ぼくのみたインド

〜小学生編〜

ぼくは、小学校の5年生からボンベイに暮らしています。
日本にいるときは、週に5日はサッカーに明け暮れるサッカー小僧でした。
きっとインドでもサッカーはできると言われて、仕方なくついてきました。
それまで買ってもらえなかったファミコンも買ってもらえる事になったから、
(ぼくは買収されちゃったわけです)
まぁ、ボンベイも悪くないかな…?

ボンベイについてショックインドの神様ガンジーについて/
マサラ・ドーサランゴリー・フェスティバル日本の友達の質問に答えて
ディルクシュスクールインターナショナル・スポーツデーシーク教徒の人
接待についてマクドナルド研究グルモハル・フェスティバル

〜中学生編〜

(↑タイトルをクリックすると各項目へとべます)

 ボンベイについてショック

ぼくがボンベイに着いて一番びっくりしたことを書きます。
ハサール空港についてお父さんと会えて荷物を運ぼうとしたとき、ぼくと同じくらいの年の子が荷物をつんだカートのところへきていっしょにおしはじめました。そのこははだしで服もボロボロで、顔もよごれていました。ワァーホームレスの子だと思いました。お父さんが「手伝わなくていいよ。」と英語で言っても,ちゅうしゃ場のところまで、ズーとついてきました。ぼくはびっくりしてかたまってしまいました。にもつを車にかってにのせました。全部のせたらお父さんに「ギャラギャラ」といって,お金をくださいと手をだして何度も何度もいうので、ぼくはこわいし、かなしいし、なんだかとても,つらくなりました。ぼくと同じくらいの男の子なので,とても悲しい気持ちでした。(1999年4月20日)

 インドの神様

ぼくが、はじめてインドに来て、車に乗るとキラキラしているゾウのシールがありました。ぼくには、それがなにかわかりませんでした。帰ってお母さん聞くとインドの神様ガネーシャだよとおしえてくれました。街にもインドの神様の看板がいろいろあります。それでぼくは、興味をもちました。お母さんにたずねたら、インドの神様の本があるわよといって見せてくれました。ぼくは、それがとっても好きになりました。キラキラしている正体は、ガネーシャでした。

 ガネーシャは、顔がゾウで、体が人間の神様です。ほかにもいろいろな神様がいます。ガネーシャは、シヴァという男の神様とパールバーティーという女の神様のむすこです。あるときパールバーティーが自分のあかで力太郎のようなガネーシャという息子をつくって、水浴びをするとき門にたたせてみはりをさせました。そこにシヴァが帰ってきて見知らぬ男がいるのでおどろきました。ガネーシャもシヴァをしらないのでパールバーティーの言いつけどおり家に入れてあげません。そこで、二人は戦いになってしまいました。シヴァは強い神さまなので、ガネーシャの首を切ってしまいました。そこにパールバーティーが来て、「私の大事な息子なのに。」といって大泣きしたので、こまったシヴァが、家来に「森に行って一番最初にあった生き物の顔をもって来い」といいました。それが牙の一本折れたゾウでした。
 門の前でみはりをしたガネーシャは、家を守る神様になりました。だから車や家の玄関には、ガネーシャ絵や、おきものが置いてあります。こういう話を聞いてますます、インドの神様に興味がわきました。お姉ちゃんは、ガネーシャが好きでおきものをもっています。
           
←これがガネーシャ

 ぼくは、サルの顔をしたハヌマーンが好きです。お母さんが、日曜日ラーマヤーナという王子がお姫様を助ける話をテレビでやっているよとおしえてくれました。日曜日が来てテレビを見るとお話は、始まったばかりでした。早く続きが知りたくて、ラーマヤーナの本を読みました。ゆうかいされたシータ姫をラーマ王子がたすけだすお話のなかに、サルの神様ハヌマーンが出てきて、ラーマ王子のけらいになってスリランカでだいかつやくをします。ぼくが気に入っているところは、ここです。
             
またムンバイは、昔漁しがいっぱいいたので、魚がたくさん取れるようにおがんだ女神がムンバディです。(注:ムンバイの名の由来)ぼくも、ムンバディーのお寺に行って見ました。この神様の、乗り物は、金のライオンです。おまいりにきた、人たちは、ココナッツを石でわってライオンにかけていました。寺にある神様のポスターやさんでハヌマーンのはがきを買いました。
           
←これが神様屋
 
 インドの神様には、いろいろな話があります。これからも、インドの神様について調べたいと思います。ぼくは、インドに来るのがとってもイヤでした。けど、インドに来てみると、こういう神様のことがわかったり、日本と同じように大好きな水泳やサッカーがあったので、うれしかったです
自分の好きなことがもっとインドで見つけられたらいいなと思っています。これからも3年間調べたいです。(1999年6月16日)


 ガンジーについて

インドといえばカレーですが、ガンジーという人も有名です。ぼくはインドにくる前から、ガンジーを知っていました。でももっとよく知ろう思って、夏休みに調べました。(宿題で、偉人を調べなくちゃならなかったからです。)
 ガンジーは、普通のインド人のヒンズー教徒の家の息子です。なんと13歳で結婚しました。小さいころは、ぼくと違って、みんなでワイワイするよりも一人で静かに本を読んだり、散歩したりするのが好きな、少年でした。イギリスに行って、勉強して、法律家になりました。南アフリカに行って、弁護士をしていましたが、イギリス人が、インド人を差別したので、おこって勇気をだして戦いました。でもガンジーの戦い方は、暴力とか、戦争とかじゃなくて、ぶたれても、絶対やり返さないで、じっと我慢するやり方です。そして、相手のいう悪いやり方には、絶対ふくじゅうしないというやり方です。インドに帰ってから、ガンジーは、このやり方で、イギリス人から、インドが独立するように、がんばりました。それまでのインドは、イギリスの植民地だったからです。静かな人なのに、ほんとにしんが強いのですごいです。ボンベイに、あるマニ・バワンというガンジーが昔住んでいた、ガンジーはウスに行きました。そこには、ガンジーのことがよくわかる様に、いろいろあります。ぼくがすごいと思ったのは、ふつう、偉い人は、ぜいたくなのに、ガンジーは、偉くなっても、ずっと白いドウティーという布しか着なくて、自分で、糸を毎日つむいたそうです。ご飯もベジタリアンで、ちょっとしか食べないし、持ち物も、サンダルと、眼鏡しかありませんでした。ほんとに偉い人は、すごいなーと思いました。ガンジーは、お札にもなってるし、切手にもなってます。さいごに暗殺されて、とっても残念です。ボンベイには、大きなガンジーの銅像があります。今度いっしょに写真をとりたいです。(1999年8月31日)

 マサラドーサ

今日のお昼は、メイドさんが作ったマサラ・ドーサでした。ぼくは、前に1回タージマハールホテルのレストランで、食べたことがあります。
 でもメイドさんのほうがとてもおいしいです昨日の夜からお米とダール(チャナ豆)を水につけてやわらかくして、ミキサーにかけて、どろどろにして、塩を一つまみいれて、発酵(はっこう)させました。だんだんどろどろが、ぶつぶつふくれてきて、いよいよ、焼きます。ドーサ用のペッタンコのフライパンで焼きます。手が込んでいておいしかったです。ドーサは、ケララやタミルの食べ物です。メイドのシャムラーさんは、ケララの人だから、作り方をよく知っています。
クレープの様にパリっと焼くのが、おいしいドーサです。シャムラーさんは、レストランが出来るくらい上手です。ぼくは、ココナツチャツネ(ココナツ、コリアンダーの葉、ミントの葉のペースト)をつけて食べました。ドーサのなかには、カレーのポテトが入っています。サンバルのスープもついています。サンバルのなかには、ドラムスティックという、めずらしい野菜も入っています。カリパタ(蜜柑山椒)という葉っぱも入っています。だから本格的なインドの味です。ごちそさま〜。(1999年10月19日)

 ランゴリーフェスティバルに行きました

もうじきデワリ(ヒンドゥーの正月)だから、日本人学校の近くのグリーン・ローンズ・スクールのランゴリーフェスティバルにしょうたいされました。デワリのときは、家の前に、キャンドルをともし、お米の粉で、いろいろな絵をかきます。お米の粉のほかに、赤や黄色や青やいろいろな色を使います。きれいな色の絵をかくとラクシュミーという女神様が、幸せを運んでくるからです。いったら、いきなり、おでこに、赤くビンディーのマークをつけられました。これは、心の目で、第3の目で、何でも見とおせる目の意味です。インドの人がよくおでこにしている赤丸です。砂絵は、床に書きます。はじめに、チョークで下書きをして、その上に砂をうまくこぼしながら書きます。お姉ちゃんたちは、ぐりとぐらを書きました。ぼくたちは、魚を書きました。グリーン・ローンズ・スクールの人は、インドの国旗や、ガネーシャや、ココナツと海の絵とかあってきれいでした。自分の砂絵ばかりいっしょうけんめいやったから、あんまり、インドに人としゃべれなかったです。ぼくは、Tシャツまで、色がつきました。(1999年10月22日) 

 日本の友達の質問に答えて

Q.蛇つかいを見た事がありますか。どんな動物・鳥がいますか

A.蛇つかいは、ぼくは、まだ見た事がありません。観光客が多くなると、インド門のところに時々来るらしいけど、まだ見てません。インドは、コブラがたくさんいます。コブラの天敵は、クジャクです。だからお父さんが行くゴルフ場には、クジャクがたくさん放し飼いになっているそうです。蛇つかいは見た事ないけど、猿回しは、よくいます。インドは、サルも多いです。ぼくの住んでいるところで、見られる生き物は、トビ、タカ、サギの仲間、オウム(野生で緑できれい)、ハト、カラス(日本のより小さくて、ハトくらいの大きさ、首の所が灰色なのが特長)、スズメ(日本のよりもやせていて色が薄い)、シジュウカラ、ヒヨドリくらいで羽の先が白い鳥、セキレイの仲間、リス、サル、ネコ、イヌ(どのイヌもぐったり寝ている、元気がない)野良牛(モー、牛はそこいら中にたくさんいる。インドでは、牛は、神様の乗り物だから大事にしている。)ラクダ(飼われている)ゾウ(飼われている)ウマ(飼われている)……。くらいです。ボンベイは、東京みたいにビルとアスファルトの道路だからあまり自然がありません。空気もとっても悪いので、動物は、住みにくいと思います。エレファンタ島には、たくさんフクロウがいるので、今度見に行きたいです


 ディルクシュスクールを見学して

 正直にかきます。最初ぼくは、知恵遅れの人と会うのはやだなーと思っていました。でも会ってみると「なんだ、ぼくとあんまり変らないなあ」と思いました。それに、恥ずかしがったりしないで、ジェンカのときもいっしょうけんめいだから、ぼくの肩をギュ―とつかんで、痛いくらいでした。でも痛いのは、その子が、いっしょうけんめいだし、がんばっているという事が、ぼくには、ビンビン伝わってきました。だからぼくは、最初、いやだなーと思ったのが恥ずかしくなりました。ぼくたちは、ソーラン節とかやって、喜ばせようとしました。インドの子は、インドのスティックダンスがとても上手でした。デルクッシュの子達は、障害があてもぼくと同じように、英語で、Januaryとか練習しているのを見て、ぼくの方が負けているなあと思いました。根性を知りました。ぼくも負けずにがんばるぞ〜 (2000年1月21日)

※ディルクシュスクールは、ボンベイにある知的障害のある子供の自立を目指すミッションスクールです。23年間指導にあたられている日本人の中出シスターのお招きで伺いました。ディルは心、クシュは幸せ、嬉しいという意味です。(注:母)


 インターナショナル スポーツデー

 ぼくにとって、インターナショナルスポーツデーは初めての経験です。前の日から、一位がとれるか心配でした。(お父さんが全部1等だったら、リンパビリオンでスチームしたカニをひとりで全部食べていいといったので、チョウーはりきりました。) どんな風にやるのか楽しみでした。アメリカンスクール、フレンチスクール、ロシアンスクール、日本人学校の生徒で、300人くらいでやりました。グレード1〜グレード12(小学校1年から高校3年生です。) ぼくは、グレード5(5年生)の男子だけとやりました。アメスクが7人、フレンチが2人と、日本人3人でした。グレード5は、はじめにボール投げで、ぼくは練習のときより飛んで、37m50でした。その記録ではじめて1位になりました。次の長距離では、スタートしてすぐに一番になったけど、ゴールの所で、アメスクの111番の子に抜かされて2位になってしまいました。ぼくは、悔しくて、泣いてしまいました。(これで、リンのカニは、だめでした。)、長距離もボール投げも短距離も幅跳びもみんな、111番の子と争いました。最後に「サンキュウ」といって、硬く握手しました。来年もあの子が、ライバルだと思いました。グレード5に、サッカーでいつも一緒のヨンもいました。ヨンは、韓国人だけど、英語もペラペラで、フレンチスクールなので、フランス語もペラペラの天才です。ほんとは、4年生だけど、飛び級で、グレード5になったと聞いて、ぼくは、ほんとにびっくりしました。電話をおしえたら、かかってきて、遊ぶことになりました。韓国人も少ししかいないから、友達があんまりいないそうです
   
赤のTシャツがぼく、ぼくの右がヨン

 ヨンは、ぼくのうちでファミコンで遊びました。「ドゥー ユー ノー ロクヨン?」と聞いたら、「メイビー」と言ったのでやりました。ヨンは日本のオリジナルファミコンができて嬉しいと言いました。ヨンが持っているのはパイレーシー(海賊版)だからだそうです。時々ヨンからビデオとかかしてもらっています。でも、ヨンは大変です。ピアノ、バイオリン、英語、フランス語…いっぱい習い事もしています。英語もフランス語も上手だし、勉強もお母さんがすごく厳しいのでたくさんしているそうです。ぼくは日本人でよかったな。(2000年1月26日)


 シク教徒の人

お父さんの会社のスタッフのMr.シンにあいました。Mr.シンは、赤いターバンをきっちり巻いた、シーク教徒の人です。シク教徒の人は、ターバンだけが特徴じゃなくて、いろいろな特徴があります。それは、護身用にいつも、短剣を左の腰にさげています。外からは、見えない様にズボンのポケットのなかに、忍ばせています。ぼくは、ズボンのポケットの上からそっと触らせてもらいました。人前で、刀をむやみに出せないから、そっと触るだけでした。シク教徒の人にとっては、命に次に大事なものだから、いつも身につけています。なんと、シク教徒の人は、飛行機に乗るときも、この守り刀をつけたままでも、いいことになっているそうです。ほんとに切れる刀なのに…。飛行機の機内持ちこみが出来る刀、ほんとに大事な宝なんでしょう(2000年4月22日)


立派なヒゲとターバンのシンさん



 接待について

 ぼくの家では、よく接待というのをします。今日もしました。お父さんの会社のお客さんを食事によんで、日本食を食べてもらいます。なぜかというと、インド料理が苦手だったり、インドに出張に来て、おなかをこわした人に日本食を食べてもらって、お客さんの気分が良くなったら、お父さんの商売がスムーズにいくからです。それに、困っている人のためにもなるし。お母さんも苦労しながらインドで日本食を作っています。お父さんの仕事もなかなか大変です。お客さんが来ると、ぼくも挨拶したり、ビールを運んだり大変です。でも、お土産ももらえるからいい時もあるけど。(2000年4月26日)


 マクドナルド研究

 今年、ぼくは、学校で、インド研究会は、「インド買い物研究会」に入りました。インドにどんなものが、どんな風に売っているかを調べるのです。普段は、お母さんが、野菜や、果物を買いに行くし、インドには、欲しい物があまりないから、ぼくは、ほとんど買い物をした事がありません。でも、いろいろなお店がたくさんあるので、見学しながら、色々見てみようと思っています。最初は、インドの台所のクロフォード・マーケットに行って、野菜や、果物、布、台所用品とかを調べました。

リキシャに乗ってマクドナルドへ


 次に、ボンベイに去年くらいに出来た、マクドナルドに行きました。今ボンベイには、3件のマクドナルドがあります。インド人は、牛肉を食べてはいけないので、マクドナルドの一番の目玉の100%ビーフのビックマックはありません。その代わり、マトン(羊の肉)のハンバーガーのマハラジャマックというのが一番の目玉です。マハラジャマックは1個49ルピー(日本円で127円)です。安いと思ったら大間違いです。ぼくの家の運転手さんは、お昼ご飯に5ルピー(13円)のターリーという定食を食べるので、インドの人にとっては、500円の定食の変りに5000円のマハラジャマックを食べるのは、ホントに目玉が飛び出るくらい高いです。だから、マクドナルドには、外人か、インド人のお金持ちしかいません。身なりの立派なインド人ばかりです。ファーストフードのお店なのに、ターバンを巻いたドアマンが、ドアをあけてくれるくらい、高級なのが、インドのマクドナルドです。
 ぼくの家では、生野菜を食べてはいけないので、マクドナルドのハンバーガーは、ホントにたまーにしか買ってもらえません。虫がついていて、お腹に虫がわくとこまるからです。一応、レタスはとって食べるけど、もう、少し虫がついてしまっているかもしれません。フィレオ・フィッシュは、レタスがないし、ボンベイの白身さかなはおいしいので、これが一番いい味かもしれません。ポテトや、シェークもあります。でも、お姉ちゃんは、バニラ・シェークを飲んで、すごい下痢をしたので、それからは、お姉ちゃんは、マクドナルドは食べなくなりました。ベジタリアンの人のには、べジ・マックもあります。ハンバーグの変りにジャガイモのコロッケみたいなのが、入っています。でも、これににた、インドのバターターワーダーという、ポテトフライのハンバーガーがあって、ミントとコリアンダーのチャツネをぬって食べるほうがずっとおいしいです。インドのマクドナルドは、チョット気がぬけている感じです。(2000年6月30日)


 グルモハル フェスティバル

『今年こそ友達を作るぞ−』チャバン・センターでのグルモハル祭(国際交流会)の前日、僕は心に誓いました。インド人の友人がひとりもいないなんて、つまらないもの。ぼくら、5・6年生は、グリーンロンズ・スクールとの交流です。気合いを入れて行ったのに、がっくり。参加している5・6年生は、全員女の子。僕たち日本人学校の5・6年生も女の子が多くて、僕と山ちゃんだけが、男…。
だから、僕は、当日かなり緊張した。僕たちは、ステージでの金管バンドの演奏。そのあと、グリーンロンズ・スクール、ジャーマン・スクール、アメリカン・スクール、フレンチ・スクールの出し物。


そして、いよいよ交流会。名刺交換の時も、全部相手が女の子で、話しづらかったです。こうなったら、盛り上げて女の子達に楽しんでもらえばいいやと思って、「アブラハム」や「アルプス1万尺」を教えてあげて、一緒にやってもらったのでした。盛りあがったのなんのって…。インドにも手遊びがあって、日本の「♪せっせせーのよいよい、よい」があります。だから、僕が「アルプス1万尺」を説明したら、インドの女の子たちは、すぐにピック・アップして、すっごく早くできたので、びっくりしました。その上、グリーン・ロンズの子たちが、「インドのせっせせー」を、やったのだけど、それがもう、スーパー・ミラクル・ハイスピードの4人でやるせっせせーで僕は、完全に負けたぁって感じでした。インドのせッせせーは、2人ぐみ、4人ぐみ、6人ぐみがあって、上、下、隣、斜め前、手を裏返すのとかとっても複雑で、びっくりしました。どうりで、「アルプス一万尺」がすぐ出来たわけだよね。
          
                インドのウルトラすごいせっせせー

 次は、グリーンロンズの子たちが、映画のヒットソングのダンスを僕たちに教えてくれました。これは、先生や、校長先生、見学にきていた僕のお母さんまで一緒に踊る事になり、もう、すごい盛り上がりでした。その内、どんどんエスカレートして、グリーンロンズの子達は、二人組みで向かい合って両手をつないで、ぐるぐる遠心力をかけて回る技も見せてくれて、これは、フックリー(Phookri)という、インドで人気の女の子の遊びなんだけど、グリーンロンズの女の先生までもが、この技をやってくれて、みんなすっかり楽しくなって汗びっしょりでした。友達を作るという目標は、達成できなかったけど、グリーンロンズの子達が、笑顔いっぱいで楽しんでくれたから僕は満足しています。自分に90点くらいあげたいです。あとの10点は来年こそ、インド人の男の子の友達を作ってからです。いい交流ができたと思います。
この交流会のあと、ヤマちゃんはニューヨークに転勤になってしまいました。日本人学校の5・6年生は、男は僕ひとり。6年生は、僕といっちゃんの2人しかいなくなっちゃったよ。ついに日本人学校に、サッカー出来る相手がいなくなりました。がっくり…。 (2000年12月29日)
            
                      山ちゃんと最後の写真
                    


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