Diary

ちょこ
デリーレーヌ ざます!


〜ダーリン慰問のちょこっとだけデリレーヌの夏休み滞在記〜

8月20日(木)
血が繋がっていそうな娘たち
 ついに帰国の日が来た。悲しい。もっといたいデリーです。

 今回、たったの5ヶ月ぶりではあったが、デリーはまた変わっていました。どんどん欧米化がすすみ、もう誰もが想像する「貧しい大国」というイメージがドンドン変わって来ています。その一方で、依然として、ムスタファさんの困難や、マヤちゃんの将来の心配(間違っても働かない旦那との間に子どもを作らないように)もあります。娘のお古を着たマヤ&デヴィ姉妹は、娘の麻子とそっくりで3姉妹って感じになるのだ。姉妹の将来も気になります。

 ダーリンは、私たちが帰国後、一人で寂しいかと思ったら、「ようやくいつもの平穏な暮らしに戻ったよ」ということでした。もう、家族が訪ねても、それは非日常で、お父さんにとっては、単身赴任がいつもの暮らしになっているのだと思うと、ちょっと複雑です。

 でも、またたくさんのお友達と再会できたし、ムンバイの親友たちとも再会できたので、とても楽しかったです。
次はいつあえるでしょか?オフ会でお目にかかった皆さん。またお会いしましょうね〜。

 
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 その名にちなんで
新潮クレスト・ブックス
帰国のスーツケースはインド土産がぎっしりです。サイトをご覧になったり、親しい友人に頼まれたインド雑貨がたくさん。近々、時間が出来たら、新サイトでご紹介してネット販売とかも実現できたらいいなと思っています。YUKKEの厳選こだわりインド雑貨、ご興味あればまた、アクセスくださいね。

 帰国して、ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」を読み始めました。自分がインドに適応していくまでの過程を主人公の母親に重ねて読んでいます。

さぁ、また気合を入れて、ダーリンの健康を祈りながら、東京でがぁんばるわ〜。フィール・メレンゲ!




麻子がゲットした小粋なお買い物、ご披露しちゃいます。★

 銀製のポットお嬢たちは、コンノート・プレイスのような、バックパッカー御用達の街には見向きもせず、サウス・エクステンションに出来た、スペインブランドのMANGO(F-48 Saouth Extention New Delhi)とか、TOMMY GIRLとか、NINE WESTで「やった〜、日本よりも、ずっと安いじゃん」とインドでブランド品ショップの誕生に色めきたつのであった。ついにインドでもこうした洋装が受け入れられてきたって事よね。しかし、インドに来てヨーロッパブランドの服やサンダルを買わなくてもいいでしょうと、私にたしなめられてたので、ならばとばかりに麻子が選んだ自分のお土産は次のものでした。あんたねぇ〜、高かったわさ。「これ、今年の誕生日プレゼントって事にしてもらうからね。」ということで、しぶしぶ財布を開く母である。

カンタのベッドカバー銀製のふたつきポットは下がガラス製になっている。麻子は早速コットンボールを入れて、鏡台の前に置いた。右の壷には腕時計やネックレスを一時保管のジュエリーポットに、小さなコインサイズのピルケースには、夜寝るまえに、はずしたピアスを入れている。南インド特有のマンゴの鈴つきのアンクレットは、デリーで探すのが大変だった。やっぱりこれはケララやチェンナイで買いたいものである。

 カンタの総刺繍の抑え目な赤のベッドカバー、タッサーシルクにシルクの糸で刺繍してある。裏は木綿の袋仕立てで、4隅には小さな木のビーズがついたフリンジ。CCIEで1点ものを展示室で買った。こういう作品は一期一会だから、この機会を逃すと二度とは出会えない。“いよっ”とばかりの決心で購入。すごく高い!2万円以上の作品だ。YAMINIのゴールドシルクのクッションを乗せて娘はご機嫌である。大事に使ってね。秋になったら、今使っている真っ白なミラーワークのベッドカバーと交換するらしい。これは冬用なんだそうです。近頃、インテリアの研究に余念がない娘なのだ。

8月19日(水)

 メンディーをしてもらう今日は、お買い物三昧である。それも娘たちのお付き合いです。自分の買い物じゃないと気合がないらない。

サロジニ・マーケット、コテッジインダストリー、アンバワタ・コンプレックス、カーン・マーケットなどなど。インド版のセブンティーンを買ったり、インドのサンダル買ったりして、ご満足のお嬢たちである。お昼ごはんは、再びDOSA。レシミカバブのカティーロールも食べたいと言う娘のために3CSに行ってテイクアウトする。しかしこの2人のお嬢は、インド料理もなんでも、ものすごく食べて、ものすごくよく寝る。全然お腹も壊さないたくましさでおどろくわ!
カタックのレッスンコテッジインダストリーで、観光客向けのメンディーをしてもらう。50ルピー。お嬢たちは大満足でキャー、キャーはしゃいでいる。

夕方、ミヤビさんのカタックのお稽古を見学させていただく。エリナちゃんはダンス部なのだ。だからインドの舞踊にもものすごく興味がある。ジョルバーグのお教室に集まった生徒さんたち、ものすごくかわいい!9歳くらいから12歳くらいまでの良家の子女たちのお稽古って感じで、12日のお祭りに踊るクリシュナのバター事件お話を習っていた。足の鈴がシャンシャン鳴って愛らしい。突然テレビ局がグル(先生)の取材に来る。生徒たちは足の鈴が鳴らないように、録画にノイズが入らないように言われるが、ジットするのが大変で、小さなクスクス笑いを我慢するのに必あんよの鈴至で、その様子も「いとおかし」って感じだ。夕方なので、お母さんたちが、きちんとお迎えに来ていて、何処も娘のお稽古事は、親の熱心さにかかっているのだ。

 子どものレッスンの後に、ミヤビさんと大きなお弟子さんたちが登場して、気迫ある練習。すごいです。
感激のレッスン風景でした。31日のリサイタル、がんばってね!

 夜、シャワーの水がでない。仕方ないからバケツも汲み置きの水で何とかする。でもエリナちゃんは平気そうである。このあたりも、たくましいのでありがたい。
8月17日(火)

 ハードなインド旅は続く。

 本日は、タージマハールへ日帰りである。やっぱりインドへ来た以上、エリナちゃんにもタージマ・ハールは観ていただこうと思って。しかしアグラへの道はものすごくよくなっていて快適なドライブであった。5年前とは大違いである。さすがPETHAスポンサーがついて観光資源開発に力が入ると違うのね。タージは、数年前からムンバイのタージマハールホテルを経営するタタ財閥が遺跡保護のためにスポンサーになっている。インド政府だけでは世界遺産保護の予算がとても出せないからね。きれいになって、タージマハールには、そよそよと噴水も出ていた。5年前はみどりのドブ池だったのに。ちょっと感激。アグラまで、200キロといえば東京〜軽井沢くらいなものだから、渋滞しなければあっという間である。途中、遭難しそうなほど大雨に見舞われたけど、この道がよくなったおかげで夕方にはデリーに戻れちゃうのだからすごいわ。

 まぁ、タージは2度目なので感激は少ないけど。世界の観光客よ!やっぱり靴カバーはやめようね。日本人だって日本のお寺に入るときに靴脱ぐのやだからといって靴にビニールカバーして畳みを歩かれたら嫌でしょう?最近は靴カバーをしてそのままタージの内部に入れるようになっているのだ。これはやっぱり困るよね。裸足になるのが嫌なら、せめて靴下履くとかしてよって感じだ。私はいつもインドの史跡で裸足になるために濡れたタオルをビニール袋に入れて持参で行く事にしている。使い捨ての古いソックス持参もいいと思う。いくら汚いと思っても神聖な場所に靴だけは、ちょっとね〜。

 帰り道にドライバーのスシルさんが、アグラ名物PETHAを買うというので、急いで追いかけていつものように「それは何?」といって試食させてもらう。うーん、甘い。サトウキビのナタデココという感じでゼリーみたいなお菓子です。スシルさんは、心臓にいいといっていましたけど、何が効くんだかよくわからなかった。5箱も買っていた。甘すぎて、ちょっとね〜。日本人は買わない方が無難である。

 夜は、疲れたので、ハイアットでイタリアンをいただく。娘は大満足。私はかなり酔っ払ってしまった。ダーリンいわく。
「そろそろ、お役目ご苦労だな。」だって。あと2日だ。帰りたくないよ〜。

8月16日(月)
サルマン・カーン&プリヤンカ・チョップラー
 麻子はサルマン・カーンが大好きである。殆どのサルマンの映画を見ているはずだ。

 今回のインド滞在の彼女の最大の目的は、サルマンの新作映画を見ることである。午前中、ウエストエンド行って、2人のお嬢たちは、クルタパジャマとサンダルをゲット。マクドナルドでマハラジャマックを食べて、映画コンプレックスのサケットでMujhse Shaadi Karogiを観る。あらすじの日本語版はアルカカットさんのこれでインディアをご覧くださいね。しかし、いつもどうり脳みそは全くいらない映画であった。監督デビット・ダーワンはコメディー映画の天才であるけど、我が家が、ヒンディー映画にはまったのは、この監督の「チャル・メレ・バイ」という映画で、同じようにコテコテなサルマン・カーンが主役だった。
ひき逃げ死亡事故というべき、一時は俳優生命の危機にも遭遇したサルマンであったが、これくビンディー探しに夢中になるお嬢たちらい有名俳優となると、あっけないほど死亡事故の汚名などなんでもないのである。プリヤサルマンとアクシェインカは私がムンバイに赴任したときにミス・インディアになった女優さんであるが、本当にキレイで成熟している。やっぱりこれくらい、インドの女優さんにはウエストがキューッとしていて欲しい。今となっては、あらすじは殆ど思い出せない。それくらい脳みそが必要ない映画なのだ。久しぶりにヒンディー映画を楽しむ。やっぱりインドの映画は、現実逃避にはもってこいだ。辛いとき、人生真面目にまじめにやちゃいられないさと、思うときは、映画に限る。インド人と同じ気分だわ。インド最大の娯楽というのも充分頷ける。

 帰路、ローカル・マーケットのサロジニに行く。月曜日はこのマーケットは休みだということを忘れていたが、開いている数件の店で、お嬢2人はミサンガみたいなラキのブレスレットと、ビンディー(おでこに貼るシール)を買うのに夢中である。たしかこのあたりに安いオーガンジーのお店があったはずと思いながらも、娘たちから目を離せず、夕方のマーケットは混雑している。2人は、母の心配をよそに、たっぷり日没まで、お買い物を楽しんでましたね。


8月14日(土)〜15日(日)

 朝早く、リシケシュに向けて出発する。
この夏唯一の旅行、癒しのガンジスヒマラヤの麓アーナンダへ行くのだ。詳細は、おしゃれインド旅「癒しの聖地 リシュケシュ」を見てね!
8月13日(金)

 元気一杯の高校生の娘たちを連れて、デリーの市内観光です。

 一日ガイドを泰子さんのワイズコネクションでお願いして、ビルラ寺院でヒンズー教のあらましを聞き、、オールドデリーをリキシャでまわりイスラームの世界を垣間見て、南インドレストランでDosaを食べて、フマユーン廟、クトゥブミナールなどを見学する。途中、雨が降って予定が変更かと思いきや、雨雲は私たちを難なく避けてくれたようで、見学地では降られることなく終わる。最後に、ガンジーが暗殺されたガンジーハウスを見ておおよそのインドの歴史を振り返った。流石に世界史の1学期の試験範囲だった麻子は、ガイドさん顔負けにインド史に詳しい。ムガール帝国の歴代の皇帝名などはすらすら言えちゃうのだから現役高校生って感じだ。私もようやく、バーバル、アクバル、フマユーン、シャージャハン、オウラングゼーブ・・・・とか、腑に落ちて理解した感じだ。

 夜はムスタファさんご自慢の和食ディナー・エリナちゃんが、「全部ムスタファさんが作ったのぉ!」と目をむいて驚く。そうなのだ、優秀なコックさんである。

 ここで、ちょっと、コックのムスタファさんのこと。

 
 先日、ベッドから落ちて意識不明になった娘さん(9歳)の容態が思わしくない。まだ、頭痛や発作が続いているようだ。ムスタファさんの奥さんも日本人の家庭でお手伝いさんとして働いている。今までは、夫婦がともに働いているときは、この9歳の娘さんが5歳の妹の面倒をみていた。しかし、今は具合の悪いお姉ちゃんを、小さな妹が不安一杯で見守り、容態が変わると、お母さんを呼びに行くか、ムスタファさんが、家に置いてきた携帯電話から我が家に電話してくる。ようやく話せる片言の英語で「ムスタファ・プリーズ」と助けを求めるように、電話口でいうのだ。先日のCTの検査は2000ルピーもかかったそうで、これだけでもムスタファさんは驚きと困惑なのだ。何しろ月給の半分くらいする医療費だ。さらにこの検査でも詳細がわからないとなるとMRIの検査となるが、これが8000ルピーもする。ムスタファさんにはとても都合できる金額ではない。でも、かわいい娘のことであるから必要ならば、私たちは援助は惜しまないと言ってみたが、これは自分の分を超えたものだから、そこまでしなくてもいいというのである。おおよその原因はベッドから落ちての打撲というよりは、前から頭の中にあった悪性腫瘍か、多分結核菌から腫瘍のものであろうと思われる。これが原因でひきつけたり、頭痛をおこしたり、めまいを感じているらしい。

 ムスタファさんは、現在奥さんが働いている家庭のサーバント・クォーターに家族ですんでいるが、この家庭の帰国が決まり奥さんは解雇となる。これから医療費もかかるから、今までどうりに後任の家庭で働かないかと言われたそうだが、「今までは、気心が知れて、妻にもマダムが優しくしてくれたので、小さな子どもがいて、不都合があるときも休むことができたし、働く時間を融通してもらうことも出来たが、新しい家族に入って、同じような待遇で働けるとは限らない。まして上の娘がこうなれば看病に時間が割かれて、仕事がおろそかになり迷惑をかけるから。」といって譲らないムスタファさんである。これくらい正直で、馬鹿真面目な誠実な人なのに、何ゆえこんなに次々と大変な困難が繰り返されるのであろうか?昨年は自分の実家(オリッサ)が洪水で、すっかり家は流されて全壊した。そのために我が家からもたくさん前借をして家を新築し、ようやく借金の返済が終わったばかりである。

 ムスタファさんの奥さんの仕事が今月で終われば、我が家のサーバント・クォーターをムスタファ一家に提供して、そこに移ることになるだろう。今、住んでいるマヤ&デヴィ姉妹には、新しいサーバント・クォーターに移る手配をする。マヤ&デビ姉妹もムスタファさんの窮状を理解してくれた。ムスタファさんの奥さんにも、時間があるときに我が家での手伝いをしてもらえば、少しはサラリーに上乗せして助ける事もできるが、お互いに貧しい身の上の姉妹を追い出すのは忍びないとムスタファさんは辛そうだ。マヤちゃんの旦那が、もう少ししっかりして働いてくれたらば、若い3人くらいなんとか住む家も見つかろうが、何しろいつものことだが見入りのいい女性には働かない夫が付いているのが貧しい国のおきてだ。旦那はマヤちゃんに、寄生している現状だ。あちこちの奥様たちに相談してマヤ&デヴィ姉妹のサバント・クォータを手配した。新しい働き口も見つかったようでひとまず安心。

 ムスタファさんが言った。

 「マダムはお金持ちで家庭も暮らしも、大きい。だから私より考えることも悩むことも大きいから大変です。でも僕は貧乏で、暮らしも人生も小さいです。だから僕の悩みなんかマダムに比べれば取るに足りない小さなことです。どうぞ、これ以上、僕たちを心配しないで下さい。」と、いってMRIの診療費を拒み続けるのだ。正直、こういわれたとき、私はこみ上げる涙をこらえるのが必至だった。
なんて人生は残酷なのだろう。
 私たちの援助の手を頑なに辞退してしまうムスタファさん。すっかり諦めてしまったムスタファさんである。世界中の親なら誰もが、自分の子どもに、健康で幸せであって欲しいと最善をつくすであろう。しかし、「あきらめること」にすっかり慣れてしまった人たちも、またそこにいる。手術が必要なら、援助だってしてあげる、なんとか娘さんを助けたいと思っても、こういう人生だからといって頑なに拒否されてしまうと、私はどうしていいか正直わからなかった。

 たぶん、ムスタファさんは、娘さんの病気は、そう長くは持たないと思っているようである。
とても辛い。悲しすぎる。
今までで、一番悲しいインドだ。
8月12日(木)

 古いリスト・ウォッチ今日も忙しいビジネスマンのダーリンをほっておいて、ムンバイのお店が開くのを待ってお買い物。クリスティーヌで白の刺繍ブラウスを買う。私のお気に入りブティックなのだ。

 午後1時、飛行機のフライトぎりぎりまでの買い物だが、途中いきなりなじみの骨董品店のオーナーから電話が入る。「いいピアジェとカルティエがあるけど・・・。」とのことだ。ムンバイには、こうしたアンティークとまではいえないが、中古で、50年位前の昔の手巻きのリストウォッチや懐中時計の店がある。時計コレクション好きの駐在員たちにはたまらない店である。手巻きのロレックスの小ぶりなものなどは今でもマダームを魅了してしまう。私はどちらかというと成金風なロレックスよりも上品さとシンプルデザインがお気に入りなので、薄型のカルティエか、ピアジェが好きだ。時計フリークのダーリンのコレクションは、私の知らない間に随分と増加している様子で、オーナーのおっちゃんはこちらの好みを知るつくしているので、わたしたち好みの薄型で、シンプルな手巻きの50年物を次々と披露してくれる。欲しいものばかりだわ。気になるお値段ですけど、カルティエの50年物で、5万円くらいかな。昔風に分解掃除とかして使えるようにして、皮のベルトの止め具も18金、ねじ巻きも昔ながらのサファイヤつきのものです。

 今回は断念したけど、小さな懐中時計。和服にとてもよさそう。当時のインド人が、イギリス留学時代に買ってもらったものとか、マハラジャの紋章入りとか、金の彫り物もインドチックな文様で素敵だ。和服用の小ぶりで薄型が今回はなかったため、次回には是非とお願いしておく。ダーリンが出張のときにでも寄ってもらい、デジカメで画像を送ってもらいたいと思っているのだ。お店がどこかはちょっと教えられないのよね〜。スミマセン!おなじみさんになっていないと骨董は、難しいものね。

 夕方、麻子が、お友達のエリナちゃんと到着。私は、親戚以外のよそのお嬢さんをインドで預かるのは、今回はじめてなので緊張。お腹壊したりしないといいけど、ちょっと心配。
8月11日(水)

 午前中は、お家でぶらぶらして、夕方のフライトで、ムンバイへ行く。ジェット・エアーのイケメン・キャビンアテンダーは本当に選び抜かれたインドハンサムばかりで私は毎回、すっごくご機嫌である。多分世界で一番イケメンぞろいの航空会社ではないかと思う。スッチーさんは、まぁインド美人ではあるが、普通って感じですが。今回もサルマンカーン見たいな本当に美しいハンサムさんでありました。そういったら、「いかにも中年オバサン的な観察力だ」とダーリンに呆れられてしまった。

 ミセス・スワミの家に直接赴き、再会をじっくり楽しむ。予約しておいてくださったムンバイ一番の名門クラブ「ボンベイ・ジム・カナー」で心行くまでのベジタリアン・カレーをご馳走になる。やっぱり私はムンバイのカレーが一番好き。あっさりした味付けでいくらでもいただける。中でもオクラの薄切りを油でカリコリに揚げて、マサラまぶしにしたくリスピーなオクラカレーは絶品でした。ミント入りのパラータもいつもながら美味しい。ミセス・スワミのお嬢さん(といっても、私と同じくらいの年齢だが)のアイーシャも忙しいのに来てくださって、再会を喜ぶ。いつもながらホッソリとして、スタイルは抜群。とても同年代とは思えないくらいキレイにしている。サーモンピンクのパンツがかっこいいわ。

 ミセス・スワミーのフラットに戻ってから、隣に住む婚約が決まったブリンダにお祝いを言う。夜の10時過ぎだというのに、ジムから帰っきた所とのことだが、いつもながら、華奢な身体にぴっちりなミニスカートのワンピース。インドではとても珍しいスタイルだ。さすが新進のデザイナーである。日本での先月の展示会のあと、新聞にでかでかと展示会の様子の記事が写真入で載ったために求婚の嵐だったそうで、幼馴染のクラスメイトが、それを聞いて焦って「プロポーズしてきたのよ、だから決めちゃたと」とのこと。あらぁ、ブリンダは選り取りみどりだったのね。どんな方?と聞けば、「ネピアンシーロードに住んでいて、証券アナリスト」との返事。うーん、やっぱりステータスにこだわる現代のボンベイっ子だわ。ネピアンシーロードはムンバイの白金台か麻布って感じのお屋敷町なのだ。ネピアンシーロードに住んでいるといえば、たいていのムンバイの商店でも、日用品くらいなら現金払いでなくて付けで買い物が出来る位のステータスなのだ。それくらい高級住宅地である。さしずめブリンダが住むアルタマンタ・ロード(日本領事館もある)は、青山か?ブリンダは、生粋のボンベネーゼなのだ。
 「結婚式は?ヒンドゥースタイル?」と聞いたら即座に、「まさか、契約式だけのシンプルウエディング!無宗教だし、こだわらないから・・・。」とのこと。そっとショーバ・ママのほうを見れば、「私たちもそれでOKなの。古いしきたりは、彼女にはナンセンスらしいから」とのことだった。「じゃブライタルドレスは?」と聞いたら、モチロン自作のサリーでとのことだった。ブリンダが自分でデザインするウエディングサリー!今からとても楽しみだ。結婚式は12月14日に決まったそうだ。フィアンセは、アクシェイ・カンナに似ているハンサムで、婚約式の写真を見せてもらったら、ボンベイのムービースターがよく着ているような透け透けブラウス・シャツを着ていたのが印象的だった。

 夜中を過ぎてしまったので、急いで宿泊先のオベロイ・ホテルへ行く。夜中だというのに、雨のせいかダーリンはまだ、商用が済んで戻っていないらしいので、先にチェック・インをする。

8月10日(火)

 会社の奥様会に臨時参加させていただく。ここのお宅のコックさんはとても勉強熱心で、素晴らしい懐石料理を作ってくださるので毎回お集まりが楽しみである。今回もKalavaのマンゴクルフィーの話をしたら、早速、マンゴに抹茶アイスとアンコ玉を詰めた印日折衷の和風マンゴークルフィーを開発してしまった。抹茶アイスクリームももちろんコックさんの手作りなのだ。素晴らしい。

 会食後、サントシティ・ショピング・コンプレックスに寄るが特に収穫はない。帰路カーンマーケットの印刷屋さんがたくさん集まるマーケットで名刺と住所ステッカーの印刷を頼む。プリントアウトしていけば日本語でも印刷が可能。名刺300枚で200ルピー。たったの500円。安くて嬉しい。小さなイラストも入れてもらい日本でも使えるオリジナル名刺なのだ。

 夜、日本へ電話。太郎はものすごくつれない返事である。一人置いていかれるのが嫌のか?だって合宿があって合流できないじゃないのとわかっていたけど、ご不満があるらしい。デリーに来たいことよりも、自分の世話をしてくれる人がいないのが不満らしい。14日からの合宿の用意も一人でせよといったので、むくれている。
 麻子は、12日からお友達とでりーで合流。あさってからは娘を向かえて忙しくなるなぁ。フラフラとお買い物ももうおしまいって感じだ。
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 今日は、お友達と再びコンノート周辺をふらふら。新しくできたハンディークラフト・ペーパーショップをみて(はずれたけど)、ビーズのイブニングドレスの店を冷やかし、インぺリアルホテルで、めずらしくインド料理を無視して、クラブサンドイッチなどをチョイスする私である。ここのホテルのティールームはとても素敵。コロニアルスタイルの建物も落ち着いている。
 ラジャスタンのミラー刺繍の古布怪しげなお店が並ぶ露天でラジャスタン刺繍のパッチワークを値切り倒して購入する。これはちょっとサンプル・キルト風に装丁してもらって額に仕立てる予定だ。ビーズやスパンコールなどの色鮮やかな刺繍。でも古着(主にサリーのボーダーや、チュリのハギレ)からのもので、インドの場合、古い衣類は感染症とかも多いから、むやみに古布を買うのをためらわれていたけど、ガラスの額入にしておけば安全かな?ローカル・マーケットで古布を今まで買わなかったのにはこんな訳があるのさ。帰路、ヤシュワントの宝石店を冷やかして見る。やっぱりジュエリーは、ムンバイのほうが何倍もすごかったのでデリーとは比べ物にならないのだ。タージホテルのコンチネンタル・ジュエラーズのラビさんの店にかなうものはない。ビーズ店にて半輝石のネックレスをたたき買う。あ〜、今日もマダームはぶらぶらしているだけで一日が終わる。次々と面白そうなお店を見ては、仲良しのマダームたちとインテリア関連の話題で盛り上がる。暮らしを楽しむのに貪欲なお友達といるといい影響をたくさん受けて刺激的だ。「これって、こうやって飾ったらいけると思う」、とか、「このビーズならカルティエの時計に合わせてブレスにしてもいいじゃない?」なんていいながら“インドどひゃまんて物”が、おしゃれなアクセサリーやインテリアに変身するのは刺激的だわ。
 夕方ムンバイのミセス・スワミから電話。「水曜日の飛行機のチケットが取れたのでムンバイへ行くわよ。あなたにだけ会いに!」というと彼女は大喜びだった。「お願いボンベイ・ジム・カーナー(ムンバイの名門クラブ)で晩御飯を一緒に」と、おねだりする。ムンバイ行きが楽しみだわ。
今日は、ダーリンが帰りが遅いというので念願の“お茶漬け”の晩御飯を食べる。やっぱり日本人だわ・・・。

8月8日(日)

アンティークの彫像 マハラジャのミニアチュールのんびり寝坊する日曜日である。まぁ、他の日も即席マダームYUKKEには特に変わりなく、のんびりとぼけーっとしているのだが・・・。あ〜、本当にデリーにいるとゆっくりできるわ。日本の煩雑な生活から比べたらデリーは天国!(こういう事を言うのは私だけらしくて、デリーの日本人の友人は呆れ顔だけど)今日はサーバントもいないから、だらだら過ごして午後から重い腰を上げて、フレンドコロニーのHOUSE OF ISHATVAM276Mathura Road. Near Friends Colone West TEL:2692−6301)へ行く。ダーリン好みの高級アンティーク風インテリアショップで、普通のおうちをギャラリー風に改築してインドお金持ち大好き趣味グッズを売る店である。コッテ・コテの成金趣味ではあるけど一見の価値あり。ダーリンのお目ききで、真鍮製の王様の顔像と、ミニアチュールを数点買い求める。これは新しく模様替えする東京の主寝室用に飾るための絵。ミニアチュールに小さな半輝石がはめ込まれていて、額の装丁も中々のもので一目で、気に入ったのだ。
 帰路、ミュージック・ショップに行ってびっくり。最近5ヶ月前の映画は殆どVCDDVDになって売小玉ねぎり出されているのだ。海賊版ではないのよ。お土産にたくさんかってしまった。夕飯はダーリンとインド料理。ディフェンス・コロニーのモティバーグ・デラックスで、スターターにタンドリー・パニール、レシュミ・カバブ、メインコースにバターチキン、ブラック・ダール、アル・ジラ(ジャガイモのクミンシード炒め)。ダーリンはナン、私は大好きなロマニーロティーを。付け合せで出てきた紫の小玉ネギをみて考えたけど、これはもしかしたら、日本にカレーが伝わったときにあまずっぱい小玉ねぎをラッキョウに替えたのではないかということ。そんな気がしませんか?カレーに添えてある小玉ねぎは、日本でラッキョウに変化したと。
 よく、「うちは子供が小さくて辛いのがだめだからインド料理は食べにいけないの。」という人がいるけど、ヨーグルトにつけてタンドールで焼いた辛くないレシュミ・カバブとロマニー・ロティー、ご飯にちょこっとかけたバターチキンがあればお子様もご機嫌だと思う。この店のレシュミ・カバブは絶品です。辛いばかりがカレーじゃないから、時々はインド料理も召し上がれ。インドカレーとヒンディー映画が楽しめたらデリー生活の幅はぐんと広がるのさ。結構どちらも食わず嫌いの人が多いんじゃないかな。でも、今週は目いっぱいカレー漬けでしたので、さすがのカレー好きの私も来週はさっぱりとお茶漬けが食べたい気分です。

8月7日(土)

セージグリーンに模様替え ダーリンはゴルフである。「せっかく会いに来たのに私を置いて一人で行くのね。」というような、かわいらしいことは言わないで、「あっそ、じゃ、お友達と遊んでくるから」という結婚22年目のマダムYUKKEである。KALEVAにいって、再びマンゴクルフィーをしこたま買い込み、カーンマーケットのBindiniで、東京の家の模様替えようの新しいベッドカバーを買う。今度はセージグリーンのシルク・ウール。ここのベッドカバーはインドで一番素敵だと思うの。おそろいのクッションも3つほど。カーンマーケットも夕方だとハラルミート屋さんにチキンがない。殆ど売り切れ。なぜかマトンを買う客ばかりである。もしかしたらモスリムの何かのお祭りでもあるのかしらん。

 夜は、お友達の家でお持ちよりのオフ会。久しぶりにこれでインディアのアルカカット氏にお目にかかる。いつもながらインド映画の生き字引・聖者のような方で、最近の映画を見ていない私はみんなの話題には全くついていけない。しかし、サルマンカーンの新作とリティックの新作はやっぱり観て帰らないといけないわと思う。今日はアジアカップの中国大会、サッカーは優勝したようですね。次回のワールドカップ予選はカルカッタよぉ。デリーの日本人会からもツアーが出るらしいの。応援にいくらしいよ。チケットの売出しが未だ良くわからないというのもインドらしい。フィルムフェアー・アワードも、国際映画祭も、ズービン・メータのコンサートでさえもチケットは2〜3日前にならないとどこで買えるか分からないのがインドだもの。たとえワールドカップといえどもインドじゃいつになるか分からない。何しろワールドカップはクリケットだけと思っている国なので、ぜーんぜんインド人はカルカッタで日本代表がサッカーの試合することなんか目じゃないのだ。
8月6日(金)

 インドのCNNのニュースでは、連日ビハールの洪水、バンブラディシュの洪水、カラチのテロの報道が果てしなく続く。今年は洪水で4000人もの人が命を落としているインドだ。日本にいると西アジアのニュースをテレビで見ることは殆どないから、デリーのテレビで一気にインドの現実を実感してしまう。ある意味で、デリーにいると貧困や汚さへの感性を閉ざさないと暮らせないのだけど、アフリカの飢餓やのニュースをみて、インドのほうがまだマシかもと思ってしまう自分が恥ずかしい。スラムの子供たちは一様に裸んぼうで、恵みの雨の中で石鹸をつけて体を洗っている。10億の人がなんとか食べていける不思議な国、その底力に言い知れないたくましさと恐れを感じる。

 今日のオフ会は、ナマステ・ムンバイの読者中心である。ディフェンス・コロニーのSagarで南インドのべジタリアン・ターリーである。まぁ、連日カレーでも平気な私。レモンのアッチャル(ピクルス)が美味しかったわ。帰路、GKのファブ・インディアで、案件のキッチンタオル、ふきん、なべつかみ、オーガンジーのテーブルクロスを買う。これで、我が家のキッチンはなんとか清潔になった。漂白剤で、茶渋とりと漂白の仕事を依頼。まな板も汚いんだもの。

 日本からの新鮮な食材は食べつくしたので、今日からはインド素材でまた、工夫の夕飯。日本に帰国しても結局、冷蔵庫の中にあるもので作る夕飯には自信があるけど、凝った料理にはなかなかレパートリーがひろがらない。貧乏症なのかも。
 
 パンを買いに、久しぶりのハイアット・リージェンシーのベーカリーに行く。愛想がデリーで一番悪いということで有名なベーカリー売り場のお姉さんはまだ健在だった。いつになったら配置換えになるのか。あの美人だけど、めちゃくちゃ愛想と態度が悪いお姉さんがいる限り、あそこのパンの売れ行きは伸びないに違いない。仕方なく買うのはパンの質がいいからだ。タカビー選手権大会があったら、文句なくグランプリだわと、いつも思う人にふたたび会うのも懐かしいけど、やぱっり気分悪〜い!
8月5日(木)

 夜、暑くて良く眠れないから、昼間、気がつくと、ふと寝ているということがよくある。ソファーに転がって本を読むと、うたた寝ばかりだ。日本から時間つぶし用に何気なく図書館で借りてきた文庫本が7冊。活字中毒ゆえ、2日に一冊位読まないと禁断症状が出るのだ。五木寛之「朱夏の女たち」という本を読み始めて驚く。あら〜、ヤダ、この小説は、インドが舞台じゃないの。なぜだか、こういうことがとても多い私だ。
今日は、クトゥブ・ミナールの近くでお買い物。Kala Aparajita(B-40 Qutab Institutional Area New Delhi TEL:26518071)で、ミラーワークのクッションと小物を買う。ここのNGOの製品はとても品質がいい。「このポーチは、ファスナーがこういう感じのほうが日本人には使いやすいのだけど」と相談を持ちかけると、NGOゆえ、売れるためには商品開発にも積極的な店なので、いろいろ相談に乗ってくれるのがうれしい。
 グッドアースのアロマショップアンバワタ・コンプレックスのタイ料理のお店で今日もマダームは、オフ会である。このコンプレックスに入っているGood Earth 〜VERABDAHは、ムンバイ時代からのお気に入りであった。ムンバイにはケンプスコーナーに店があり、ここのオーナーはなかなかしゃれた観光ガイドやグルメガイドの本も出版もしている。コンプレックスの中には、インテリア雑貨のほかに最近は、テーブルウエアも洗練されている。これほどそろうなら、洋食器もインド現地調達が可能になって来た感じだ。ちょっとイタリアン風デザイン(唐辛子とか、お日様とか)が多いので、ジノリなどがお好みならここの食器はお気に召すと思う。ティーセット、セラドン風のグリーンのシリーズ、白のシリーズ。黒のシリーズ。グラスもなかなかいい感じだし。真っ黒なロータスのプレートは気になるけど、仕上げが今ひとつで購入をためらう。クッション、テーブルクロス、ベッドシーツ、ランチョンマットなどはとても素敵。私はアースカラーの麻のボーダーに白のオーガンジーのランチョンマットを買う。ちょっとベトナム・ホーチミンの有名ブティック、デコラシオンのデザインに似ている。新しいバスグッズ売り場。ココナッツ素材のソープディッシュも素敵だけど、600ルピーは高すぎる。でも売れているんだね。バスソープを入れる石鹸箱が1380円でも売れるようになったインドである。エッセンシャルオイル専門の別コーナーもできて、これからはGood Earthから目が離せないかも・・・。
 夜、コックのムスタファさんの娘さんがベッドから落ちて意識がないとの連絡。暇を出して、急ぎ帰宅させる。何事もないといいけど。夜電話があって、心配なのでCTを撮るとのこと。必要なら医療費は補助するから安心していいドクターに見てもらいなさいと言う。頭を打った後に吐いたりしてもいるらしく、ちょっと重篤なかんじだ。ちびっ子デヴィちゃんは、麻子のお古のRokicyTシャツにチノの半ズボンをはいている。このカッコで家をうろうろすると、娘がいるような気分だ。お父さんも、「麻子のワンピース着ている日は、麻子がいるのかと思う」といっていた。ちょっとふっくらしてお姉さんになった。小さい声だけどしっかりと「イエス・マダム」とお返事できるようになったけど、英語は通じないので、相変わらず片言のヒンディー語である。
お友達が、“駐在員の現地語の壁”といコラムを読んだ話をしていた。英語や日本語の通じない赴任地で、@現地語の壁を少づつ破るタイプA現地語の壁にいきなり穴を開けるタイプB現地語の壁に泣くタイプC現地語の壁を最初から感じてないタイプと言うのがいるという話であった。私の顔を見ながら、「YUKKEさんは壁を感じないタイプでしょう」を笑うSさん。「あら〜あなただってそうでしょう?」という私である。Sさんはヒンディー映画の鑑賞はただいま邦人マダムのなかではダントツである。だいたい、ヒンディー映画を見に行こうと言う人には、“壁”なんて最初からないのだ。そう意味で、途上国に暮らすとき、一本くらい左脳のネジがとんでいる位の人のほうが、しなやかに生きられる気がするのだ。生きる力を試されるインド。でもそんなことさえも意識してないくらい私の場合、自分の視点観点が普通人からずれているのかもと思う。
 だって、実はこの5ヶ月間、帰国して、「パニック障害」と診断されるほどに東京順応が大変だったんだから。久しぶりに会う日本人の友人たちから、いつもながらの「インド生活の大変さと、インド人の悪口」を聞く。こういう感じなら、もうオフ会には行きたくない感じがしたりする。どうも東京にいいてもデリーにいても自分の感性がずれているようで自信がなくなりそうだ。
 今日は、トイレの水が止まらないから修理人に久々の電話。久しぶりにあう職人さんにも「マダムが雨を・・・。」といわれてしまう。守衛のチョキダールのおじさんは、私に駆け寄り、挨拶もそこそこに「扇風機が欲しい」と懇願される。いつものインドの暮らし。
8月4日(水)

 仲良しの泰子さんに、娘たちが着いてからの市内観光や、アグラ行きのプランをお願いする。ツアーは泰子さんにお任せなら絶対の安心だもの。泰子さんからは、デリー在住の邦人奥様からはお聞きでいないようなインドの面白いお話もたくさん聞けて刺激的なの。新しいセクター開発で沸くグルガオン地域にこれから60もショッピング・モールができるらしく、インドでこれからお商売するにはもうビジネスチャンスがゴロゴロって感じらしい。1億5千万人のインドセレブをターゲットにした新しい市場が、目に見えて育っていく感じを目の当たりにする今回。きれいに洗練されていく過程を見るのは楽しいわ。でも、サロジニ・マーケットだったら30ルピーなのに、仕上げも素敵だけど300ルピーというような商品もあるのが不思議。MGロードのモールなんて、ものすごくおしゃれだものね。これからは高級品がどんどん売れていくインドだと思う。デザインもクオリティーもどんどんよくなっていて、これからのアジアン雑貨のマーケットはインドから目が離せないと思うわ。
 あとは、ごろごろ転がって暇に本読みの一日。休養って感じ。
8月3日(火)

マンゴークルフィー今日は、インド人と国際結婚したお友達とランチである。コンノート・プレイス近くのSaravana Bhavan(P-15, Connaught Place New Delhi Tel: 2334-7755)で、再び南インド料理。こんどこそ!とアッパムとオニオンDosaを注文する。Dosaとアッパムは、私はSagarのほうが好みである。でもこの店は2階席にターリーもあってこれはなかなかいけるのだ。その後、Kalevaに行お店の人が剥いてくれる・・・。って待望のマンゴー・クルヒィーを食べる。テイクアウトしようと思ったけど、我慢できない私たちゆえ、その場で剥いてもらいカットしてもらって紙皿に盛ったマンゴー・クルフィーにかぶりつく。ちらりと友人たちと、「あのナイフさぁ、危ないよねぇ〜、気にする?」「・・・ううん、気にしない。」ってなわけで、“路上の果物をむやみに店のナイフで切って食べるのは絶対に避けるべし”という、途上国の衛生観念の第一の掟をあっさり無視して食べる3人なのであった。常識ある旅行者の皆さんはこういうことはやめましょうね。おうちに持ち帰ってきれいな包丁で半分に切って、スプーンですくって食べるのがお勧めです。

半分に切ったマンゴクルフィーしかし、インドのスイートの中では、このKalevaのマンゴ・クルフィーは最高傑作だと思うわ。完熟の大きなマンゴの種を皮を破ることなく抜いて、ピスタチオたっぷりの練乳アイスのクルフィーを詰め、蓋をかぶせてアタ(インドの小麦粉、チャパティーを焼く粉)を練ったもので封をしてあるのだ。絶品だわ〜。一個40ルピー。

去年はシーズンを一時帰国していて逃してしまった私。食べ損なっていたので、私は、その後10個も買いだめして、冷凍庫に入れてます。こういう食べ方を考え付いた人は偉い。日本なら、キハチや高野、千疋屋でも売れそうな感じですよぉ〜。マンゴって冷凍しても糖度が高いから固まらないのね、シャリシャリして生で食べるのと違ってまた美味しい感じです。うふふ、今日も天国。

午後は久しぶりに仲良しのFさん宅で、こだわりのインテリアの新展開を拝見。いつものことながらオーガンジーの使いかたとか、小物のセンスがいかしてます。たんすやクローゼットも新しいのを注文されてようで、ますます目が離せないお宅なの。ああ、またしてマダームな一日。


8月2日(月)

 ね、ね、寝苦しい・・・・。夜中に何度も起きて、エアコンのスイッチを入れたり消したり、水を飲んだりする。デリーはこんなに暑かったのだったかしら?とっくにひどい暑さは峠を越えているはずなのに、久々のデリーの石の家は、日中にたまった暑さを閉じ込めて、石焼のオーブンのようである。
 部屋が臭い。ものすごく汗くさい。デヴィちゃんに、おそるおそる聞いてみる。「ベッドパッドはいつ洗った?」「・・・・、洗ってません」キャー、そのせいだわ、部屋が臭いのは・・・。「いい?シーツだけじゃなくて、毎週ベッドパッドも洗って干すのよ。必ず部屋の空気を入れ替えて。あ〜、いつものルームフレグランスは?もう、ない?」よっし、買いに走らねば。
 玉かけごはんの朝ごはんを食べながらダーリンいわく。「あのさ、冷蔵庫の中のストック、大変なことになっているようだから、よろしく。」
 冷蔵庫!昨日たくさん持ってきたものを半分寝ながら、詰めこんだけど、その向こうになんだか怪しげなものがあることは知っていた。朝ごはんを食べて終えて早速点検。げー、私がいなくなる前に開けたジャムにはカビ、半分食べた佃煮は干からび、たーーーーくさんの頂き物の佃煮が山ほど。もう、手にとって見るそばからゴミ箱へどんどん捨てる。キッチンの台ふきんと、ふきん。お手拭タオル。一気に処分。いずれもぬかみそ状態に煮しめてあるくらいに汚い。「ど、どうして注意しないの。」とダーリンに言えば、「そのうち言おうと思っていた」との返事。見なかったほうがよかったのかしら。まぁ、これらは予測がついていた、夫だけの単身赴任となれば、当たり前かなと・・・。
 エアコンのフィルターを洗うように支持し、換気扇のフードを洗うようにいい、目に付いた汚れをあれこれ指摘して掃除させるけど、まぁ、思ったほど汚れてはいない感じだ。ちょっとほっとする。レースのカーテンも「洗濯して!」といいたいけど、今年も水不足で給水車を呼ぶ地域も多いと聞くと、今言わないほうがいいなとじっと我慢する。
 アッパムムンバイからお友達が来ているとのことで、再会のランチ。さっそくアショカ・ホテルのSagar(南インド・べジレストラン)で、Dosaである。それも飛び切り辛いマイソール・ドーサ。Dosaの裏側にレッドチリが塗ってあるやつ。うーん、美味しい。酸味の利いたサンバルにココナッツチャツネ。お友達が頼んだアッパム(お米の粉をホットケーキ状に焼いた白ふわふわクレープ)を横目で見て、ちょっと食べたかったので、次回はアッパムにしよう。その後、お土産屋さんめぐりへと、スンダルナガールで、ジャラジャラリングを見に行くのに付き合い、ミッタルで、ビクラムと再会して、「マダム、雨を連れてきましたね」と、ここでも妙な賛辞をされて、セカンドフラッシュの試飲をし、Somaでジャイプール・プリントのブラウスを買うのであった。うっふ、ふ。楽しいわん。

8月1日(日)

 今日から、愛しのダーリン慰問の20日間だけのちょこっとデリー滞在である。だから、ちょこデリレーヌなのだ。夏の海外旅行出国ラッシュのピークで、地獄のような成田の混雑であった。いつもながらのJALのチェックイン・カウンターのお姉さんとの超過荷物の預け入れを巡るネゴに疲れ果ててデリーに到着すると、あの50キロにも及ぶ荷物をさっとよってきた知らない誰かさんが、ターンテーブルから降ろして、カートに載せてくれて、運んでくれる。ダーリンとドライバーさんが、ニコニコして出迎えに来てくれているデリー空港である。一気に大荷物から開放されて、“マダーム”になちゃうYUKKEである。あ〜、愛しのダーリンの待つインド。実に5ヶ月ぶりである。日本は連日台風が押し寄せていたのであるが、どうも雨雲を私が連れてきたらしい(?)降り立ったデリーは、今年は雨が少なくて待ちに待った雨だったようである。暑さと湿気も懐かしい。

 超過荷物は殆ど食料。だって、食べさせてあげたいじゃないの、美味しい日本食。大好物の枝豆、日本野菜、こだわりの生たまご(朝の玉かけご飯が大好きな人、インドの卵はサルモネラ菌他が心配で生では食べないので)、巨峰、梨、桃、納豆・・・・。それに乾物に缶詰、オイスターソースや、グルメお取り寄せのソーメンやお蕎麦、めんつゆ、牛タンや、牛肉の佃煮などなどです。コックさんには、懐中電灯つきラジオ。スイーパーのマヤ&デヴィ姉妹には、ヘアブラシや鏡などの身だしなみセットを詰めたピンクのフリルのついたポーチのお土産。大家さんのDr.シンにはいつものとおりにアンリシャン・パルティエのマドレーヌの詰め合わせ(彼女の大のお気に入り。入れ箱も好きなんですって)を。スーツケースのお土産を開いて渡して、ベッドに直行して倒れるように寝る。今日は早起きしているし、時差があって、既に日本時間なら真夜中を過ぎている。ダーリンと話すのは明日以降だ。おやすみ。



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