろうな。大きなインドボダイジュの木の下の人気のチャイやさん前は人だかりがしている。道行く人が暖をとる。夏には水がめで道行く人が涼をとっていた所。

 カーンマーケットで買ったウールの布で湯たんぽ袋を縫ってもらうためにテーラーへ持っていく。4枚頼んだ。明日には出来てくるそうだ。インド製のゴムの湯たんぽは大活躍である。手ごろで安全。一日中家にいるときは手離せない。昨日見た映画でも冬のニューヨークに住むインド人のおばさんが私と同じピンクの湯たんぽを抱えているシーンがあった。暖炉でデリーのスモッグの加担をしているので、とても肩身が狭くて矛盾するのだが、環境的には湯たんぽは、一番エコロジカルである。同年代のお友達にさえも「湯たんぽなんか使ったことない」といわれてしまったが、我が家は嫁入り道具に母が持たせてくれたほどに愛用していた一家だった。子どもの頃は、朝、湯たんぽの残り湯を洗面器にあけてぬるま湯で顔を洗った事もある。(一応、東京生まれの東京育ちだが、下町だったせいだろうか)洗面所にお湯が出るお家ってまだ少なかった頃に育ったもので・・・。ゴム製というところが柔らかくて持ち運びに便利で身体に当ててもフィットするのよね。背中や腰に当てて、ソファーに座るといい気持ちです。日本製のブリキやプラスティックよりも身体になじんでいい感じです。

12月1日(月)

 デリーの議会選挙で会社はお休み。ドライバーさんや、コックさんは交代でお休みをとって投票へいく。昨日銀行へ換金に行ったら、500ルピー札はないといわれた。選挙が始まると必ず街から消える最高額の紙幣、500ルピー札である。(一応1000ルピー札もあるが、ほとんど見かけないし買い物には不便なお札)みんなが嬉々として選挙に出かけるのは、どうしてなのかな〜とかんぐってしまう。もしも心の底から「インドの未来、インドの事」をかんがみて立候補する議員さんたちというのがいるとしたら、この無限とも思えるインドの山積みの難題解決をどうしようとするのか、何から手をつければいいのか絶望してしまわないのだから、すごいものだ。

 映画通のマダムSと一緒に今年一番の話題作「Kal Ho Na Ho」(たとえ、明日という日がなくっても・・・)へ行く。
ラストシーンの30分は、もう滂沱の涙で泣いて、泣いて、泣きまくってしまって、映画館から出てきたら頭がガンガンして、顔がものすごく膨れてしまった。ハンカチはグショグショである。シャールク・カーンは今回も死んじゃう役で、この所、Devdasに続いて、いい男は薄命な役ばかりで辛すぎるわ!監督のカラン・ジョハール作品の「Kuch Kuch Hota Hai」や「Kabhi Khushi Kabhie Gham」では、毎回必ず泣かせてもらってしまうのだが、私はKKHHでは、オープニングのラニが荼毘にふされるシーンだけで涙が出ちゃうのである。だから、あらすじをアルカカットさんのところで事前に読んでしまっていたマダムSは、前半のシャールク・カーンカーンがいけてる台詞を言うシーンだけで泣いたいたのだった。私もきっと2回目からはシャールクが自由の女神の前に出てきただけで泣いてしまうに決まっている。草薙君やキムタクがドラマで死んでもこれほど泣きはしないだろうが、シャールクの時は、もう当たりをはばかることなく泣いてしまうのだ。次回はきっとタオルが必要です。結末を知っているのに何度見ても泣けるというのは、名作という事よね。
 ダンス・シーンが、なんだか海外に住むNRI(在外インド人)向けにとてもおしゃれに構成されてしまって、この映画はインド国内よりも海外のNRI向けの映画としか思えない出来である。ボリウッド映画はドンドンモダンになってしまって洗練されすぎてしまうのも悲しいけど、映画の転換期、時代なのかしらね。なんたって、ジャヤ・バッチャンがジーンズにセーター着てるんですからね。きっと映画で洋装は初めてじゃないかと思う。ジャヤ・バッチャンすごく痩せてるし。プリティーもかなり努力して痩せてるし。シャールクはブルガリの時計してるし、サイ・アリ・カーンはお金持ちの坊やでハドソン川沿いのペントハウスに住んでいるんですよ。ボーっとしてドンくさいといわれるパンジャブ人と、金勘定に姑息で親指が黒いといわれる成金グジャラティーが互いのコミュニティーを揶揄するあたりや、今の在外インド人のことを面白おかしく描いていて、NRIの現実そのものって感じ。インド人でカーストが同じだけじゃ結婚は難しいというのもインドにいればこそ納得できる事だった。同じようにアメリカで特殊なコミュニティーを持つ中国人社会のこともインドとさりげなく比較したりしてましたね。
 英語が上手なインド人がNYでかっこよく成功して暮らしているというのもうらやましいですね。ちなみにこの映画インドの風景はゼロ。全部のシーン、NYが舞台です。何度も見たい作品ですが、こう泣かされてしまっては風邪が一気に悪化しそうです。