Diary

デリーレーヌ ざます!


〜お気楽マダムのデリーな日々〜
2004年 2月


2月29日(日)

 ガレージセールです!
いやはや、ものすごくたくさんの人が来た。ものすごく興奮した。ものすごく売れた。なったって、完売である。スッカラカンに売れたのだ。そして、お父さんは、ものすごく疲れた。

 日本人の方々からも、多数お問い合わせがあって、大きな物はオークションになったりしたので、今回の経過を詳しくご報告いたしましょう。デリーには、ガレージセールを仲介してくれる業者がいます。ここに頼んで、デリー版(土・日曜版)の新聞に広告を出します。これは業者が手配してくれて、広告料はRs2500。こちらの準備としては、売りたいものを集めて、簡単に分類しておきます。

  文房具と運動靴  ゴキブリホイホイ  壊れた家電品  古着

 どひゃまんての景品とにかく何でも売れるので、日本人が見てどひゃまんてと思うものもキープしておいて出すといいでしょう。ガネーシャの置物とか、クリシュナの絵のついた花瓶、ゴルフの景品なんていうのも売れます。こんなもの売れないだろうと思う、染みだらけの古着、ハイヒール、使いかけの化粧品、飲みかけのアルコール、使い古しのゴルフボール、賞味期限の切れた日本食、壊れた家電品も売れましたね。とにかく何でも売れちゃう。信じられないけど・・・。ガレージセールは1時からのアナウンスで、業者は30分前に来て、部屋から商品を運び出し庭に並べます。値段はつけない。お父さんが、カゴをもって、椅子に座れば準備オーケー。私は、部屋に残って、本日の目玉、YAMAHAのピアノを見に来たお金持ちのインド人と話すことになっていました。

 予定の1時すこし前に、ピアノが欲しいという人が現れて、部屋に通しました。すでに、日本人方で、ピアノが欲しいといっていた友人にはUS$1000位でどうか?と話してあったYAMAHAの40年ものピアノです。古いけど昔のものなんで鍵盤も象牙、本体も重い上質の木ものです。でも、日本だったら、買い替えくらいでしか値段がつかないようなもので、せいぜい3万円くらいがいいところ。逆に、引き取り料が取られてしまうようなピアノです。家族の思い出だけが詰まっているようなものですね。階下のオーナーからも欲しいといわれていて、値が上がるなら携帯電話に電話するようにとのことでしたので、フレンズ・コロニーからお見えになった若いご夫婦と、競りあうことになりました。途中、日本人の方は、降りることになり、最後はインド人同士の競りになり、なんと希望価格の2倍、US$2200で落札。なんだか、ものすごく私は興奮しちゃいました。オークションなんて初めての経験だし、あちらが200あげると相手がさっと300あげるって感じだったのです。「いいの?本当にそんなに高く売ってしまって」という小心な私は、冷や汗も出た位です。買ってくださった方は、ピアノ業者とかじゃなくて、10歳のお嬢さんが、どうしてもピアノの先生に薦められてYAMAHAのピアノが欲しい、音楽の勉強をしたいと言う方でした。ご夫婦がとても熱心で、絶対買います!というので、ドンドン価格が上がりました。本当ならもっと高くても買ってくれたらしいけど、私は大事に弾いてくださるならという気持ちも手伝ってしまって、オークション開始から20分で話がついてしまいました。(病後なので、再び血圧が上がりそうだったわ!)

ガレージセールを待つ人々 一方、庭の方はと言えば、開始時間の1時間前、12時には門の外には多数の人垣が出来ていました。この時間でざっと50人くらいはゆうに越えていたのよ。恐るべし新聞広告の威力!1時になると、業者に促されて、お父さんはカゴを持って椅子に座る。お父さんは事前に業者から、商品の問い合わせについては一切何も言ってはいけない。壊れているとか、これはもっと高いとか、安いとか、言ってはいけない。すべてを業者に任せなさいといわれていたので、単に集金だけの仕事です。
 1時、開門と同時に、ど、どっーと人がなだれ込んで、ちょっと大きな声も上がって怖いくらいのムード。お父さんは、3重くらいの人垣に囲まれることになりました。(私がカゴを持つ係りじゃなくて本当によかったわ!)まずは大型冷凍庫をオークション。あっという間に8000ルピーで落札。その後は、家電品が競られてドンドン売れていきました。金目のものから業者のおじさんが、商品を高々と持ち上げて、順番にオークションにかけるので、落札されたらお父さんのカゴにルピー札が投げ込まれる感じにお金が溜まっていくのです。手にとって言い値で決まるものもあれば、現金を振りかざしてドンドン競りあがるものもあって、私は2階の窓から見ていたのだけど、ものすごい活気。でもけんかしたり、混乱したりすることなく、結構みんな競りを楽しんでいて、暗黙のルールみたいなものがありましたね。お金をごまかす人もいないし、持ち逃げする人も、もちろんいませんから。そして、ガレージセール開催、40分後にはほぼ完売。後は、値がつかないような、壊れたインド製のアイロン台と、日本語の本などが古紙として重さを量って売られました。本当にびっくりです。2時には、ものの見事にスッカラカンでした。たった、1時間で完売!業者は、ゴミもきれいに、拾って片付けてくれたのでこちらも一安心。後はお父さんと寝室に篭って現金を数えるのです。ウッヒッヒッて感じで・・・。売り上げの10%と広告料ををカバリ業者に支払い、お見事なお仕事にお手打ちとなりました。ちゃん、ちゃん!いや〜、座っているだけで物が売れてしまうなんてすごい経験したので、ガレージセール終了後、2時間くらいの間、私たち夫婦は興奮して呆然としていました。特に、お父さんは、ものすごーく疲れたといってました。(アドバイス:集金する人は、ガードの柵でも設けた方がいいかも。お父さんは、人ごみに囲まれて、押されて怖かったそうです)
大盛況のガーレジセール
 2時半、ピアノは、落札と同時に即金にて買い取られ、即時、手配された運送業者によって、あっという間に運び出されました。恐るべし、インド人のお金持ちの威力。デリーで映画館を3つも経営し、テキスタイル関連では、GAPの下請けのビジネスをしているという方でしたけど、我が家の近くにも何件か貸家を持ち、今はフレンドコロニーの(憧れの)ファームハウス!に住んでいるんですって!若い奥様が、自ら指揮を執って、10人がかりの運送人がピアノを大事に運び出しました。いや〜、ボンベイ出身の奥様だけあって、センスもいいし(もちろん洋装)美人なマダムでした。しっかし、人のさばき方は、ものすごい貫禄!

 その一方で、ほとんどホームレスかと思うようなおじさんが、現金を振りかざしてRs20ルピー(約50円)で古着を買っていく、この落差。ダンボール入りでたんまり残っていたゴキブリ・ホイホイが、ダンボール2箱分、生理用品2箱分、箱入りのリンス6本や、寝袋などは、5年前に日本で買った価格の2倍以上で売れてしまって、なんかアコギな気分でしたけど。インドでもらったものでは、とくに神様系のグッズには高値がつきました。銀のガネーシャの置物なんか、ものすごい値段がついていましたもの・・・。プレステのソフトは、日本語版なのに高値で売れましたね。しかし、壊れたワープロを買った人からクレーム来たらどうしよう!「確かめないで、買ったあんたが悪いのよ」ってことで済ますのかな?正直で小心者の私は、ドキドキしちゃて眠れないかも・・・。お父さんは覚えていないと言っていたけど、カビの生えた20年前のヴィトンのバックは、いったいいくらで売れたのでしょう?ちょっと、気になる。

 いや〜、このインド人のビジネス・センスというか、購買力のパワー。恐るべし!小心者で、普段はぼられまくりの日本人、ええかっこしいの東京人の私にとっては、脅威とも思えるのでした。カバリ業者の手助けなくしてこんなことは、いくら勇敢マダムYUKKEでも出来ません。10%のマージンなんて、ぜーんぜん、安いわさ!おそるべし、インド人だわ。最後の最後にこんな経験するなんて、あ〜、インドは、なんて国なんでしょう!
 そうです、負けていられない!インドはまだまだ、市場開拓やビジネスチャンスがあるかもよぉ〜。お父さんたち、がんばっておくれぇ〜。これからのインドには、10億人の市場があるんだ!と、感じた本日のガレージセールでした。

今回ガレージセールをしたカバリのおじさんが宣伝して欲しいというので、おじさんの連絡先はこちら。
Mr.Munish Pahwa  (Certified Public Auctioneer)←おじさんの名刺の肩書き
C−2/2072 Vasant Kunji New Delhi 110-070
TEL: 2689-5537,2689-9371,98102-58658
2月28日(土)

 この木枠に入れてコンテナへ積まれる船便の荷物を出す。総計は、198CFT(キュービック・フィート)らしい。CFTの単位の計算と説明は、ややこしくて何回聞いても理解できない。
海外引越しは、各社の規定によっても違うのだろうけど、ウチのような商社の場合は海外転勤がものすごく多い会社なので、それこそ重箱の隅に至るまで細かい規約があるのだ。分厚い「海外給与・諸制度マニュアル2004年版」なんていうのを読んでも毎回ちんぷんかんぷんである。
 海外から日本への引越しの場合は、会社負担の船便が往復枠で決まっていて(夫240CFT、妻680CFT、子供一人120CFT×2=1160CFT)となっている。インドへ着任するときに我が家は860CFTを使ったので残りは、300CFTである。お父さんが帰国するときの船便用に最低でも100CFTが残るように荷造りをするのだ。しかしね、このキュービック・フィート(CFT)の計算だが、40CFT=104CM×104CM×104CM、(1M3=35.30CFT)という公式で計算するのだけど、よくわからないんです。毎回の事ながら・・・。偏差値の計算と同じくらい私にとっては複雑で、毎回困惑する。この荷物をデリーで木枠に入れて梱包し、コンテナに入れてムンバイへ陸路送り、ムンバイ港から船荷で横浜港へ送られるのだ。日本までは1月の船旅。積み込みはあっと間に終わる。あ〜これで、後は倒れようとも仕事は終わったわと気分爽快。
引越しやさんに頼んで、お友達にお譲りしたムンバイで作ったベッドと本棚を市内配達サービスで無料でお友達宅まで運んでもらう。ラッキー!Premier International社のサービスは抜群!てきぱき、しっかり手配してくれたぞ。

 198CFTの荷物今回持ち帰るものには、家電品なし、寝具なし、おもちゃなし、学用品なし、書籍なし、キッチン道具なしである。だからものすごく少ない。停電の多かったインドで使った家電品類は、日本ですでに10年は使ってから持ってきているもの(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、コーヒーメーカーなど)はもう日本にも持ち帰る価値がないくらいボロなので、惜しげもなく現地償却。(←日本で新しく買うのだ。痛い出費、引越し貧乏よね)寝具、おもちゃ、学用品もしかり。乱読多読のうちの家族たち、書籍は買わずに図書館の近くに住むというのが我が家のポリシーで日本では税金の還元よろしく本は原則買わないのだ。そのためにわざわざ地域の中央図書館から徒歩2分のところに家を買ったくらいなの。本は所持しない事にしているのだ。在外で買って読んだもの(ダンボールに10箱はあった)は全部寄付したり、友人にもらってもらったり、カバリに売る。キッチンのお鍋などの調理器具、結婚23年使用の使い込んだ焦げつき鍋・へこんだ釜類を今回は一新する。キッチン雑貨は、全部お父さんに置いていくので日本でこれらは買い換えます。(←つくづく引越し貧乏よね)

 厳選した198CFTの3畳分の荷物を持ち帰ります。でも日本のトランクルーム3坪に預けてあった婚礼家具(洋服ダンス、整理ダンス、ドレッサー)お客蒲団、ダイニングテーブル、食器だな、、ソファー、座布団(夏、冬5枚づつ)などを日本で引き取るので、これまた大変です。今度の東京のマンションは4LDK100平米しかない!婚礼家具と食器だな、お客布団一式、座布団(夏、冬5枚づつ)なんていう不用品もあるのだ。こんなに転勤が多いなら買うべきではなかったと今は反省しきり。帰国後はトランクルームから出てきたこれらのものを日本のカバリ、ネット検索した家具のリサイクル業者に売る予定です。(←引越し貧乏を少しでも何とかしたい)。なんたって、結婚23年間で、婚礼家具を使った日本の生活は10年にも満たないのだ。その他にも、当時はいいなぁと思っていたものでも趣味や、価値観がかわって今ではどひゃまんてになってしまったものもたくさんある。だって、10年前のあのころは、パッマーブルのケーキプレートチワークが趣味でアーリーアメリカンのカントリーテイストだったから、ギンガムのカーテンとかテーグルクロス、花柄のベッドカバー、ピーターラビットの絵皿なんていうのが5年近く眠っているはずなのさ。今考えると趣味が変わってしまったから見るのも恥ずかしいわ。そういえば玄関の表札は薔薇の花のついたトールペイントなんかを飾っていた気もする。トランクルームの荷物あけて、きっと赤面するんだろうな。
 
 最近のどひゃまんて化したもの。ムンバイで注文して作らせた大理石のケーキ用プレートとカバー。ブラウニーやチョコレートケーキを焼くために買いました。でもチョコレートケーキを焼くのは3ヶ月に1度くらい、さらに、カバーして置いておくほどの事もなく、焼いた側から食べつくすので、ウチの場合は、このプレートにわざわざ乗せる必用はほとんどない。見栄えは綺麗でいいんだけど、実用性ゼロ。そういうわけで明日のカバリのガレージセール行きになりました。(←引越し貧乏のムダ使いの原点はここにあるのだ)

 
2月27日(金)

 気温がぐんぐんあがり、寒がりの私も、半袖になる。ホーリーが近いのだなと実感する。今日は学校の授業参観と懇談会。恐る恐るの久しぶりの外出である。ついに学校へ出向くのは卒業式を残して今日が最後となる。義務教育もあと2週間と思うと感慨深い。先生のお話では、受験と言う目標を一つ超えてしばらく虚脱状態だったようだが、太郎は残りの中学校生活を目一杯楽しんでいるようだ。

 ムンバイのメイドさんのシャムラーさんから電話があった。どこで聞いたのか私の帰国を知って電話をしてきた。「マダム、ムンバイに戻ってくるのはいつになるんだ?来ないなら、帰国前に絶対デリーに会いに行く」と言われる。「来週、日帰りでムンバイヘ行くことにしたから。」と言ったら、電話口で「キャー」なんて、ものすごくうれしがってくれている。いつもの陽気で感激屋のシャムラーさんらしい。太郎の大きくなった姿を見たらきっとびっくりするだろう。私の坊ちゃま、マイ・スイート・ボーイと言ってはばからないほど溺愛していたので、太郎がどうしているかが、彼女の一番の気がかりであるのだから。ムンバイの周りの人の近況を詳しく教えてくれる。マディーさんには、また子供が生まれたらしい。スレーシュさんの縁談は暗礁に乗り上げているとか。あ〜、なつかしのムンバイ。私のインドの根っこはやっぱりあっちになるなぁ。

 夕方、シャムラーさんから聞いたとMrs.スワミーからも電話が来た。恐るべしインド人の情報網の速さ。「空港まで迎えに行こうか?」との申し出だ。ありがたいが、日帰りなのに、短い時間でムンバイのみんなにちゃんと会えるか心配。時間が足りなさそう。来週に備えて、体調をしっかり回復させなくてはいけない。
2月26日(木)

 予定どおりに船便の梱包業者が来て、家具を包んでくれた。海外引越しは船便、航空別送荷物(アナカン)と、手荷物がある。今日は船便の荷造り梱包だ。体調がすぐれない私は何もしないで、椅子に座ってパッキングリストの下書きと保険料のための金額を計算するだけだ。朝10時から来て、2時間でに終了。早く済んでよかった。終わってすぐにベッドに直行して横になる。まだ、調子が出ない。“やるべきことは済んでるんだ、色々思い悩まないことにしよう”と、自分自身に言い聞かせる。身体も気持ちの切り替えも限界って感じ。もしかしたら、日本へ帰りたくない病かも知れないなんて思ったりする。
2月25日(水)

 締め切りの原稿を修正して今日中に送らないといけない。なんとかPCに向かう。1年間の連載ものだったので、どうしても最終回を落としたくない。でも頭がまだふらふらしている。急いで修正を入れてメールする。後はベッドに倒れこんで一日過ごす。

2月24日(火)

 やっぱり、ダウンしちゃた。

 朝起きたら、めまいがひどくて、ベッドから立とうとする前にバランスを崩して落ちてしまい、ものすごく強く尾底骨を打ってしまった。そろそろ立ち上がってトイレに行ったまでは覚えていたけど、気がついたら、浴室の冷たい床に伸びていた。ヒンヤリして気持ちいいなと思っていたら、気を失って床にひっくり返っていたのだ。お父さんは、近くでシャワーを浴びながらかなり焦ったらしい。「おい、石鹸流すまで待ってろ」って遠くで叫んでいた気がする。ゴメン。やちゃった!トホホだ。

 また、みんなに迷惑をかけちゃうと思うと、自己嫌悪。無理しちゃいけない、いい加減に手を抜こうと今回は思っていた。だから、早めに終わらせて…。帰国前に時間を作って休養して身体を休めようと。帰国に備えてゆっくりしようと思ってはいた。まえ広に準備して、かなりペースダウンしたつもりだった。いつものことながら私は体力が、つくづくないのだよね。
2月23日(月)
 ミラーワークのベッドカバー
 注文しておいた長女の麻子のリクエストのミラー・ワークのシルクベッド・カバーが出来てきた。ウダイプルのデヴィ・ガーのホテルで見たもので、彼女のお気に入り。自分の部屋は、これにレンガ色の赤系のクッションとライナーをコーディネートしたいのだそうだ。娘よ、ちゃんと毎日自分のベッドメーキングは自分でやっておくれ。日本にはメイドさんはいないのだよ。

 ファニチャー・ポリシュ持ち帰る家具を磨いてもらうことにする。ファニチャー・ポリシュマンという家具磨きの職人がインドにはいる。熱いお湯のみの白い輪のシミとかを塗料を削って落とし、家具の傷をパテで埋めて磨きなおして、塗り替えてくれるのだ。ベッドサイド・テーブルとチェスト、植木鉢を置く小さな台を塗り替えてもらう。こういうときはインド人の友人を持つべきだとつくづく思う。お知り合いのインド人マダムが、家具のポリシュや、価格を一緒に交渉してくださって、思うとおりの塗り替えに成功。夕方から夜8時までの急ぎ仕事でRs800。仕事を見ていたお父さん、「こういう技術は素晴らしい、定年後のスキルとして習ってみたい」と言っていた。私もダイニングの椅子の張替えくらいは出来るから、定年後は二人で家具のリフォームなんていうのも面白いかもしれないなぁ〜。

 ホテルのランドリーバック暖かくなったので、掛け布団をみんな干して、蒲団カバーを洗いランドリーバックにしまう。ホテルの生成りのランドリーバックは結構重宝している。大きなのホテルに泊まるたびにもらってきてしまうので、かなりあるのだ。(リージェントや、リッツがお奨め)袋のサイズが大きいのでハンドバックや、タオルケット、座布団、掛け布団をしまうときに便利です。

 日本の母から、リウマチが悪化して入院との電話があった。私たちの帰国が近いせいか、母も気が緩んでしまったようで、今までは、具合が悪くてもどうせ来てはもらえないと、病状の連絡なんかしてこなかったのに、やっぱり私の帰国をかなりあてにしていてくれるみたいである。・・・しかし不遜な娘は、これを聞いて気分がかなり重く暗くなる。やっぱり、かなり疲れている感じ。私自身も婦人科系持病の症状も出てしまって、久しぶりに精神安定剤を飲んで早めに寝てしまう。
2月22日(日)

 カバリ(よろず買い取り屋)のおじちゃんに見積もりに来てもらう。ガレージセールの広告を新聞に載せ、全部を売り払ってくれると言うもの。使用済みのボールペン一本まで売りつくしますのでお任せ下さいというので、船便を出したら来週の日曜日の午後1時から、我が家のテラスで不用品を大々的に販売します。目玉商品は、ムンバイで結局売れなったYAMAHAのピアノ、大型冷凍庫、オールド・ノリタケのデミタスカップセット、その他私の感性からはどひゃまんてとしか思えないガラクタの数々です。でも、結構、ここ数日、我が家に来るお友達は、「え〜、これもいらないの?もらってもいい?」なんていう人もいるので、私が不要なものでも、必用とする人もいるのだね。よろしければインド人相手のバザーですが見に来てね!2月29日午後1時からです。カバリのおじさんは、2時間で完売してみせると意欲満々。広告料は2500ルピー、おじさんのマージンは売り上げの10%だそうです。

 どうするんだのタッパウエアー荷造りは、今日はキッチン道具と、食器。いや〜たまげたね、タッパーウエアーなどのコンテナ類を並べてみたら、こんなにあるのよ。インドに来るとき湿気対策、保管にものすごく気を使ったので、たくさん密閉できる容器を買い足してきたのだった。これ全部持ち帰ったら、コンテナだけで我が家のキッチンの収納は塞がってしまうよ。そういうわけで厳選して捨てる。捨てるのももういらなくなったピクニック用品カバリに売ると思うと気が楽である。ゴミにならないというだけでインドはいい国だわと思っちゃう。実は同じように、今年の暮れの一時帰国中に実家の物置を片付けたのだが。13袋の燃えないゴミ、15袋の燃えるゴミ、粗大ゴミも山盛りだったのだ。日本ならば、ぜーんぶゴミにしかならないのよね。荷造りしながら、割り箸とか、タコ糸とか、クロモジとか、懐紙とか、お弁当用のミドリのバラン(ビニールの葉っぱ)とか、日本人にもらってもらおうかな?とちょっと心が揺れたけど、「○○があるけど、いる?」とお友達に電話するのも考えようで、迷わず、ドンドンと販売するカバリ用のダンボールに放り込んだ。食器は我が家の場合、前任地も、今回も自宅接待があったので、和食器は10組、洋食器は12ピースづつ持参している。洋食器は補充がきくようにと結婚したときにノリタケであつらえ、割れるたびに補充してきたけど、結婚22年。ついにノリタケもこのシリーズは製造が終わったらしく、潔く残るお父さんに置いていく。お父さんが帰国のときにまた、カバリに売ればいいのよね。松花堂の弁当箱、お客様用の銘々天ぷらカゴも処分。和食器は、5枚はお父さんに残して5枚を持ち帰る。つまり半分になるわけ。
 困ったのが、ピクニックセット。結婚当時からサーフィンや、スキー、ピクニックに使ったコップや水筒、コールマンのクーラーボックスのセットだ。結局クーラーボックスにしまって持ち帰ることにする。でも子供が大きくなって家族でもうバーベキューに出かけたり、キャンプに行くことはないだろうな?「お父さん、私とこれからも二人で行くかしら?」と聞いてみたけど、「二人で、かぁ…?」だって。船便のダンボール子供が成長すると、家庭用品でも不要になるものがあるのだなぁ。寝袋と、キャンプ椅子、キャンプ用テーブルはカバリ行き。インドの友人からいただいたステンレス製のインド調理器具。入れ子式のものなので、少しだけ持ち帰る。インド調理器具後はカバリへ。食器はエアーキャップ(プチプチいうビニールの包み紙)で、自分で包む。以前(5年前)はなかったけど、このところインドの引越しやさんも、ちゃんと持っている。自分で包まないと食器のダンボール数は倍以上になるものね。これがないと帰国のときに困ると思って溜めていたけど、なぁーんだ、ちゃんとあるじゃないか?これに包んでダンボールに入れる作業が一番しんどいね。食器は、4箱分。これにて荷造りはすべて終了。目標を3個上回り23個でした。あとは、引越しやさんに、チェストとベッドサイド・テーブル、ベッドフット・チェアーの3つの家具を梱包してもらうだけ。太郎よ!早くプレステとCDをしまいなさいね。後二つダンボールがテーピングできない。

 さすがに、今日は根を詰めすぎてちょっと疲れた。そんな私を見てお父さんが夕飯を作ってくれることになって、今夜は焼きうどんと、昨日のとんかつの残りにサラダ。お父さん、ありがとうね。
 「張り切ってダウンするなよ。引越しは毎回うれしいんだろうけどさぁ。」といわれる。お酒を飲みながら「嬉々として荷造りしちゃて、うれしそうでいいねぇ〜。こっちは置いて行かれちゃんだよなぁ〜」とぼそりと言ってもいた。やっぱりお父さん、かなり寂しいみたい。がらんとした食器棚をしばらく眺めていたしね。私だって寂しいのになぁ。

2月21日(土)

スプリング・コンサート
 今日は、息子の晴れ舞台。婦人会コーラス部のスプリング・コンサートである。
フィナーレ太郎は、スカウトされて、「コールマユール」のスプリングコンサートに混声ユニットで、友情出演することになっている。おばさんに混じるのにはとても抵抗があったそうだが、まんざらでもなさそうで、やっぱりこういうことが好きみたいだ。曲目はイタリア歌曲Caro mio benと、夜空ノムコウである。やっつけ練習であったのでどうなるかと思ったが、ちゃんと歌っていたようで、恥ずかしさ120%くらいのズーーとうつむき状態ではあったが、何とか務めることが出来た。今まで、ムンバイのミ○タ先生と結成したモー娘隊しか、コンサートはしたことがないので、去年からから比べると、すごい上達である。コーラスのマダムたち、素敵でしたね。春の爽やかコンサートでした。

フレッシュ・ソハーンパブリ
 おとといであるが、泰子さんから「ソハーン・パブリ」のフレッシュ・バージョンと言うのをいただいた。カルダモンの香りが高くて、ものすごくサクサクしている。ムルニカ・マーケットの「Sweet Place」で買えるらしい。日本からのお客さんにも大評判で箱入りでお求めになる方も多いと聞く。ウーロン茶や、お抹茶によくあいます。一度食べたら忘れられないお菓子です。今日は、家族で大喜びでいただいた。泰子さん、ご馳走様でしたぁ〜。



2月20日(金)
The Trident
 ランチはデザートが充実ダンボールが着たので、本、文房具、ドレッサー周りの備品を詰める。今回はどうしても20個くらいには納めたい。ジャカルタから帰国したとき49個のダンボールは3LDkのマンションに入れたら、その日は蒲団がひけなっかったという苦い経験があるのさ。人任せにすると荷物が膨らむので、なるたけ、小分けにして隙間なくきっちり詰める。インド国内で4回目の引越しなので、整理はしてあるので楽ではあるが、埃とダンボールですぐに手が荒れちゃった。


 スタンダート客室しうばらくランチはしないよぉ、と宣言したその舌の根も渇かないうちに、お友達にに誘われて新しくグルガオンに出来たThe Tridentというオベロイ系のセカンドクラスのホテルへランチざます!きれいよぉ。1月にオープンしたばかりで、すでに日本人観光客もたくさんお泊りとか・・・。お願いしてお部屋も見せていただいた。ホテルの中心にプールと池が帯止め(表)あって、全部屋から水を楽しめるロケーション。お部屋のインテリアはすべてタイのデザイナーのものだとかで、私の好きなアジアンテイストであった。バニヤン・ツリーのスパもあってご機嫌ですね。(宿泊客のみ利用可)一泊US$350。お食事はイタリアンとインディアンの半分のブッフェをいただきました。イタリアンいけます!内装もしゃれているので、気晴らしとリフレッシュには持って来いかも。ブッフェ・ランチRs700。

 帯止め(裏)夕方、荷造りする前に「サリーの帯」見せてくださいと言う方がお見えなる。彼女はなんと、インドの半輝石でただいま帯止め作りプロジェクト展開中です。「インドは半輝石(セミ・プレシャス)」が安いもの。Nさんは、前回は某アジアの国に駐在していて、そこは「宝石の宝庫だったの!石には目がないんだ」との事で宝石にはものすごく詳しい。早速作った帯止めを見せていただいた。すごく素敵!でも、私は帰国までには間に合わないだろうな。次回インドに来るときの楽しみにしよっと!



2月19日(木)

 日に日に日差しが強くなり、さすがの寒がりYUKKEも今日は、ババシャツを着るのはやめた。車に乗ると暑いくらいの季節になってきた。冬が寒いというのは本当に春が待ち遠しいものだ。一年中夏のムンバイから来たので、インドでまさか、こんな風に春の到来を心待ちにするとは思わなかった。
ツォプフ
 今日のパンは、再びイギリス山形食パンと、ツォポフという編み込みの砂糖がけパンです。なんだかここ数日パン教室の復習したり、魚教室の復習したりと、昔のボロボロレシピをめくってばかりいる。

 引越し屋さんが、ようやく下見に来てくれた。たくさんのお友達から、「来月帰るのに、船便出す日もまだ決まっていないのぉ。」と心配されてしまった。だって、会社の総務部とか通して手続き上のことがたくさんあるとなかなか思うようには進まないのよ。ダンボールが今日着いたので、まぁ、3日もあれば荷造りは終わるだろう。家具の梱包だけは業者に任せて、残りの不用品はガレージセールの予定だ。船便は26日。そういうわけでデリーレーヌの皆さん、それまでは忙しいから食べ歩きや、お買い物は、失礼いたしますよぉ。

 お知り合いの家のお庭の見事なことといったら。お花が大好きなこのお家の奥様のこだわりの見事な花壇です。マリ(庭師)さんと相談して花壇の計画を立てていらしゃるとか。隅っこにはピーター・ラビットが住んでいそうなセロリやレタス、ハーブガーデン。バートンの「ちいさいおうち」に出てきそうな真っ白なヒナギクが、風に揺れて可愛いことといったら。色とりどりの金魚草もはかなげな様子がたまらなく可愛らしい。もうじきフリージアも咲くそうで、絵本のお話の中の花園のよう。デリーの春の庭でした。


2月18日(水)

 ヨモギのアンパン桜のアンパン今日のパンはヨモギのアンパン(こしあん)と、桜アンパン(おぐらあん)です。乾燥ヨモギとか、京都の老舗の桜の塩漬けとか、十勝のこだわりアンコとか、頂き物の高級品を、長いこと冷凍庫の底で眠らせていたが、惜しげもなくどんどん使おう!もっと早く使えばよかったよぉ。粉の新鮮なうちに・・・。アンコを欲張って入れすぎたせいで、ボルケーノしてしまったものがある。程々が大事ね。

 国産・天然・一本釣りの高級真鯛さらに、本日は、デリー日本人会の忘年会のラッキー・ドローで当選した、昨日空輸されたばかりの天然・国産・一本釣りの真鯛が届いたのであった。ラッキー・ドローの商品を出してくださった大河インディアの社長さん自らが、築地から運んできてくださったものである。日本でも、我が家などは絶対にいただけないばかりか、お目にもかかれない様な超高級な真鯛である。
 いよぉっ!大河インディアの社長さんの太っ腹!

 「太郎君の合格祝いだぁ、もっていけ〜!」とばかりに素晴らしい鯛をいただいたのである。ありがとうございましたぁ!
なんと、50センチはあろうかと思うような大きなものです。「で、でも、社長さん真鯛の刺身のサク、これ私がおろせるんでしょうかぁ?すごく不安。鯵と鰯くらいしか下ろしたことがないのに、ど、どうするんですぅ?」といったら、「いや〜、簡単だよ。ビニール袋の中で、飛び散らないようにウロコひくでしょう?頭をこう切るでしょう、3枚におろして、皮をこう、うしろから、スースーと、剥ぐのよ。」え〜ぇ〜。「お刺身にしてもらわないと困るなぁ・・・」ブツブツとつぶやいてみたけど、「ネット検索して鯛のおろしかた探してみますっ!」ってことで、持ち帰ったのはいいけど、それからが大変であった。
 昔、私は新婚のころ、築地市場近くのお魚教室で、カツオとブリ、新巻鮭のおろし方くらいまでは習ったことがある。(当時は、食卓からのお魚離れで、無料でこうした講習会が開かれていたのさ。)しかし、身の柔らかい平目や真鯛なんか触ったこともないのよぉ。引き出しの奥の方からようやくウロコひ真鯛のお刺身きと骨抜きを探し出し、出刃包丁と長めの刃渡りの牛刀を出す。「包丁のお手入れしてないから、切れないかもなぁ〜」と思いながら、「やらせて、やらせて」とうるさい太郎を指示して、ウロコをひかせる。鯛のウロコは小指の爪くらい大きいんだね。太郎は幼稚園のときから、海老やイカの皮むきとか、鰯の手開きとか、魚の下処理に妙に関心がある子であった。娘の麻子はまったく関心を示さないけど、今日も太郎は、鯛を見たときから「僕がやるから」といって譲らなかったのだ。太郎は、嬉々として次は力いっぱい出刃をふるう。力があるので、頭は難なく外れて、内臓を取り出し、洗うところまでは、鯵と同じだから太郎でも出来る。太郎も、なかなか手馴れているじゃん。でも、さすがに3枚におろすのは包丁の刃渡りが足りなくて、私に交代。コックの粗の潮汁ムスタファさんはマダムの勇敢な姿にたじろいで、後ろで大根のつまを削りながらウロウロ、オロオロしている。私は必死である。食べたい一心の思いで、3枚にしたけど、問題は皮引きである。これは、1時間もかかってしまった。気温が低いからよかったものの、暑い盛りなら、こんなのろのろやっていたら、お刺身では食べられなくなっていたに違いない。粗(あら)は、潮仕立てのおすまし汁にした。頭と尾っぽはお刺身用に飾って、明日はこっくりと「かぶと煮」にしましょう。いや〜ぁ、真鯛のお刺身大盛りは、(刺身にしたとたん手が伸びて、お皿に盛ったのは半分の量)、もう、ほっぺたが落ちるほどにおいしかったのだ。せっかくだから、お赤飯も炊いて、煮物を作り、お知り合いにも少しお福わけ(おすそ分け)していただきました。大河インディアの社長さん、ご馳走様でした。大変美味しくいただきました。築地直送・大河インディアへのご注文はこちらから。



2月17日(火)

 山形食パンとブリットーフェン朝起きたら、すぐに計量してあるパンの粉をニーダー(パンこね機)にセットする。そうでもしないと三日坊主に終り、決意はすぐに揺らぎ粉を無駄にすることが確実だからね・・・私の場合。私のパン作りは、もっぱら生地はこね機任せで、一次醗酵までニーダー任せである。その後、成型したり、型に入れてオーブンで焼く。全過程自動のパン焼き機よりも短時間で本格的に焼けるのがミソ。本来は手ごねで習ったレシピであったが、毎日となると手ごねだけでは追いつかないもの・・・。今日はこだわりのゴールデン・ヨット(日本製粉の高級パン用の粉)で焼くイギリス山形食パンと、パリジェンヌ(フランスパン粉)いりのブリット−フェンというあっさりした白パンである。昨日より気温が低くて醗酵が遅めだが、何とかいい仕上がり。食パンはちょっとこげ色が強すぎてしまった。コックのムスタファさんは、興味津々で、教えて欲しそうにしてのぞいているのだけど、分量とか気温とかかなり微妙な作業だし、粉の種類とかインドでは手に入らないものなので、教えてみたところであとあと役に立ちそうにないから、ちょっと考えているところだ。

 タッセルの色々BBSにカキコしてくれたご近所のあっこさんとカーテンのタッセルを買いに行く。あっこさんは、カーテンに合わせてベッドカバーやクッションカバーの端っこにつけるタッセルもお買いになった。うーぅー、早くも帰国するお家のデザインやインテリアが決まっていると、選ぶのも早い。こういうフリンジをつけただけでクッションも、ベッドカバーも高級感がでておしゃれになちゃうよね。一つ30ルピーって言うのもうれしいお値段。ビーズのフリンジやビーズのカーテンタッセルもあるのよ。ビーズ、インドはお安いざます!Lajpat NagarにあるJagdish Store(39 Ring Road.Lajpat Nagar V)にて購入。

 ビーズのフリンジ帰国したら、家計簿のつけ方(これからはパソコンだよね)も家計のやりくりも、今とはまるで違うので、このところ家計簿サイトをのぞいていることが多い。(お気に入りは節約!家計簿!虎の巻というサイト)私は結婚当時から家計簿(手書きの電卓計算)をつけている。でも、ほとんど日記のようなもので、お金の出し入れの記録にしかなっていない。サラリーマンの妻として夫からもらった定額お給料のやりくりの記録でしかないのだ。しかし、実際、帰国すれば、教育費、住宅ローン、さらに年金や保険など今後のライフ・プランを考えてお金の管理をしなくてはいけなくなるのだろうなと、ぼんやりと考えている。
 今年の同年代の友人たちの年賀状には、ビーズアクセサリー作りにはまっていますと言うのと同じくらい、ホームヘルパーの資格を取りましたというのと、ファイナンシャル・プランナーの資格を取りましたという人のが多くてびっくり。みんな、ちゃんと将来のこと見据えているんだねと感心してしまった。先日読んだ主婦向け雑誌にも“海外駐在中に極める資格、帰国してからのスキルアップにつながる有利な資格は?”なんていいう特集があった。いまどき、帰国妻など、雑誌が特集を組むくらいたくさんいるということだね。そいういう帰国妻の再就職支援サイトまであるもの驚き。まぁ、帰国して自分が何をやるかは、これから考えてみることにしても、(私の場合、帰国して海外駐在を武器に再就職できるなんて甘いことはまったく思ってはいないけど)ライフ・プランというのはどうしたらいいのだろうかと戸惑います。だって、物の価値や価格も5年前とは偉く違うし、自分の価値観も微妙に変わってきているし、家族だって、単身赴任の夫、義務教育が終り一番お金のかかる高校生になるわけで、どういうふうなライフスタイルにすればいいのか、やりくり考えるだけで気分が暗いわ。
 帰国するというのは、今の全生活をリセットするということなのだ。こだわりの今のライフスタイルも、金銭的なこともゼーンぶクリアされてしまうのだ。金融関係の雑誌には定年したときに、老後を豊かに暮らすには、住宅ローンの返済を終えていて、年金のほかに預貯金が2500万〜3500万円が老後の資金として必要とある。ひゃ〜!確かに、58歳で定年を迎え、後の寿命を考えても必要な金額なんだろうなとぼんやり考えても、そ、そんなに貯めないきゃダメなの?無理だわとよ。いきなり日本の現実に戸惑うなぁ〜。定年まであと10年足らずだよぉ!こうなりゃ老後は、海外移住を真剣に考えてみようかと思ったりしているのだ。帰国するのが、怖い。イヤになるよぉ〜。あっこさんに、「これ読んだら」とマネープランの雑誌を借りた。お勉強しましょうかね。
2月16日(月)
カビルンルンのお風呂の天井
 朝、掛け布団の中で汗ばんで目が覚める。そろそろお蒲団はいらなくなってきたようだ。家中の掛け布団とベッドパッドをベランダに干す。カビの生えてしまった浴室の天井、ペンキを塗ってもらってようやくかび臭さが収まる。家中の窓を開け放して、春の風を部屋によぶ。気分爽快だったが、午後、あちこちがザラザラしていて、デリーはやっぱり埃っぽいなと実感。東京の娘からも「春一番」が吹いたよとメールがあった。春、はる、ハルなんだね。
食べつくすことになったもの
 帰国までにしなくては、ならないこと。食材の整理。
コックさんでは料理できない食材を食べつくすことである。食パン用の強力粉が4キロ、フランスパン用のパリジェンヌが2キロも残っている。餡子、乾燥ヨモギ、寒天、ゼラチンもたくさんある。もち米も3キロ。誰かに差し上げるのもはばかられる賞味期限なので、それならばと、すべてパンを焼き尽くし、もち米を食べつくすことにする。粉は食パン用と菓子パン用にイーストも砂糖も塩も入れて一回分づつ軽量してしまう。こうすれば、いやおうなく今日からドンドン焼いて冷凍してしまえばいいのだ。毎日やれば、1週間で焼きあがるはず。もち米は早速洗って、今夜は中華ちまきをどっさり作って冷凍しておこう。引越しで少々忙しくても、「チン」すればいつでもたべられるから。

 同じ時期に帰国するお友達からガレージセールのお誘い。わたしは日本人に余剰品を売るのは、どうも気分がすっきりしないので、お友達に紹介してもらった、ガレージセールのプロ(カバリ)にお任せすることにした。マージンは売り上げの10%かかるが、壊れた家電品に使用済みのテニスボール、セットくずれの食器、飲みかけのアルコールにいたるまで綺麗に売りさばいてくれるというのだ。船便を出した後、お父さんの必要最低限の物以外は、売り払うつもり。いただいた「どひゃまんて」の数々もぜーんぶ売るぞぉと思っている。

 Mさんから、ポット・ラックのお集まりがあるので、お裾分けと桜もちが届く。うれひ〜ぃ。今年は、忙しくてとてもひな祭りは、出来そうにないので、うれしかったわ。そういえば、Mさんちは、お嬢さんのお雛様もすでに綺麗に飾られていたっけ。春のお裾分けは大歓迎だわ。
おすそ分けの桜もち
 電話の回線が雑音がすごいので電話局の人を呼ぶ。修理完了後、係りの人から確認の電話。その後再び、音声テープで「(ヒンディー語でアナウンスの後)英語で聞くなら1を、ヒンディー語なら0を押してください。」というので指示通り1を押す。テープが、切り替わって「電話の状態を調べています。よく聞こえたら1を、雑音が入っていたら0を押してください。」1を押したら「サンキュー」をいってテープは切れたのであった。いや〜インドでも音声アナウンスサービスがあるんだね・・・。ちょっとびっくり。連絡してから2時間で直ったのもびっくり。でも、電話回線がおかしかったのは、3ヶ月以上前からであった。電話会社の人が来るまでが長かったのだけど。

 今日は、水の問題もある。どうもタンクの水量が減って自動的にポンプで汲み上げるシステムが上手く作動しないらしい。オーナーのDr.シンが珍しく上に上がってきて、「わるいわね、修理人にはよく言ったから・・・。」と侘びに来た。ちょうどパンを焼いていて真っ白な手で出迎えたら、「なんてグッド・ワイフなの」なんて言われてしまった。リビングで、「ピアノがあるのね。」というので、「売りたいと思っているのですけど。ご興味ありますか?」と聞いたら、「弾かせてもらっていいかしら?」と弾いてみている。「娘時代にちょっとだけね。」と謙遜していっていたが、なかなかの腕前。「私が欲しいところだけど、考えさせてね」とのこと。Dr.シンはロンドンで女学校とカレッジを出ているのだ。今日もラムウールの素敵なモスグリーンのカーディガンをグリーンのサリーに重ねて着ていたが、とても清楚でエレガント。エルメスのこげ茶のクロコのバックがサリーととても似合う。インド人女性としては、珍しくDr.シンは太っていない。お医者様だけあって、健康管理やスタイルには気を使っているのだろう。「何でも言ってね。お困りのときは・・・。」といい終えて、自らハンドルを握って運転してお出かけしていった。かっこいいぞ!

 家の片付けと雑事だけで、終わった一日。グッド・ワイフな日だわ。
野鳥があつまる木立2月15日(日)

 のんびりと寝坊して起きる。「腹減った」が口癖の男の子たちの朝食の用意。パンケーキを焼いたら大好評で、メープルシロップをかけて食べること、食べること。お父さんが作った大きな厚焼きのスパニッシュ・オムレツ(マッシュルーム、玉ねぎ、トマト入り)もペロリ平らげ、元気にバスケット・ボールをしに飛んでいった。今朝4時ごろまでおしゃべりしていたらしいが、元気がありあまっているみたい。

 ここ数日、ムスタファさんに先を越されて草花の水遣りが出来なかったのだが、今日はのんびりと如雨露で水遣りをする。たっぷりのハーブティーを大きめのマグに入れて、本日もテラスで読書。いいお天気の日曜日。お隣の生垣との間の木々にたくさんの野鳥が集う。メジロに似にたのと、ウグイスのような色で尾がかなり長めでエナガに似たのや、カシラダカの一種のもの、ヒヨドリなどが、膨らみ始めたパパイヤの実を目当てに集まっているらしい。一番高い木のテッペンには、縄張りを張っているらしい鳥がメジロににたさえずりで可愛くないている。久しぶりにバードウォッティング用のフィールド・スコープを出してバードウォチィングを楽しむ。我が家は日本野鳥の会の会員で、日本鳥類保護連盟の子供鳥博士の認定を受けた筋金入りのバードウォチャー家族なのだ。アグラへ行く途中の湿田(塩田)には、アフリカからの渡りの鳥が今の季節多くやってくると言う。出来れば近いうちに観察に出かけたいと思っているのだ。
2月14日(土)

 バレンタインデー!
気になる、気になる息子である。帰宅した息子に「ねぇ、ねぇ、どうだったのよぉ?」と探りを入れたが、難しい年ごろゆえ、「うるさいなぁ、こういうことは、いちいち親に報告なんかしないんだよぉ。聞くなよなぁ〜」とつれないのだ。でも、帰宅直後に「部屋に入ってくるな!」というので、こっそり包み紙を開けるらしい。うふふ、青春である。母としては、「チョコレートもらえて良かったね」なのである。(←イチオウ心配しているのだ)お父さんが、会社のOLからが義理チョコをもらうのも、気になるのだが、息子がもらえないのは、もっと気になる。
アメリカン・スクールのフードフェアタイのブース
 アメリカン・スクールで学校近くのスラムの子供を支援するチャリティー活動のフード・フェアーがあった。こうしたバザーもしっかり目的があって行われるのは気持ちがいい。材料費と手間はお母さんたち持ちで、売り上げは、全額が寄付されるそうだ。各国の意地(?)にかけて、国別のブースはお国料理が並ぶ。食文化は様々なれど、こういうときは断然、欧米系のケーキやクッキーのブースよりもアジアのブースのほうが人気である。タイの青パパイヤのサラダや、グリーンカレー、ルンピア、インドネシアのナシ・クラパとサテ、韓国のキムチと韓国海苔巻き、台湾の蒸し餃子と春巻き、日本ブースは海苔巻きとから揚げであった。大盛況。アジアのご飯は美味しいのだよ。唯一、人垣が多かった欧州は、イタリアンブースのピザーとラザニア。テイクアウトしたら、食べたお父さんはお腹をもろにこわしました。(苦笑)食べつけないものはやめましょう。

 今日は、我が家で「お泊り会」。中3と中2の男子たちである。いや〜、食べる、食べる。ムスタファさんが、張り切って作ったコロッケ、はるさめサラダ、トン汁、ほうれん草の胡麻和え、おにぎり30個をぺろり平らげました。後は、太郎の部屋にこもって明け方まで多いにダベったらしい。「お泊り会」なんて子供っぽいから「パジャマ・パーティー」にしようぜなんていってました。やっていることは同じなのにね。

 パジャマ・パーティーで盛り上がる子供たちをよそに、夜、お父さんとわたしは、会社の厚生福祉で労働組合から年に数回送られてくるDVDで映画をみる。以前はビデオテープだったが、近頃はDVDの映画になった。画像が本当に綺麗。リビングのテレビは、オーディオのスピーカーにつないであるので、音に関しても大迫力である。今日、観たのは「裸足の1500マイル」(Rabbit Proof Fence)、オーストラリアの先住民アボリジニの混血児の白人社会同化のための隔離政策の話。脱走して収容所から母の待つ村までを歩く少女のお話。植民地化の歴史の中で白人たちは、白人文化の絶対優位、自国の言語教育の強制、キリスト教布教は、かくも残酷にそこにすむ人々の心の中まで侵略しようとしていたのだと思うと、昔も今もちっともそういう意味では進歩してないじゃんという思いと、我が家のデヴィちゃんに英語を習えと言うのは、同じように文化的な侵略かな〜と思ったりもしたのだった。日本も近隣国にそうして来た歴史がある。これは絶対教科書からはずせないと、わたしは思うのだが。

2月13日(金)
カーテンのタッセル
 昨日の日記に、もう買うものは何もないと書いたのに、帰国した友人から昨夜「日記を読んだよ。もう買うものがないの?」と、メールをもらった。「カーテン用のタッセル買ってきて!」・・・そうだ、忘れていたぞ。カーテンのタッセル。お友達の家で見たゴールドのパーツが付いているゴージャスなタイプのものにして!との御依頼。Lajpat NagarにあるHome Saaz(Central Market Lajipat Nagar)へ行くとあるからというので行ってみた。うふっふ、安いぞ!こんなに大きくて立派なカーテン・タッセルがなんとRs185だぁ。リビングのカーテンは無難色が多いので、タッセルでアクセントをつけたい。私は自宅のカーテンの色も決まっていないのに、ベージュやグリーン、ブルーのカーテンにあいそうなタッセルを物色。実家のリビング用に頼まれもしないのに何色が買ってしまった。あ〜、悲しき物欲よぉ・・・止めを知らない強欲さという感じだわ。

 後は、本棚の整理よろしく、読みたい本を一日中読んでいた。今日読んだ本は、沢木耕太郎の「無名」。駐在中に父を亡くした私たち夫婦にとっては、痛いほどよくわかる本だった。3周忌で出てきた亡父の遺品、若いころの回想録(シベリア抑留のもの)は、今年孫娘の麻子が、戦争体験をまとめる日本史学習の資料としてパソコンで清書して、家族で読んだばかりであった。とても似ている「残された者の想い」が重なって、なんともいえない読後感であった。家族のこうした小さな歴史、ナマステムンバイもいつか私たちの血を引いた孫とかが読むことがあるのだろうかと思ったりした。
2月12日(木)

 製造停止になってしまったシーツ帰国に向けて、買って帰るものは何があるだろうかと考えたが、特にインド製品だから、どうしても持ってかえりたいものは特にない。安くて買いだめしておいてもよさそうだなと思うリネン類くらいは見ておこうかと、Fab IndiaやYAMINIに行ってみたが、私がお気に入りのバスマットもキッチン用のフキンも、バスタオルもほとんどモデルチェンジしてしまってお気に入りが見つからない。Fab Indiaのフキンはみんなフリンジが付いてしまって毎日洗うものには使い勝手が悪い。新作はほとんど原色のタオル類で私の好みではない。ムンバイ赴任直後から使っていたYAMINIのお気に入りの葉っぱが同系色で刺繍してあるシーツとピローケース(写真右)は、製造停止になってグリーンの在庫があるだけだった。ホテル仕様の真っ白な厚手のバスマットもようやくJagdedストアで見つけたけど、オフホワイトしかない。
まぁ、日本に帰れば高品質でグッドデザインのものがあるのだから(でも高いけど)と、何も気に入らないものを買う必用はないと思って本日の買い物はほとんど空振りであった。インドの場合、気に入ったものはそのときに買わないとすぐになくなる。一期一会なんだよね。デリーのほうがこうしたリネン類はお粗末で、やっぱりボンベイダイニングなどの染織工場を控えたボンベイの方がずっとおしゃれな品揃えであった気がする。
ココナッツ・ボール
 キリム風のラグスンダルナガールで頼んでいたマハラニ・ダバを受け取る。なかなかいい出来で満足。友人に頼まれた土産もの。隣のガラクタ屋で欲しかったココナッツの木をくりぬいて作った大きなボールを発見。本当は今日は、ハウスカス・ビレッジの骨董やで買うつもりだったのだが、昨日の爆破テロのためにIIT(インド工科大学)の近くには寄りたくなかったので、ちょうどよかった。ハウスカスで750と言われていたのを500ルピーに値切る。おじさんに念入りに磨いてもらって持ち帰る。何に使うかというと玄関に置いてスリッパ入れにしようと思うのだ。2年かけてようやく買った最後のインド土産かもしれない。

 インドの土産にはカシミールのシルクカーペットが有名であるが、我が家にはアレルギー体質の家族がいるので絨毯は買わない。行商のおじさんが何度も電話をくれるけど(なぜ私の家の電話番号を知っているのか不思議だが)ケンモホロロにお断りしている。もう一つ、カシミール・カーペットは、ご存知のように児童労働の産物でもあるのだ。小さな手で織るほど緻密な模様が出るから、この地方では学校に行かずに子供時代を絨毯製作に明け暮れる子供が多いのだ。産業として成り立っている以上、買わないというのもこの村をダメにするのである。さらに、私が買える金額のカーペットは子供じゃなくて大人の仕事(模様が大きいと価格が安い)のであろうと思うけど、心理的にどうしても子供たちのことを考えると私はカシミール・カーペットを買う気にならないのだ。

 木綿のお店(Fab India)で、キリム風の木綿のラグを見せてもらう。アレルギー体質の人がいるので買う事はできないが、このビビットな色には惹かれるなぁ〜。こちらは大人の仕事もしくは機械織り。値段も3000ルピー位と安い。目の保養だけ。

2月11日(水)

 今日は、デヴィちゃんにYシャツの襟と袖の汚れにブラシをかけて下洗いするやり方と、ウール用の中性洗剤でセーターを押し洗いする方法を教える。先日彼女が洗ったセーターも、もう一度洗いなおす。形を整えて干さなかったので、無残に肩にハンガーの形がついて伸びてしまったのだ。形を整えて平たく干す方法を教える。

 人工的な黄色の蘭の花長い休暇に出る人から、「たくさん花束をいただいたのだけど、留守にするから、もらってください」と先週大きな花束をもらった。好きな花もあったけど、中に色インクで染めた蘭があって、黄色と、青・赤インクで真っ白な蘭を人工的に吸い上げる水から染色した花が混じっていた。お花をもらうのはうれしいが、こういう悪趣味な花は困惑する。本来自然にない色の花は、毒々しくちっとも美しくない。真っ白な蘭のままのほうが何倍も美しか大好きなグラジオラスろうに、とても残念。花瓶の水にもインクが溶け出して、一緒に活けたあった白い小花も赤みが染みてくる。早く散って欲しいと心ひそかに願いながら水かえをしたが、以外にこういう花は長持ちしてさらに困惑する。

 わたしは、真っ白な花をどっさり大振りの花瓶に生けてリビングに飾るのが好きだ。デリーでは白のグラジオラス、百合、カサブランカ、ローズチューブ、蘭など、どれも白い花ばかりをリビングに飾っている。冬は寒そうですこし寂しそうだが、自己主張が少なく、清楚で白い花は好き。色つきのお花をいただくと、短く切ってダイニングテーブルの上にアレンジして飾っている。食卓は色のある花がいいなと思うが、日本の小さなテーブルでは、きっとダイニングに花を活ける事はほとんどないだろうと思うから、ここだから出来ることと、ダイニングの大きなテーブル(200×100センチ)に豪勢に花を盛るようにしている。

 でも、花を活けるときは、自分にちょっと心の余裕があるときになりがちだ。気ぜわしかったり、疲れていると花のことまで気が回らない。それなのに水をかえたり、しなびた花ガラを摘んだり、水切りをしたりは、時には気持ちに負担だったりもするのだ。私の場合、気分が落ち込んだときに花を買うのは、ためらわれる。元気なときに買う花が好き。人に花を贈るときも、負担にならないようにと気を使う。病院のお見舞いもお水がかえられるような元気な患者さん(足の骨折とか、盲腸の手術とか)だけにしている。手術の後だったりするとしんどいだろうと思って・・・。そろそろ送別の季節。別れ際にもらう花束は、結構気持ちの負担になるんじゃないかと思ったりした。

 夕飯のとき、太郎が、先日学校で「命がけのかくれんぼ」をしたと言う。暴漢からの避難訓練だったらしい。ソウルの日本人学校の事件後在外の日本人学校でも対策が練られたのであろう。日本同様、子供の学校に乱入した暴漢に備えて訓練が必用なんてすごく嫌な世の中だ。「命がけで隠れたんだよ、みんなでさぁ。」なんて、子供の口から聞きたくないなぁ。命をかけるなんてまるで戦争の防空訓練みたいだもの。
2月10日(火)

 素焼きの湯のみ使用人たちは、私の留守の間に、定期健康診断を受けた。結核や、肝炎など伝染病がやっぱり怖いから、年に一回は受診してもらっている。今朝診断の結果が戻ってきた。ちびっ子のデヴィは、採決のときに注射でちょっと泣いたらしい。その時のことを、また、みんなにからかわれてムクれていた。コックさんは正常だったけど、マヤちゃんと、デヴィちゃんは軽い貧血が出ている。ほうれん草をたくさん食べなさいねと注意する。

 クラフト・メラちびっ子スィーパー(掃除婦)のデヴィちゃんは、本当にまだ何もロクなことが出来ない。床拭きとベッドメーキングは何とか覚えたものの、バスタブも洗面台の磨き方も、さっぱり上手くない。今日発見したことに、ジーンズも下着も足拭きマットも靴下もハンカチも全部詰め込むだけ詰め込んで洗濯機を回していたことが判明した。さらに、脱水の仕方がわからなかったと言って、びしょびしょのものを干している。見ていないといったい何をするやら怖い。そういうわけで、このごろは、うるさいおばさんのように彼女のすることを観察して、アドバイスをしている。ガラスの拭き方、濡れたシーツをパンパンたたいてから干す方法、ワイシャツの襟や袖口の形を整えてから干す方法。洗面台の磨き方、蛇口の磨き方、お風呂のタイルの磨きかた、濡れたタイルのと拭きかたなどなど。日本の14歳だって、雑巾一つ満足に絞れない子はたくさんいるし、まともな家事なんか出来ないだろうと思うけど、社会に出てお金をもらって働く以上、いい加減は許されないのだから、しっかり仕事を覚えてもらわないいけないのだ。英会話のクラスも行きたくないという以上、ひとり立ちして立派なスイーパーになってもらわないといけない。余りうるさく注意するから、ちびっ子はさすがにちょっとすねてムクレていたので、今日はがんばったからとチョコレートをわけてやった。明日もがんばれば、もっと上手に出来るようになるよ。冷たい水仕事で、手足は寒いだろうし、ほっぺたは真っ赤である。我が家にいるうちにしっかり自立して欲しいものだ。

 Sagarのターリー日本人学校の小学生が買い物体験でハリラヤのクラフト・メラへ行くというので、父母参観を兼ねて私も出かける。(太郎は中学生なので参加していない)クラフト・メラといっても、ろくなものは、はっきり言って何もない。小学生がお買い物体験をするには、価格が手ごろでインドらしいものがあるけど、品質とデザインはショーもないものばかりので、わたしは会場をぐるりと回っただけで終わりだった。素焼きのチャイのカップに使えそうな上薬のかかった湯のみカップがあったので買い求める。6個で100ルピー。

 帰路にデフェンス・マーケットのSagarでターリーを食べる。美味しい!ロティーがプーリーだけでちょっとオイリーなところが難であるが、(わたしはチャパティーをとりなおした)50ルピーでこの味ならね、言うことなし。帰るころには行列が出来るほどの人気の店であった。

2月9日(月)

 昨晩11時から今朝の7時まで停電。ジェネレーターが上手く作動しなくて、炊飯器が使えないという。インバーターでカバーされているコンセントで、慌ててお弁当用のご飯を炊く。

 デリーの春の寄せ植え待ちきれない感じでナーサリー(園芸店)へ行く。まさか、デリーでイングリシュ・スタイルの春の寄せ植えを楽しめるとは思わなかった。ムンバイは一年中暑いので、ブーゲンビリアかハイビスカスくらいしか、庭や、植木鉢で楽しめる花がない。夏の暑さはデリーはムンバイの比ではないけど、デリーには、冬があるのでこうして春の草花を楽しめるのだ。パンジー、デイジー、アリッサム、ナスタチュームを買い込み、寄せ植えの脇役には、カランコエ、シルバーリーフのシロタエソウ、緑のコリウスの替わりに、ローズマリーの苗木を買い求める。よく考えれば、スパイスだけでなくインドはハーブの原産地でもあったのだ。ナーサリーには、サントリナや、セージ、レモングラス、ラムズイヤーなんかもあって、ハーブの寄せ植えも出来るなと思ったりした。値段が高くて手が出なかったけど、桜草や、ビオラ、キンセンカ、バーベナ、ペチュニアの苗もあって、あ〜、あと一年ここに住んだら、来年は種から蒔いて、育てて寄せ植えを楽しんだのにと悔まれる。もしもガーデニングがお好きなら、デリーに赴任するときは、草花の種をお持ちになると楽しいでしょうね〜。
驚いたことに、春のデリーの園芸店には、盛夏に咲くサルビアも、秋のコスモスも一緒に咲いている。ちょっと変な感じである。

 いつものことだが、シャベルを持つと、周りの人が私を放っては置かない。さっそく、チョキダールやドライバーさん、デヴィちゃんが、手出しをしようとするので、これは私の楽しみだから、ほっておいて頂戴!と言ってみても、みんな周りから離れない。隣の建設中のアパートの職人さんたちも興味シンシンで、私の仕事を眺めている。高さのバランスが上手くつけられなかったけど、なかなかの出来でうれしい。明日から、朝、花ガラを摘み、水をやるのが楽しみだ。みんなに「絶対さわるな」と言わないと、早起きした人に先を越されてしまうので、水遣りもままならないのだけど。

 テラスは本当に暖かい。土いじりが終わっても、ヒンヤリと寒い家に入りたくなくて半袖になって日光浴を兼ねて、テラスに出したソファーで一日を過ごす。日焼けは怖いから、麦藁帽子に日焼け止めを塗って、ローズヒップの真っ赤なハーブティーをすすりながら文庫本を読みふける。ムスタファさんが、チキンとトマトにチーズのクラブサンドイッチを用意してくれたので、お昼もテラスでいただくことにした。デザートのルビー・グレープフルーツ皮のマガジンラックもきれいに剥かれて蜂蜜が少しかかっている。優秀なコックさんでうれしいわぁ。なんて優雅なマダムなんざんしょ。家の前は4車線の交通量の激しい道路であるが、まぁ、お台場や、青山のオープンカフェだって、こんなもんさと思えば、気にならない。日が傾き始めた3時まで、テラスで優雅なときを過ごしてしまって、あ〜、デリーレーヌはやめられないなぁとつくづく思うのだった。デリーも住めば都なんだよねぇ〜。

 夕方、YAMINIにキッチン用の布巾を買いに行ったら今日はお休み。となりのTaruniに行ったら、前から他の革製品の店で気になっていた皮バッグがいい感じで小ぶりになって売られていた。濃い茶色というのも気に入った。リビングのマガジンラックにしようと思っていたのだが、前に見た店のは、もうすこし大きいサイズのもので、小さく注文しなおさないといけないなと思っていたので、ラッキー!
2月8日(日)

 マリーゴルドとスイートアリッサム新しい花5月の晴天のようなうららかな日曜日。外は本当に暖かく、ゴルフやテニスにはもってこいのお日和。しかし運動オンチの私には関係ないことで、家の中で本を読んでいると底冷えがする。テラスに籐のソファーを運び出して本を読もうとしたら、ホッタラカシの土がカチコチになった鉢植えが目に付いて、読書を途中で切り上げて、青ジソの鉢の土を耕しはじめたら止まらなくなる。暖炉の灰を混ぜて中和させ、春の草花の土どころ作りに取り掛かってしまった。着ていたセーターを脱ぎ、タオルを首に巻いて麦藁帽子を被ってシャベルを握るとワクワクする。久しぶりのガーデニング熱が再燃。
土どこ作り1階のオーナーのDr.シンのガーデンは昨年同様に隅々まで計画されて手の施された見事なお庭に一斉に花が芽吹きだしている。門からのアプローチには真っ白なスイートアリッサムがお日様の光を一杯浴びてよく香る。香りを吸い込むと新しい季節とインドの春を身体で感じてしまう。アショーカ(マスト・ツリー)の下には大きなキンセンカ、ハーブの植え込みの周りにはビオラが満開。蓮の葉のような大きな茂みにも見たことない新しい花が開き始めている。
 明日は、朝一番でナーサリー(園芸店)に行って、寄せ植えようの草花を買い求めよう。

 午後、お泊まり会を満喫した太郎が帰宅。サッカー、バスケットと思いっきり身体を動かしてきて大満足の様子。倒れこむようにベッドへなだれ込む。一睡もしていないらしい。やっぱり受験勉強よりも充実感がある感じで、徹夜もなんのそのだ。

2月7日(土)
マトンのタンドリー
 インターンシップのNGOでスラムの女の子の地位向上の活動のためにデリーに来ていたNさんが、帰国すると言うので、送別を兼ねてオールドでリーにあるKarimへ行く。例の羊の脳みその有名なお店で、かなり怪しいところにある。ジャンマーマスジット(巨大なモスク)の近くの裏通り。車ではいけない店なのだ。わたしは、インドで食べたカレーの中でここのカレーが一番おいしいと思っている。でも、なぜか今日のバター・チキンはトマトのグレービーが甘めで今ひとつ。ムガール宮廷の伝統の味にしてはオヤ?であった。ムルグ・シャハンギールという、鶏のカシュナッツ・ベースの濃厚なカレーと、スコッチド・エッグの入ったナルギス・コフタは、美味しかった。ここのナーンは、かなり甘めでふっくらしている。ナーンで食べるよりムルグ・シャハンギールとバターチキンもスチーム・ライスかチキン・ビリヤニー(鶏肉ピラフ)、ロマニー・ロティーのほうが美味しいと思う。

Nさんは、来週の帰国後、今度はチュニジアに行く。新しい任地でも日本の女性の活躍を祈っている。がんばってね〜!

 夕食にお父さんのお客様。太郎は、お友達の家に念願の「お泊り会」に行くことになっているので、ムスタファさんに頼んで、串カツをたっぷり30本揚げてもらう。玉ねぎとゆでジャガイモを挟んだジャンボ串カツでなかなか好評。
 デリーに引っ越してきてから、この一年は週末のほとんど、塾のサンデーテストの模擬テストがあったので、週末の休みに友人の家に出かけたり、遊んだりができなかった。学校の施設開放を利用したサッカー教室、バスケット練習などにようやく参加できるので思い切り羽を伸ばしている。婦人会のコーラスの発表会の幕間、座持ちの有志の出演依頼が来て、イタリア歌曲のバスのパートを担当するらしい。こうした余裕も今までほとんどなかったので、残りの日々を思い切り燃焼している感じだ。きっと今夜はオールナイトでおしゃべりがつきないのだろう。タブラーの先生にも連絡して練習を再開しなくては・・・と言っている。

 日中は、爽やかな晴天なのに、夜、石の家の中はシンシンと寒い。お客様はパチパチ燃える暖炉のもてなしを、とても喜んでくださる。私たちの遊び心をわかってくれる大人のお客さまである。炎を見ながらグラスを傾けていると、ついついお酒が過ぎて、今夜もお父さんはちょっと飲みすぎだ。
2月6日(金)

 4日に、無事デリーへ戻ってきました。太郎は念願だった第一希望の高校に無事に合格して、家族でホッとしています。お父さんの仕事の都合とはいえ、15年の人生の半分以上をジャカルタ、ムンバイ、デリーと在外に暮らしてきましたが、本人の希望で、東京の高校へ進学することになりました。希望した学校にいけることになって、本人はとても喜んでいます。たくさんの皆様から激励をいただきありがとうございました。

 さて、このような事情で、義務教育期間中は親の都合で帯同してきた2人の子供たちも、高校進学では、自らの選択で日本へ帰国することになりました。「家族はいつも一緒に」という我が家でしたが、子供たちの希望もあって、いよいよ各自の道へ進むため、家族一緒は、ついにかなわなくなりました。太郎の学校には寮がないため、私も帰国することになり、4月からは長女の麻子と太郎、母子3人東京で暮らすことになりました。太郎の合格は、お父さんの単身赴任の決定でもあります。
 早いものでインドの暮らしも5年が終わろうとしています。赴任時はムンバイに3年と言われてきましたが、多分3年では帰らないであろうとは思っていた今回の駐在、デリーへの転勤となり、お父さんの任期はまだまだありそうです。
 4月から私は、東京とデリーを行ったりきたりする生活になります。インドとは、ちょっと距離ができますし、5年も日本を離れていたので、しばらくは東京の忙しそうな暮らしに、逆カルチャーショックを感じるのではないかと思っています。

 1ヶ月ぶりのデリーは、ちょっとだけ変わっていました。(カーンマーケットの駐車場がきれいになったとか、草花が一斉に咲き出してきれいとか)。お留守を守っていたサーバントさんたちは、一生懸命にやってくれてはいたようでしたが、カビの生えてしまったバスルームや、黒ずんだ洗面台やバスタブ、埃っぽいレースのカーテンなど、一人でお父さんが暮らしていたために手が入らなかった汚れが目に付いて、帰国後早々にあちこちお掃除したり、サーバントさんたちに指示したりしてます。冷蔵庫の期限切れの食料を整理したり、洗濯で固くなったバスタオルを全部新しくしたりと家の中の仕事は山積みです。湿度できつくなって開かなくなったクローゼットやたんすの引き出し、流れの悪いトイレの水、焦げてしまった電気プラグの修理などあちこちの修繕のために修理人を手配したりといつものインドの暮らしですが、それももうしばらくすると終わりと思うと寂しいです。お父さんがこの後、一人でこれをするのかと思うとまたちょっと気の毒で、センチな気分になったりもしています。太郎も必要なくなった参考書や問題集を整理し、インドでの写真や学校の資料の整理をしています。

 長いインド生活では、もう思い残すことはほとんどなく、十分ここでの暮らしを堪能したと思うのですが、一人残していくことになったお父さんがちょっと不憫です。千路に乱れるこんな気持ちを少しづつ整理しながらデリー暮らしのカウントダウン、もうしばらく帰国まで、デリーレーヌざます!に、お付き合い下さい。