YUKKEのつぶやき
January 2003
ナマステムンバイ管理人・YUKKEのムンバイ暮らしの日々のつぶやき
インド・ムンバイ、お気楽マダムのつぶやき、よかったらどうぞ!


新年あけましておめでとうございます

今年もナマステムンバイ並びに、「YUKKEのつぶやき」
どうぞよろしくお願いいたします


1月31日

お待たせいたしました。いや、待ちました。新しいPC、ウインドウズXPが到着です。もう、夜遅いから、明日からさまざまなドライブやらデータのインストールに燃えるぞ!2月のHP更新をお楽しみに!
1月30日
 15年前のジャカルタのときは、テレビも、新聞もない生活だったのに、今はもう、インターネットなくしては暮らせないくらい依存しています。だからアナグラな生活て感じの日々。明日はお父さんが東京出張から帰国します。お父さんには悪いけど、何よりも待ちどうしい新しいPCの到着。楽しみです。
1月24日
 元気が出たとたん、また面白いことがあるのだ。日本の出版社からの依頼で、ムンバイのお店とレストラン情報を取材するのです。例の黄色いガイドブック。わぁ〜、この際、おしゃれなムンバイのトレンディー・スポットを中心に取材しちゃうぞって、妙に力が入る。何しろ、PCがダウンしているわ、体調不良だわで、このところ、YUKKEは不完全燃焼なのだから、これぞ、水を得た魚のごとく、ムンバイを泳ぎ回ってしまいました。そのうち、私のHPにもムンバイ・トレンド特集を組みますから、お楽しみに。
だけど、実に面白かったのは、オーナーに会って話を聞きたいと、「日本のライター」を名乗って取材申し込み、撮影許可をもらうのだけど、こわもてのマフィアみたいなおじさんと、別室で会談したりしてトキドキ。だってスキンヘッドに光物シャツなのですよ。レストランTのオーナーって。それに、インド的に「レター出してください」ってそっけないお店とか。こういうお店はもう、金輪際行かないぞ!Bストアとかですけど。試食していけって言うのは必ず中華料理店ね。Planet Mのマネージャーさん、すごい美人で驚きなどなど。さぁ、本の出来上がりはどうなるかな?全部ボツになったら悲しいけど、実に面白かったです。
 同じ会社の南ちゃんのご主人が、ムンバイのシーフードレストランのリポートをしています。サイトはこちら。そう、ここが有名なシーフードカレーレストランです。私のお薦め、一押しです。
1月22日
 初めてのブリーチキャンディーホスピタルにいきました。こんな時は、病院の隣に引っ越してきて良かったわ。
インドの病院はすごく親切。いい感じでびっくり。これで、インド生活のすべてを体験したわねって感じです。
今まで、家族の誰一人として、病院へ行くほどの病気も怪我もしなかった4年間ですから、これは本当にすごいことです。
何が、不調って「血尿」が出てしまったのです。かなりびっくり。1月はじめの人間ドックで、かなりひどい貧血と言い渡されてはいたけど、もらってきた鉄剤も飲まずにいたら、ひどく手足が冷え(貧血だと冷えるらしい)いつも寒かったのですね。私一人だけ。トイレも近くなって、こじれてついにはこんな事に。M夫人が、こういうときは「どくだみ茶」をじゃんじゃん飲んで水分たくさん取りなさいと、「どくだみ」をたくさん届けてくださった。ムンバイってこういうところがいいのですよ。誰かが必ず気にかけて下さって。インド人の友人たちもあれこれ、届け物やら、電話やら、お見舞いを下さるのだけど、返事もできない状態が3日ほど。CTも異常なしだから、バクテリヤの感染症だったようです。やっぱり、ちゃんと処方された鉄剤を飲むことにしよう。
1月21日
絶不調…。
1月20日
 私は今年はムンバイの婦人会の役員なのだ。それゆえに今日は、NGO団体への寄付品集めの日です。
な、なのに、どうも悪寒と倦怠感が強い。どうも、変です。そういうわけで、珍しく皆さんにお許しいただいて、早退。役立たずでごめんなさい。
1月19日
 お友達が出場するので日本語スピーチコンテストへ行ってきました。毎年のことながら、インド人の語学力はすごい。
たった、2年でかなりぺらぺらですからね。ビギナーでさえも、「目からうろこ」とか、「笑うかどには福来る」なんていうし。
テーマも、インドらしくて、なかなか高尚な話題が多くて、ご立派でした。
それを思うと、私の英語力と、ヒンディー語の上達のしないこと。言いたいことは山ほどあって、こうして毎日つぶやいているくらいだから、これをおしゃべりなインド人とシェアーしたら、さぞかし楽しいだろうにね。言葉はツールだというけれどど、道具も使いようだからね。それでも、新しいフラットの住人にヒンディー語で挨拶したり、少しだけヒンディー語を使うと、一気に打ち解けてしまうから不思議です。11階の坊やに、「英語よりうまいじゃん」って、ほめられました。ちょっと複雑。仲良くなったビクラムは、将来マイクロソフト社で働くのが夢なんだって。11歳のちょっと生意気な坊やです。次は、なんて話そうかって、ヒンディー語の会話集をめくる私。
1月18日
 今日は日本人会の新年会。オベロイホテル、ルーフトップでございます。例年の事ながら、今年もお正月気分も手伝ってインド・コスプレ、サリーを着て出席です。例のビーズ刺繍たっぷりのサーモンピンクのサリーです。メイドさんに手伝ってもらいながら着ましたけど、やっぱり日本人は(いや、私が)胸もおなかもボリュームに欠けるせいか貧弱。今日の目当ては、航空券も当るラッキードロー。まぁ、くじ運の全く無い我が夫婦ゆえ、期待はしなかったのだけど、今年は大当たり〜!なんと、最新デジカメじゃあーりませんか。まるで、私のために用意されたような「賞品」でサリー着たまま、ガッツポーズのYUKKEでございます。やったぁ〜。
あららすごいのね、260枚も撮れるんですって。すごすぎる。動画もOKよ。いままでの24枚撮りのデジカメってかなり時代物って事だったのね。それにしても、デジカメで撮影して、皆さん保存はどうしているのかしらん?我が家はアルバムだけで、本棚に一箱分もあるのよ。(今は日本の倉庫にあるけど)更に、子どもの成長記録のビデオテープが、これまたかなりの数に。そのうちにCD-Rに落として保管し直さなくてはならないよね。デジカメ画像を修正してCDに毎回きっちり整理して落としているのでしょうか?世の人々は…。写真の整理だけでも大変あのになぁ。また、一つ生活を複雑にするものが増えるという事か?これまた、持てる者の悩みよね。あーぁ、もっと身軽に生きたいけど、付帯物ってどうしてこう世の中に多いのだぁ。デジカメが当たって、こんな事を心配する私です。
1月15日
PCが無いから、毎日が暇!ヒマヒマ、ひま!めげる〜。世界に取り残される気がする。友人からWindows95のスペアのPCを借りる事になって、E-mailとネットサーフィンだけはようやく出来るようになったけど、HPの更新は出来ないんだよねぇ。あと15日したら、新しいPCが来るので、我慢、我慢。
仕方ないから、本を読む。読んだ本は、「半パン・デイズ」(重森清)、「ビジネスマンのためのインド入門」(マイ・ジョーシ)「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」(田口ランディ)、「ドラマチック・チルドレン」(乃南アサ)、「インドIT革命の驚異」(榊原英資)、「でも女」(群ようこ)「アジア的生活」(浜なつ子)、「デジカメ必殺テクニック集」、「私は金生日の踊り子だった」…。相変わらず、手当たり次第の乱読。一日2〜3冊のペース。会社から回覧してくる新聞と週刊誌は、なめるようにスミズーミまで読んでます。活字中毒に拍車がかかってしまった感じです。持ち合わせの文庫本は底をついてます。図書館が無いから、誰かの家で借りてこないと麻薬中毒患者の様におかしくなりそうです。インド場舞台の小説・新刊本の「ヴィシュヌの死」誰か持っていないかな?
 あなたは、旅に出る時、本を持って行く派ですか?
私は必携。日程にも寄るけど、1週間の旅行なら4〜5冊は必要。主に文庫を持っていくのだけど、エッセイ、小説、新書系と取り混ぜて。もちろろん、旅先が舞台の小説やエッセイなら、なお楽しいけど、インドから出発する時はなかなか、かなわない。でも、アジアのリゾートに行くなら、サマセット・モームやヘミングウエイ、沢木耕太郎の「深夜特急」は、ついついまた鞄に入れてしまう。インドを旅するなら、三島由紀夫かな、「豊穣の海」。軽い本では、元気がめちゃでる、Mさんご推薦のドロシー・ギルマンのミセス・ボリファックスのシリーズはいかが?五木寛之の「生きるヒント」も何度も読んだのに、また入れたり…。

今回読んだ本の「ワーズワースの庭」(松山猛)には、大人のこだわりとあそびについて書かれているのだけど、(祇園、パスタ、着物、おしゃれ、紅茶、ガーデンライフ…)着物の講にインドの更紗の話しが出て来て、「合理主義の世界が失ってしまった美しき物が、このインドにはまだまだ残されている。多くの国が手の仕事を失うか、或いはかつてのマスターピースと、あまりにかけはなれた「まがい物」しか作れなくなりつつある時代に彼らの手仕事は貴重だ」ってありました。日本の着物、この所、直子さん(直子のこだわり)の影響もあって、かなり関心度が大の私には、インドの更紗と日本の着物が気になって仕方ないのです。本を読んでの雑感、云々…。
1月13日
 婦人会の行事で日本山妙法寺へ日本人墓の供養参りに出掛ける。ムンバイのすごい人2人。在ムンバイ25年の妙法寺のご住職。在ムンバイ23年のデリクシュスクールの中出シスター。お2人とも、ムンバイのスラムや、貧困、世界平和のために日夜貢献されている方です。今回は墓参とご住職のお話を聞きに行きました。供養塔の前に引かれたゴザに坐って、菩提樹のしたの木漏れ日を浴びながら、これまでのご住職のお話を伺ったりしました。10年ほど前は、ゴアあたりで麻薬におぼれたりして身を持ち崩した青年が、常に数人お寺に寝起きしていたそうですけど、最近は、若者が軟弱になったのか、利口になったのか、インドの地でおぼれてしまうケースはほとんど無いそうです。ムンバイにもいたカラユキさんや、戦前2000人もいた邦人の遺骨を守っていらっしゃるそうです。スラムの子供たち(おもに、親が働きに出て面倒を見てもらえない2〜3歳児)が、お寺の併設の託児所で暮らしていました。ただただ、すごい偉業だなと感じ入って帰ってきました。
1月12日
お父さんが6歳の時に買ってもらったYAMAHAのアップライト・ピアノ。お父さん兄弟が練習して、30年たった後娘が10年ほどお稽古に使いインドまで持ってきました。ここで処分していこうと、当初から思っていたので娘も帰国したことだし、弾く人もいないので、売りにだす事にしました。鍵盤の上で、ミニカーを走らせたこともあるし、象牙の黄ばんだ鍵盤ながら、昔の良い仕事のピアノです。お煎餅のかけらが出てきたり、昭和30年代の調律記録カードが張ってある我が家の思い出のピアノです。うーん、「US$2000なら売るぞ!」ってお父さん。だけど日本ならば、今どき引取り手の無いような古いピアノです。レンタルショップとかじゃなくて、本当にピアノが好きで大事に弾いてくださる方がいれば、お譲りしても良いのじゃないかと相談しました。インドは西洋音楽の教室がすごく少ない。それでも、パーシー教徒の人とか、西洋音楽に理解のあるハイソサイティー人が数人見つかり、譲ってくださいというお申し出が。何と我が家と同じ様に15歳と14歳のお子さんがいて、お母さんはピアノの先生。娘の専用のピアノとしてというお申し出です。値段の交渉はこれからだけど、思い出の沢山詰まったピアノが、ムンバイのどこかで大事に弾いてもらえるならば、手放しても良いのじゃないかしら。家族で、そんな事を話しています。
1月10日
 壊れたPCは、ハードがいかれてしまったそうで、あ〜ぁ、全てパーです。赴任前に買ってきたWindows95搭載のパソコン、メールさえもおぼつかなかった当時の私でしたが、ワードからエクセル、インターネットとインドにいれば家事から開放された時間にパソコンに費やす時間はたっぷり。ネットの接続状態は、イライラの連続、めちゃ遅いし、きっと無駄な処理とかも沢山しているのでしょうけど、我ながら凄い進歩の4年間。マイパソコンも、ついに酷使に耐え兼ねたようで…。愛着があるだけに、そうそう簡単にあたらしいものに乗り換えたくないんだけど、修理費を思うとやっぱり新しいものを買わないと駄目みたい。CDロムへの書き込みも出来なかったので、フロッピーにドキュメントだけの保存、画像はすべてサーバーへ転送していたので、新しいPCがきても、HPのデータは、またサーバーから取り込まないといけなくてはいけないので、トホホだわ。デジカメの進歩も凄いのね。4年前の古い器材で、良くも我慢していたと思う今日このごろです。2月の公開更新をお楽しみに。
1月7日
念願のニュージーランドの家族旅行。大満喫でした。子供たちが大きくなったので旅も楽です。お荷物の整理も洗濯も全部自分達でしてくれるし、夜は子どもを置いて大人だけの時間も出来るし。今回は、NZの南島のトレッキング中心の旅。クライストチャーチでレンタカーに乗り換え、お父さんの運転で、麻子はニュージーランドの地図を見ながら助手席でお父さんのナビゲータ。太郎は大きな身体をもてあまし気味に後部座席、BGM担当。しかし、我が家の10代2人は、移動中はほとんど景色も見ないで爆睡。良くそんなに寝れるねぇと感心するほど寝まくっていました。…夜も良く寝るし。久々の家族でのトレッキングは、弾むように、どんどん先を歩く2人に追いつくのが至難の技。小さな2人を引きずる様に八ヶ岳を縦走した日々が嘘のようです。早々に登頂を極めて、全くの余裕の子供たちに、子の成長と親の老いを痛感した今回の旅でした。

ボリウッド映画「カホナ ピアラ ヘイ」でインド人に大人気のニュージーランド。インドからの旅行者も一杯いましたね。丁度、ニュージランドで、クリケットの全インドチームとの試合があって、なんだかニュジーランドにいても、インドの試合結果が気になってしまいました。インドチーム、惨敗。インドからきたせいか、ニュージーランドの夏は寒い!ほとんどフリースが手放せない。食べ物はさすがにイギリス系移民の国、まずい!チーズとワインだけは美味しいけど…。アジア・フリークの我が家にとっては、イギリス旅行に続く惨事。やっぱり、食の文化はアジアに限ると実感しました。(帰路に寄ったシンガポールでブレーク中のクリスタル・ジェードで飲茶を食べまくり、ようやく胃袋が納得したのですもの。)

最初は美しすぎる!大自然を前に、「この美しさは人工的なものじゃないかしら」と疑いたくなったインドとのギャップでしたが、国全体が国立公園という感じで人口密度もインドとは対局、戸惑う事ばかり。住居費の安さを考えると、東京やムンバイの家賃もなんだかとても馬鹿馬鹿しくなってしまうほど。「お父さんは定年後はニュージーランドへ移住だぁ」と1人息巻いていました。麻子とはシンガポールでお別れ。1人東京へ。「家族って、やっぱり良いもんだよね。」って別れ際にしみじみとポツリ。おとうさんは、ウルウル。

また、東京で一人で寮生活だけど、次の休暇までがんばれ〜、あーちゃん!